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コンサルティングメソッド

戦略×成長M&A

コスト削減による利益創出から、投資によって付加価値を高めるビジネスモデルへの転換が必要な今、 買収という手段で迅速な事業展開が可能となる M&A は、企業に不可欠な経営技術である。 しかし、戦略なき M&A はシナジーを生まない。 成長戦略と M&A の掛け算によるシナジーで、 自社の価値向上と持続的な成長を目指すメソッドを提言する。
コンサルティングメソッド 2024.06.03

経営戦略に基づいたM&Aによる事業付加価値の創造

小野 樹

 

M&Aは目的ではなく手段

 

連続したM&Aで成長を実現している企業(ストロングバイヤー)は、経営戦略に基づきM&Aを行っている。

 

企業経営におけるM&Aとは、企業の存在意義(ミッション)があり、なりたい姿を実現するための中長期ビジョンがあり、具体的な事業戦略やコーポレート戦略を基盤に、これらを実現するための戦略の1つである。既存事業の戦略推進や、新しい事業領域に参入するための手段として、「M&Aで何を達成したいか」「どのような経営機能が求められるか」「どのような企業を買収すべきか」、などを深く検討する必要がある。

 

M&Aは経営戦略を実現するための有効な手段であるが、他社をグループインするだけで企業価値は向上しない。それでは、単なる業績の足し算に過ぎないからだ。「グループインすることでどのような付加価値が生まれるか」が重要である。

 

本稿では、経営戦略に基づいたM&Aによって企業価値を向上させる3つの戦略と、ストロングバイヤーの特徴について解説する。

 

 

コーポレート戦略

 

❶M&Aの実行機能を持った組織・専任担当者の設置

経営企画部や財務部などのミドルオフィスを設置し、M&Aの企画・検討・実行機能を持たせる。M&Aは、既存の経営資源を強化したり、将来的な事業の柱を創出したりするための「未来投資」の一種である。

 

M&Aを実施する上で、「会社を安く買えるか否か」という視点のみで買収を検討すると、企業価値向上に資するM&Aにはつながらず、譲受企業の業績や社員との良好な関係も長くは続かない。そのため、この未来投資を企画・実行する「未来投資推進部門」が必要となる。

 

専任担当者については、社内の管理部門メンバーに加え、M&Aの仲介会社や専門会社で仲介・ファイナンシャルアドバイザー(FA)の経験を持つ人材を採用、配置する場合が多い。外部人材を採用する場合は、これまでの仲介・FAの経験件数やスキルを確認した上で、自社が希望する人材像とズレがないかを見極める。

 

❷ 増加するグループ会社を束ねるホールディング経営体制への移行

株式譲渡によって企業をグループインしていくと、必然的にグループ企業数は増える。M&A開始当初は数社であったグループ企業が、5社、6社と増えていくと、一事業会社の組織デザインにとどまらず、「グループ全体の形をどのように設計するか」が、企業価値の向上に大きな影響を及ぼす。そのような課題を解決する手段の1つとして、ホールディング経営体制への移行が挙げられる。

 

ホールディング経営は、M&Aと非常に親和性の高い経営体制である。昨今のM&Aでは、譲渡企業の経営方針を維持したままグループに加入することが多い。グループイン直後の譲渡企業の経営方針に大きな変更を加えることは、譲渡企業の事業の再現性を妨げる可能性があるためだ。

 

ホールディング経営では、共通の価値観や目指すべき方向性を共有するが、事業会社の経営は、原則それぞれの社長に委ねる。

 

❸ シナジー(相乗効果)を創出するグループ経営システムの構築

M&Aにおいてシナジーを発揮するための課題の1つが、「各グループ会社を束ねる仕組みをどのように組み込むか」という点である。

 

具体的には、グループ本社(持ち株会社)において、グループ全体の司令塔として各事業会社に対して「横串」を通し、経営資源の再配分、適切な事業評価、実効的な経営管理に向けた共通プラットフォームの構築などを行う。

 

 

ファイナンス戦略

 

M&Aにおける財務戦略の視点は複数存在するが、買収前段階では大きく「M&A実行前:投資判断」「M&A実行時:ストラクチャー設計」の2つに分けられる。

 

❶ M&A実行前:投資判断

M&A戦略策定時には、投資判断のための条件について検討する。例えば、資金調達手法、投資予算上限、企業価値算定方法などである。

 

❷M&A実行時:ストラクチャー設計

M&Aの効果を最大化させるには、ストラクチャー(M&Aの実行手段)の設計と企業価値評価による“高値づかみ”の回避が絶対条件である。ストラクチャーの設計については、株式譲渡・事業譲渡など、自社の経営状態を基に適した手法を選択しているかどうかが問われる。企業価値算定方法については、コスト・アプローチ(貸借対照表の純資産を基に企業を評価)、マーケット・アプローチ(類似企業や株式市場における株価を基に企業を評価)、インカム・アプローチ(利益の将来性に注目し、リスクを考慮した事業価値を導き出す手法)、この3つを活用する。

 

このうち、中堅・中小企業で活用されるのはコスト・アプローチである。貸借対照表の財務諸表(決算書)の純資産(時価)に着目した手法で、メリットとして財務諸表をベースとした計算方法の簡便さと分かりやすさが挙げられる。

 

しかし、コスト・アプローチによる企業価値算定が適当ではない場合もある。その際には、他の2つの手法も含めた3パターンで企業価値を評価し、企業価値に幅を持たせることで経済合理性を担保することも必要だ。高値づかみをしないよう、あらゆる角度から買収対象企業を分析することが重要である。

 

 

事業ポートフォリオ戦略

 

事業ポートフォリオは、企業の事業の集合を示している。事業ポートフォリオ戦略とは、収益を単一事業に依存するのではなく、複数の事業の柱を持つことで大きな付加価値を創造し、各事業間のシナジーも取り込んで、より強固な収益基盤を構築する戦略である。複数の事業を展開して成長を続ける企業は、各事業の収益性・成長性などを一覧化し、事業構成を将来にわたりどのように展開していくのか、また、限られた経営資源をどのように配分するのかをたえず見直すことで、持続可能な成長を実現している。

 

まずは、経営戦略に基づいてM&Aを検討し、さまざまな譲受候補企業の分析を通じて案件を見る目を養う。M&Aを目的とするのではなく、経営戦略を実現させる手段として捉え、企業・事業の付加価値を高めていただきたい。

 

 

PROFILE
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小野 樹
Tatsuki Ono
タナベコンサルティング 成長戦略M&Aゼネラルパートナー
金融機関や会計事務所とパートナーシップを築き、後継者を育成する企画や取引先企業が抱える経営課題とコンサルティングソリューションをマッチングするアライアンス事業を推進。M&A部門の事業化、仕組みづくり、商品開発、実績づくりを行い、大手企業のバイサイド支援から中堅・中小・個人企業のセルサイド支援まで幅広い実績を持つ。