TCG REVIEW logo

100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【特集】

企業価値向上

人的資本など、非財務関連の情報を投資の指標に使う動きが広がっている。しかし、それだけで企業を評価することは難しく、強い財務基盤が必要であることに変わりはない。最適な意思決定と実行の仕組みを構築し、財務・非財務の両面で自社の企業価値を高めるメソッドを提言する。
メソッド2023.05.01

ホールディングス化で「遠心力経営」を実践する:中須 悟

 

成長戦略としてのホールディング経営

 

ホールディング経営とは、持ち株会社を中心に複数の事業会社でポートフォリオを形成し、グループで成長する経営体制を指す。ここ数年、タナベコンサルティングのクライアントにおいても、ホールディングス化に取り組む企業は増加しており、企業規模も上場企業から中堅・中小企業へと広がっている。今後、企業が成長するためのスタンダードとして定着しつつあると、実感せざるを得ない。

 

ホールディングス化に移行する目的はさまざまである。グループとしての持続的な成長は前提であり、「多くの経営者を育てたい」「複雑化するグループ資本系列を整理したい」「M&A戦略を展開するための受け皿にしたい」「資本である自社株を円滑に承継したい」なども挙げられる。

 

本稿では、企業の成長戦略としてのホールディングス化の目的、また、その成長を支えるグループ経営の組織づくりに着眼を置き、今後のホールディング経営を考えたい。

 

まずは、成長戦略としてのホールディングス化についてである。企業は長期的に存続することを目的としているが、そのためには時代の変化に対応し、成長していかなければならない。

 

だが、一言に「成長する」と言っても経営環境は逆風である。特に、国内マーケットを主戦場とする多くの日本企業は、人口減少に伴うマーケット縮小は喫緊の課題であり、これまでの延長線上では成長戦略を描き切れない。つまり、1社で1つの事業を守って生き残っていくには、あまりにも厳しい時代なのだ。

 

今後は、複数の事業を組み合わせて事業価値を生み出したり、新たなバリューチェーンを構築する発想が求められる。複数の事業が横でつながり幅が広がると、そこには「遠心力」が生まれる。企業成長の原動力こそ、この遠心力である。強い遠心力で事業の幅、輪を広げていくイメージだ。

 

ある建設会社A社の事例を紹介したい。A社は地盤改良工事事業を手掛けており、年商は数億円、2代目の後継者が承継したものの赤字体質で債務が超過していた。新社長は、まずホールディング会社をつくり、同業の建設業者B社をM&Aした。地盤改良工事を軸に工種の幅を広げることが目的であったが、建設業の構造的な課題とも言える人手不足に直面した。

 

そこで新社長は、人材斡旋会社であるC社をM&A。建設業の職人雇用に強く、国内だけではなく海外からの人材雇用にも力を入れているC社をグループインし、グループ内に職業訓練校を設立した。海外から雇用した人材を職人として自社で育成して、グループ内で活躍させるという流れをつくったのだ。今ではグループ連結で300名を超える規模となった。

 

次に、新社長は元請けのゼネコンなどのアライアンス先に育成した人材を派遣。人材の雇用から育成、活躍、外部派遣という、人材のバリューチェーンを構築した。複数の事業をつなげることで新たな価値を生み出した好事例である。

 

一つ一つの事業は成熟事業であっても、他の事業と組み合わせることで新しい価値を生み出すことができる。そして、その価値はこれまでよりも次元の高いものに進化する。

 

A社で例えるならば、地盤改良工事という1つの事業価値の次元から、業界全体の構造的課題の解決という次元に進化している。このような動きは、建設業以外でも起こり始めている。

 

例えば、製造業が連合してホールディング会社をつくり、日本の技術力進化を目的にイノベーションを起こすグループ企業や、日本の食料自給率向上を目的に、農業の分野において6次産業化によって生産から加工、販売までを一貫して手掛けるグループ企業もある。

 

SDGs達成に向けた取り組みやESG経営においても言われるように、企業は顧客ニーズに対応して収益を高めることに加えて、社会課題の解決も求められている。グループ企業として進化・成長するということは、より多くの社会課題と向き合うことを意味する。つまり、高い視座を持ちながらグループ企業としての広い視野で経営することが、成長戦略の新たなセオリーになっているのだ。

