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【特集】

人事KPI

人材の成長やパフォーマンスを測定する重要業績評価指標「人事KPI」。人的資本経営の成果を可視化し、定量的に評価するのに必須の指標として注目されている。パーパス(存在価値)に基づいて構築された経営戦略に人事戦略を連動させ、個人の成長を企業の持続的成長につなげる人事KPIの設計について提言する。
メソッド2023.06.01

人的資本経営を加速させる人事KPI:竹内 建一郎

 

人事KPIが必要とされる理由

 

企業経営における人的資本経営の重要性が高まっている中、人的資本経営推進のためには、人事KPI設計が必須と言える。また、人的資本経営が注目される背景には、次の3つがある。

 

❶企業競争力強化の源泉としての人材強化

 

常に新たな商品・サービスを生み出す人材基盤、新たなビジネスへ対応できる人材基盤を構築しなければ、企業が持続的に成長できない。

 

❷ステークホルダーの変化と人材情報の開示要求の高まり

 

ステークホルダーの関心が最も高いのは、「企業の中長期戦略の実現」であり、そのために必要となる「人的資本」をどのように確保していくのかが求められている。

 

❸人的資本情報開示の義務化と開示基準の整備の進行

 

上場企業における人的資本の情報開示の義務化と開示基準の整備が進んでいる。人的資本経営のポイントは、経営戦略と人事・人材戦略をつなげることにある。人的資本の情報開示を進めることで、従業員のスキルや能力の向上が企業の業績や持続的成長につながるとステークホルダーに認識されれば、企業価値を向上させることができる。

 

人的資本の情報開示においては、人事KGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)を人事KPI(Key Performance Indicators:重要業績評価指標)に落とし込み、数値化する必要がある。分かりやすく示すことでステークホルダーの理解を深め、期待を高めるためだ。ただ、この見える化(可視化)は、目的ではなく手段であることを忘れてはいけない。

 

 

人事KPI策定のコンセプト

 

人事KPIの設計のためには、人的資本経営の考え方をまず、理解する必要がある。人的資本経営の基本となる考え方として、「人材版伊藤レポート」「ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)」「コーポレートガバナンス・コード」の3つがある。

 

❶人材版伊藤レポート

 

レポートに記載された、人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素を次に要約する。

 

【3つの視点】

 

①人材戦略と経営戦略の連動

 

持続的に企業価値を向上させるためには、経営戦略やビジネスモデルの実現を支える、自社独自の人材戦略を策定・実行することが必要不可欠。経営戦略とのつながりを意識しながら、人材に関する戦略・アクション・KPIを考えることが有効である。

 

②目指す姿と現時点のギャップの定量把握

 

人材戦略がビジネスモデルや経営戦略と連動しているかを判断するため、目指すべき姿(To be)の設定と現在の姿(As is)の把握を行い、そのギャップをKPIで定量的に把握することが求められる。

 

③企業文化の定着

 

人材戦略の実行プロセスを通じて醸成される、自社の企業理念や存在意義(パーパス)の実現につながる企業文化の定着に取り組む必要がある。定着化に向けて、経営トップが粘り強く発信するとともに、企業文化に関しても適切なKPIの設定・検証が求められる。

 

【5つの共通要素】

 

①動的な人材ポートフォリオ

 

目指すビジネスモデルや経営戦略の実現に向けて、多様な個人が活躍する人材ポートフォリオを構築できているか。

 

②知・経験のD&I

 

D&Iとは「ダイバーシティー(多様性)」と「インクルージョン(包括性)」。非連続的なイノベーションを生み出す原動力となる個人の知と経験の多様性(感性・価値観・専門性など)が、事業のアウトプット・アウトカムにつながる環境にあるか。

 

③リスキル・学び直し

 

目指すビジネスモデルや経営戦略の実現に必要なリテラシーやスキルと、現在のリテラシーやスキルの間にあるギャップを埋めるための学び直しの機会や仕組み、企業文化があるか。

 

④従業員エンゲージメント

 

多様な個人が、主体的・意欲的に業務へ取り組める環境をつくっているか。企業理念や存在意義(パーパス)、経営戦略、ビジネスモデルについて従業員へ積極的に発信・対話し、共感や納得感を得る取り組みを進め、定期的に状況を把握しているか。

 

⑤時間や場所にとらわれない働き方

 

どこでも、安全・安心に働くことができる環境を整えているか。同じ時間や空間で働いていない多様な個人を束ねるマネジメントに対応できるマネジャーの育成や支援が鍵となる。

 

❷ISO30414

 

ISO規格とはISO(国際標準化機構)が定めた製品やサービスに関する国際的な基準で、ISO30414は2018年に公表された人的資本に関する情報開示のガイドラインである。

 

このガイドラインには、情報開示の項目として11領域58項目(【図表1】)が記載されており、内容は多岐にわたる。各社の戦略と経営課題に応じて、現状と親和性の高い項目を選択し、数値化していくことが求められる。

 

 

【図表1】人的資本の11領域における58のメトリック(人的資本測定基準)

出所:日本規格協会「ISO30414(英和対訳版)」よりタナベコンサルティング編集・作成

 

 

❸コーポレートガバナンス・コード

 

人材版伊藤レポートの公表後、2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードには、人的資本に関する記載が次のように盛り込まれている。

 

上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用など、中核人材の登用における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべきである。

 

中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性に鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針を、その実施状況と併せて開示すべきである。

 

上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取り組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資などについても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ、分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。

 

以上の人的資本経営の基本的な考えを押さえた上で、人事KPIの設計を行う必要がある。

 

 

※経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」(人材版伊藤レポート、2020年9月)より抜粋・編集

 

 

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Profile
竹内 建一郎Kenichiro Takeuchi
タナベコンサルティング 取締役。大手メーカーにて、設計・開発業務を中心とする商品開発に携わり、その後、タナベ経営(現タナベコンサルティング)へ入社。企業再建から成長戦略策定まで、200社以上のコンサルティングに携わり、企業の成長発展に向け多くの実績を上げている。経営的視点による中期~長期ビジョン実現に向けた幅広いコンサルティングを展開。企業再建から成長戦略策定まで、戦略を現場に落とし込む実践的なコンサルティングで高い評価を得ている。
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