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グローバルビジョン

人口減少による日本の内需縮小が「確実にやってくる未来」である今、海外進出は全ての日本企業に とって必須の成長戦略となった。自社のグローバルビジョンをアップデートし、それに基づく長期視点の 海外戦略をデザインするメソッドを提言する。
メソッド2024.01.05

海外事業のデザインとクロスボーダーM&Aの活用:グローウィン・パートナーズ 田内 恒治


海外事業のデザインの中で、クロスボーダーM&Aの必要性と利点を理解した上で実行することが重要となる(写真はベトナム・ホーチミン)

海外事業のデザイン・リデザイン

 

海外事業の拡大フェーズにある企業にとって、M&Aの活用は重要な戦略オプションの1つであり、海外事業比率拡大の切り札として検討されることも多い。

 

だが、クロスボーダーM&Aは、国内におけるM&Aとは異なるプロセスと、その後の異文化との融合の始まりでもあり、多くの困難が想定される。そのため、海外事業のデザインの中で、クロスボーダーM&Aの必要性と利点を理解した上で実行することが重要となる。

 

❶ 現地目線の重要性
海外戦略の立案プロセスにおいて、企業がどのような位置付けで海外事業を見ているのかを考えてみたい。多くの企業にとって、海外事業のスタートは自社製品の輸出である。サービス業の場合も、自社のブランドやサービスモデルを直接現地で展開することが一般的だ。

 

輸出拡大に向けては、代理店の選定が重要になる。海外企業の参加する業界展示会に出展し、引き合いを得るところからスタートする企業も多いであろう。展示会で引き合いを得るためには、自社や商品のプレゼンテーションが欠かせない。

 

しかしながら、海外展示会などを見て回ると、マーケティングツールなどが不十分なブースが散見されるのが実情である。

 

たとえ商品が良質でも、それに見合った価値を海外企業に感じさせる工夫がなければ、せっかくの機会が台無しになってしまう。そのため、ローカライズされたマーケティングツールの整備は必須である。

 

例えば、日本語資料を翻訳した会社案内などのパンフレットを見ることがあるが、できれば言語だけではなく、レイアウトも含めて現地企業の目線で作成することが望ましい。

 

これは、現地企業のM&Aを行う際も同様である。事業会社による海外M&Aは、戦略的なシナジー(相乗効果)がある前提で、現地企業を買収するケースがほとんどだ。そのためには売り手に対し、自社の強み、特徴、実績などを端的に分かりやすく説明する必要がある。

 

日本における事業説明とは異なる目線で自社の事業を説明できるよう、現地企業向けの資料作成の仕組みを社内で組織化できていれば、突然のM&A検討があっても準備に慌てることはない。

 

❷ 海外事業のゴール設定
海外取引の拡大に伴い、現地法人や製造拠点の設立が検討されるケースは多い。自社拠点と海外の代理店や取引先との関係性を深め、現地目線で事業展開できるようになるのは、こうした海外拠点が整ってくる時期である。

 

このタイミングで海外駐在経験者が帰国し、海外事業を現地目線で管理できるようになることが理想である。自らの経験を踏まえ、海外派遣者の人事制度や育成の仕組み、日本法人内の各部門との連携を深め、自社において最適な海外事業運営体制を構築する必要がある。

 

製造業でいえば、日本企業の海外展開は1980年代前後から進んでいるが、当時は人件費削減や顧客に対する適地生産などが目的であった。しかし、現在は市場環境や経済情勢が変化しており、企業にとって海外事業は当時と異なる役割を担っている。企業は海外事業展開の先を見据えてゴールを設定し、環境に適応する必要がある。

 

例えば、コストダウンを目的に日本の生産拠点の移管先として設立した中国工場は、今では日本に送り返すことはなく現地で納品したり、第三国への部品供給拠点となったりしている。さらに、中国から東南アジアへの移管が検討されるなど、時代と市場の変化に応じて拠点の役割は変わっていく。長期・中期・短期において海外事業の在るべき姿を展望し、ゴール設定した上でリデザインすることが求められる。

 

 

クロスボーダーM&A活用のメリット

 

海外事業の拡大フェーズにおいて、M&Aは非連続の成長を追求する上で重要な手段である。昨今はASEAN(東南アジア諸国連合)での事業展開を進める際、M&Aを選択肢と捉えて検討する企業も多い。M&Aで海外事業を拡大する利点は次の3点に集約される。

 

1つ目は、時間の短縮である。自社で海外市場でのオペレーションを開始しようとすると、法人設立をはじめ、ありとあらゆるプロセスを調べながら一歩ずつ進める必要がある。もちろんその過程においては、現地市場で成功するための学びも多いので、自社拠点をベースにし、一定の事業規模を確保した上で、次の手段としてM&Aを検討しても良いだろう。

 

しかし、時間軸を考慮すると、早急に市場参入を果たさなければ競争上不利になるなどの理由から、M&Aによるマーケットインを優先すべきケースもある。

 

2つ目に、現地市場の獲得がある。現地の同業他社に出資すれば、現地の顧客基盤を確保できる。日本企業の場合、海外事業を展開しているといっても現地取引先はほぼ日系企業というケースも少なくない。その意味でも、日本企業オンリーの世界からグローバルビジネスに転換するきっかけとして、海外M&Aの活用意義は大きい。

 

3つ目の利点は、現地適応力の確保である。従業員確保や組織運営に必要な文化的理解の必要性を踏まえると、自社拠点設立には多くの困難が伴う。現地の流通構造や商習慣を理解して経営を進めることが重要となる中、事業経営から生産、営業、調達など各プロセスの従業員を一度に獲得し、事業を始められることはM&Aの最も大きなメリットである。

 

 

終わりは次の始まり。重要なのはトップのコミットメント

 

海外輸出の開始にせよ、クロスボーダーM&Aにせよ、1つのイベントの完了は次のイベントに向けた始まりの合図に過ぎない。海外企業をM&Aできたとすると、クロージングの翌日から、その事業を活用してどのように自社の技術やサービスを組み込んでいくか、しっかりとしたプランが必要になる。

 

その意味でも、冒頭で述べた海外事業のデザインが欠かせない。案件ありき、引き合いありきの事業拡大も重要ではあるが、しっかりとした事業デザインの下でそれらが実行されることで、次の目標に向けて拡大することが可能となる。そのためには、海外事業へのトップマネジメントのコミットメントが求められている。

 

 

Profile
田内 恒治Kouji Tauchi
グローウィン・パートナーズ(タナベコンサルティンググループ)
フィナンシャル・アドバイザリー事業部 海外FA部 部長
JETRO(現日本貿易振興機構)、Hotta Liesenberg Saito LLP東京事務所(現HLSグローバル)を経て、三菱UFJリサーチ&コンサルティングに入社し、日本企業の海外戦略コンサルティングと同社のホーチミン事務所長を兼任。アジア・欧米の幅広いネットワークと知見を活用した海外戦略立案、パートナー探索からクロスボーダーM&A、戦略的資本提携の実施に至る一気通貫のアドバイスを実施。2021年グローウィン・パートナーズ入社、現職。クロスボーダーM&A、海外戦略立案コンサルティングに携わる。
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