 
 

企業成長の鍵は「遠心力」

 
次に、成長戦略を実現するためのグループ組織の在り方について考察する。

 

グループ組織が成長するための考え方として、「どのように遠心力を働かせるか」という視点が重要である。遠心力経営のイメージは、経営者を中心に事業会社が自律的に生き生きと経営している姿である。

 

一般的に、ホールディング経営を絵に描くと、持ち株会社であるホールディング会社が上で、その下に複数の事業会社が並んでいる構図になりがちだ。だが、そのようなトップダウン型の組織ではなく、ホールディング会社を土台にグループ全体を支え、その上で事業会社が主役として活躍する姿が望ましい。

 

このような形を「プラットフォーム型ホールディングス」と呼ぶ。プラットフォームとは、直訳すると「土台」である。事業会社を底辺で支え、経営に必要な人・モノ・カネという経営資源を必要に応じて供給するイメージである。

 

成熟企業はピラミッド型のヒエラルキー組織であることが多い。そして、長い年月をかけて形成された秩序は簡単に壊すことができない。一方で、スタートアップやベンチャー企業に共通するのは、現場の社員が主役で生き生きと活躍している姿である。トップと現場の距離が近く、エンゲージメントの高いカルチャーが形成されている。トップは社員を信じて業務を任せて、社員もその期待に応えるべく自律的に行動する。そのようなエンパワーメントが高い組織、つまり、遠心力が働いている組織は成長しやすい。

 

では、ヒエラルキー組織の企業が遠心力経営を取り入れるにはどうすれば良いか。そのヒントは、ホールディング経営にある。

 

メーカーD社が、ホールディングス化してグループ経営にシフトした事例を紹介したい。D社のトップが構想するグループ組織のコンセプトは、「ピラミッド型組織とティール組織※の両立」である。

 

メーカーとして、品質を維持しながら大量生産するためには、組織を一定のルールで統制することが必要だ。ただ、そのような組織カルチャーでは新しい製品や事業を生み出すイノベーションは生まれない。

 

そこでトップは、新設のホールディング会社には開発部門と新規事業部門を配置し、新たな成長の種を育てると同時に、階層が存在しないフラットなカルチャーを形成していきたいと考えている。新しい会社をつくると、良くも悪くも新しいカルチャーが形成される。その特性を前向きに捉えている事例である。

 

ホールディング経営は「建て増し型の組織」という言い方もできるが、新しいカルチャーを形成することでグループ全体のカルチャーを徐々に変えることもできる。

 

「遠心力が企業成長のキーワードである」と前述したが、対比する言葉に「求心力」がある。「強い遠心力を働かせるためには強い求心力が必要」という関係性にあたる。その強い求心力の象徴こそ、最近注目されている「パーパス経営」だ。

 

企業がミッション・ビジョン・バリューを示し、ステークホルダーだけではなく社員の心も引きつける。これはトップの役割であり、モチベートされた社員がエンパワーメントある組織で生き生きと活躍する。そして、これをグループレベルで取り組む経営モデルこそホールディング経営である。

 

ホールディング経営が目指すべきは、グループ企業として遠心力を働かせながら成長すること。その主役は現場で活躍するリーダーである。ホールディング経営を実践できる企業が、逆風の経営環境においても持続的に成長していく。

 

 

※フレデリック・ラルー著『ティール組織』(英治出版)で提唱された。指示系統がなくともメンバーが組織全体の目的を理解し、達成に向けて意思決定していくという特徴がある

 

 

 

Profile
中須 悟Satoru Nakasu
タナベコンサルティング 執行役員
経営環境が構造転換する中、「経営者をリードする」ことをモットーに、企業の収益構造や組織体制を全社最適の見地から戦略的に改革するコンサルティングの実績多数。また事業承継、ホールディング経営推進のスペシャリストとして、全国で幅広く活躍している。CFP®認定者。
企業価値向上一覧へメソッド一覧へ特集一覧へ

関連記事Related article

TCG REVIEW logo