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コラム
有識者連載
各分野の有識者や、さまざまな領域の専門家による連載です。
コラム 2017.12.26

vol.28 どうしても欲しい人材

shigeru_banner 2018年1月号 人生の目標を探して 明けましておめでとうございます!新しい年の初めとなると、誰しも「今年こそ○○したい」「こうなりたい」と前向きな夢を語りたくなるものですね。密かに手帳のどこかに「今年の目標」を書いたりする人もいます(私のことですが……)。 ところが残念なことに、立てた目標はなかなかかなわない。かなわないどころか、どんな目標を立てたかさえ忘れて、次の年の初めにまた同じ目標を書いたりする(これも、私のことですが……)。 そんな私と対照的な女性がワイン業界で輝きを増しています。彼女が輝き始めたのは「人生の目標」が定まった瞬間からでした。斎藤まゆさんは、山梨県甲州市にある人気のワイナリーの醸造責任者として活躍する30代半ばの女性です。 「未来の私は画家?音楽家?ダンサー?お笑い芸人?」。斎藤さんは小学生の頃、すでに「人生の目標」に思いを巡らせていたようなのです。 とはいえ「これだ!!」という「目標」は簡単に見つかるものでもありません。中学生の頃「ひょっとしたら、私のやりたいことは日本の外にあるかもしれない!」と思い立ち、米国の高校へ進学しました。 とある講義をきっかけに しかし「これになるんだ!」は、定まらぬまま帰国。結局、早稲田大学に進学することとなりました。思わぬことに、彼女が「人生をかけてやり遂げたい大目標発見の糸口」が、その大学で見つかりました。 きっかけは『ワインの真実』(ジョナサン・ノシター著、作品社)を翻訳した加藤雅郁先生の講義を受け、先生が主宰して当時大人気だった「フランスのブドウ畑やワイナリーを巡り、ワイン造りを体験するツアー」に参加したことでした。 あるワイナリーで、素敵なおばあちゃまが、自分で収穫したブドウで作ったワインをグラスに注ぎこみ「さあ、私の造ったワインを、存分に召し上がれ!」と、とびっきりの笑顔でもてなしてくれました。 斎藤さんの体の中を電流がビビッと走りました。 「こういう仕事がしたかったんだ!」 彼女は帰国するやいなや早稲田を退学。「ワインの専門家」になれる道筋を必死でリサーチした結果、たどり着いたのが、米国カリフォルニア州、州立大学フレノズ校ワイン醸造学科でした。 「ワインを学ぶなら、本場フランスじゃないの?」 尋ねた答えはこれでした。 「私は、最終的には、日本のワインで勝負をかけたいと思いました。当時、あらためて日本のワインをいろいろ飲んでみましたが、納得がいかない。一刻も早く私の手で、改良したい。発展途上にある日本のワイン産業のモデルとしては、歴史や伝統に支えられたフランスではなく、短期間で急激に発展したオーストラリアや米国など≪ワインの新世界≫を体験すべきだ。カリフォルニアはまさに新世界の代表だったのです」 全米から高い志を持って集まった彼女たちを待ち受けていたのは超ハードな日々でした。 ブドウ栽培など農業関連学科から醸造などバイオ関連学科などの習得、そして論文書きの日々。それ以上に厳しい畑や工場での「実習」という名の肉体労働で腕を磨いた彼女は、優秀なライバルを抑えて、卒業生のたった1人にしか与えられない「大学直属のワイナリーでの就労の権利」を手にしました。 当時「嵐のような日々」をブログにしたためたのだそうです。「発信したい」というより、心ゆくまで日本語を使える唯一のひとときだったから、かもしれません。 shigeru_banner 2018年1月号
予期せぬ訪問者
