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【特集】

企業価値向上

人的資本など、非財務関連の情報を投資の指標に使う動きが広がっている。しかし、それだけで企業を評価することは難しく、強い財務基盤が必要であることに変わりはない。最適な意思決定と実行の仕組みを構築し、財務・非財務の両面で自社の企業価値を高めるメソッドを提言する。
メソッド2023.05.01

企業価値向上に向けた財務・非財務アプローチ:公文 拓真

企業価値評価の変遷

 

以前、企業価値とは株主に対する経済的利益の最大化が中心であり、言い換えれば、企業と株主のWin-Winの関係を維持することだけを考えれば良かった。また、企業価値は売上高、総資産、フリーキャッシュフローなどの決算書上の情報である財務資本を基に、主としてディスカウント・キャッシュフロー方式(DCF法)※1によって評価されてきた。企業を「キャッシュの創出力」で評価してきたのである。

 

しかし、2000年以降、企業価値の代理変数であるPBR(株価純資産倍率)において、日本と世界の水準が開いている。PBRは、企業の時価総額が会計上の純資産の何倍になっているかを示し、一般的に1倍未満であると解散価値※2を下回る企業価値毀損の状況と判断される。長期的なPBRのトレンドにおいて、米国平均は近年で3~4倍程度、英国平均は2倍程度で推移するのに対し、日本は1~1.5倍の間で推移している。

 

このPBRの1倍超の部分こそ、帳簿上の価値を上回る部分であり、真の企業価値に向けた上場企業としての付加価値創造なのだ(【図表】)。
 
 
【図表】コーポレートサステナビリティに向けた企業価値創出モデル

出所:タナベコンサルティング作成


 

各企業のCFO(最高財務責任者)には、従来の財務担当者から、事業戦略的な視点を持ち非財務資本をマネジメントする企業価値創出者であるCVO(Chief Value Officer)へのアップデートが求められている。

 
 

財務アプローチによる資本マネジメント

 

定量的に資本生産性を測る指標として、一般的にROA(総資産利益率)やROE(自己資本利益率)があるが、大企業ではROIC(投下資本利益率)による評価も加わる。ROICは、「投下した資本でどれだけの収益を得られたか」を測る指標であり、税引き後営業利益÷投下資本で計算できる。ROAやROEの計算式はシンプルであり、有価証券報告書などの公表情報を基に簡単に計算できるため、他社との比較性という面ではROICよりも優れている。一方、ROICがROA・ROEより優れている点は、資本コストとの比較優位ができることである。

 

ROIC は、有利子負債と自己資本で調達した資金を事業投資した結果、得られるリターン比率を表す指標であることから、事業資金の提供者である金融機関と株主の期待収益率を加重平均したWACC(加重平均資本コスト:資本提供者が期待するリターン)と比較することで、資本提供者の期待を上回ったかを評価できる。

 

これに対してROAは、調達サイドに資本提供者が関与しない事業負債が含まれていることから、資金調達コストとの比較でパフォーマンスを評価するには適していない。そのため、資本コストを上回るリターンを企業に期待する資本提供者は、資本コストが評価基準となるROICを重視した経営を期待する。

 

また、資本生産性を向上させるには、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)の存在も欠かせない。CCCは、企業が販売や仕入れを行い、取引先に対して現金を支払ってから顧客から現金を回収するまでに必要な期間を指し、運転資本の回転日数をベースに算出する。運転資本とは、「売上債権」「棚卸資産」「仕入債務」の3つだ。売上債権回転日数と棚卸資産回転日数の合計から仕入債務回転日数を引いた日数がCCCとなり、一言で表すと「企業の資金総出力」である。

 

前述の企業価値向上を実現するためには、CCCの改善が必須である。企業の持続的成長のためには新規投資が必須であり、その資金を確保しなければならないためだ。

 

CCCが短い企業はそれだけ投資の機会が多いため、早く成長することができる。特に、スピードが求められるグローバル企業ほどCCCを重視している。売り上げが拡大していてCCCが短ければ、事業からキャッシュが生まれるため、資金調達せずとも再投資が可能となる。逆に、CCCが長い企業は、売上高が伸びるほど資金が不足しているため、どこかで成長限界を迎える。また、CCCの圧縮はROICの改善にもつながる。むしろ、ROICの向上はCCC改善のためでもある。分母となる運転資本を圧縮することで、CCCが短縮されるためだ。

 

よって、ROICによるマネジメントには2つの目的があると言える。1つが資本コスト経営であり、資本コスト(WACC)を上回るROICを目指すことで、企業価値の向上を目指す。もう1つがキャッシュフロー経営であり、投下資本を圧縮することでキャッシュフローを創出し、高成長事業に投資するものである。

 
 

非財務アプローチによる企業リスクの低減

 

近年、上場企業を中心に非財務資本(製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本)への注目が高まっている。2020年5月に国際統合報告評議会(IIRC)より示された「国際統合報告フレームワーク」で、財務資本だけでなく非財務資本も活用・蓄積することで価値創造を行っていくことを指針として掲げていることも、注目が高まっている要因の1つである。非財務資本の活用による企業価値向上の動きは、これからのスタンダードになるだろう。

 

現在、ESGやSDGsが企業価値に与える影響を定量的に計測するモデルはまだ確立されていないものの、従来のDCF法に従うのであれば、❶フリーキャッシュフローの最大化、❷資本コストの低減、という2つの切り口で便宜的なモデル化が可能である。

 

論拠として、❶フリーキャッシュフローの最大化に向けて、直面する社会問題をビジネスチャンスとして捉えて事業として取り組むことで、売り上げ・利益確保の機会を増やすことが可能。❷資本コストについては、株主資本コストの構成要素であるボラティリティー(価格変動の度合い)は企業リスクを表し、持続的な事業を行うことで低減が可能。この2つが挙げられる。

 

ただ、実務面においてはESGやSDGsへの取り組みと企業価値向上の因果関係を明確にできないという課題がある。業績向上や株価の上昇が非財務資本に取り組んだ結果であると、定量的に証明できないためだ。

 

非財務資本と企業価値の関係を定量的に示すモデルは最前線で研究が進められており、いずれは、蓋然性・汎用性の高い数理モデルが展開されるだろう。まずは、経営者とCFOが主導で自社の非財務KPI(重要業績評価指標)を設定し、中長期的に収益および企業価値との相関を観測するのが良い。

 

ESGやSDGsが注目され、経営環境が複雑化する現代社会において企業が持続的に成長するためには、自社と株主の関係だけではなく、従業員や地域住民などの幅広いステークホルダーを巻き込んだ取り組みが必要となる。財務資本と非財務資本を有機的に統合、活用していくことが、持続的な企業価値向上(コーポレートサステナビリティ)につながる。

 

 

※1 企業価値を算出する手法の1つで、企業が生み出すキャッシュフローに注目する
※2 企業の解散(倒産)時に総資産から全ての負債を支払った後に残る資産

 

 

 

Profile
公文 拓真Takuma Kumon
タナベコンサルティング コーポレートファイナンス ゼネラルマネジャー
地方銀行にて、リテールからホールセールまでを対象とした融資・預金・投資を取り扱う。タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社後は、管理会計を中心とした財務戦略やホールディングによる資本戦略策定などに従事。企業価値向上の観点による中期経営計画策定など、コーポレートファイナンス分野における上場企業向けのコンサルティング支援を得意とする。
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