そんなブログを見て「ぜひあなたに逢いたい」と、メールが来ました。「山梨でブドウ農家を営んでいる」と自称する人は、なんとカリフォルニアまでやって来たというのです。 「怪しいおじさんが声かけてきたんだけどどうしよう、と思ったんですが、せっかく来てくれたので」 結局、会うことにしました。 近々新たにワイナリーを立ち上げたいと語るその方を、彼女はワインで有名なナパ(2017 年秋、山火事で大変なことになった地域)周辺を案内。いくつかのワイナリーで一緒にワインも飲んだのですが、「おじさん」は、ワインのことはそっちのけでブドウ畑にばかり目を向けるのでした。 「畑を見ればこの畑の枝はいつ切ったのか、この木のこの部分は、いつこういう作業をしたからこういう状態になったか、全部言えるんですよ。この畑に何がまいてあるとか、土の感じがどうだとか。ブドウの全てを感じ取れる人だということはよく分かりました。ここまでブドウに詳しい人がいるとは、私にとって驚きで、ただ者じゃないという気配が感じられました」 ワイン造りはブドウ作り。ワイン造りは農作業ということを、カリフォルニアやヨーロッパで痛いほど思い知らされてきた斎藤さんにとって、その男性はもはや「怪しいおじさん」ではなくなっていったようです。 おじさんの決意 おじさんがあらためて、斎藤さんに告げました。 「私が新たに始めるワイナリーの醸造責任者はあなた以外に考えられない。住居も、車も、冷蔵庫も。全て用意して待っている。体一つで来てほしい」 まるで、新沼謙治が歌う懐かしの「嫁に来ないか」の最後の歌詞みたいです。ところがこれが、斎藤さんには「グッときた」のだそうです。大学と大学直属ワイナリーでの就労後、さらに研鑽を積むためフランス各地で汗を流したあと、彼女は文字通り体一つで山梨のおじさんの所に向かいました。 おじさんの言葉通り、住まいも車も、冷蔵庫も、そして親切な管理人さんや仲間たち、何より心強かったのは「おじさんの奥さん」の心からのもてなしだったようです。 そうそう、おじさんとは山梨のワイン業界では知らぬ者がいない、ブドウ作りの名人、現Kisvin Winary 荻原康弘社長のことでした。 実は山梨到着後、程なく斎藤さんのお腹に新しい命が宿っていることが分かりました。それはすなわち、ワイン造りに欠かせない農作業、醸造責任者に必須のテイスティングの、どちらもできないということです。さすがの斎藤さんも、慄きました。 「ひょっとして、採用取り消しか?」強気な斎藤さんとはいえ、不安がこみ上げました。ところがそれは全くの杞憂に終わったそうです。 報告を聞いた社長と奥さんの第一声が「おめでとう!! よかったね!!」だったからです。 梶原「とはいえ、実際のところ、仕事に支障は来さなかったんですか?」 斎藤「社長はじめスタッフ一同が、私の指示で何でもやるというものですから。醸造については、私がしっかり教えました。社長は、ブドウについてはともかく、特に、醸造に関わる分野についてはものすごく謙虚に私の話を聞いてくれるんです」 すぐにいつもの「強気の斎藤さん」が戻ったようです。 梶原「理解のある職場でよかったですねえ」 斎藤「ワインは、農業。農業は大昔から、男も女も、妊婦も、一家皆で働いた。いわば元祖“男女共同参画社会”なんです。産まれた子どもたちも、親が畑で仕事をするのを見ながら育つ。あの時のお腹の赤ん坊も、母親の働く姿を見ながらすくすく育って(今では)元気いっぱいの保育園児です」 息子さんも、ワイナリーも順調そのもののようです。 斎藤「そのうち、うちの子が小学生になって理科を習うとき、植物とか微生物とか発酵を学ぶ機会が出てくると思います。それをどういうふうに母親の仕事と結び付けたりするのか、とっても楽しみです」 「体一つで来てほしい」と説得した荻原社長。「グッときた」と応じた斎藤さん。 「有為な人材を得たい時に使ってみるか」と、密かに手帳のどこかに書いておくのも悪くなさそうです。

筆者プロフィール shigeru_profilepic 梶原 しげる (かじわら ?しげる) 早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。 \著書案内/ 不適切な日本語 梶原しげる著/新潮新書 821円(定価)