TCG REVIEW logo

100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【特集】

企業価値向上

人的資本など、非財務関連の情報を投資の指標に使う動きが広がっている。しかし、それだけで企業を評価することは難しく、強い財務基盤が必要であることに変わりはない。最適な意思決定と実行の仕組みを構築し、財務・非財務の両面で自社の企業価値を高めるメソッドを提言する。
メソッド2023.05.01

サステナビリティ経営×企業財務:鈴村 幸宏

 

サステナビリティ経営の時代

 

サステナビリティ経営とは、「環境・社会・経済」という3つの観点において、持続可能な状態を実現することである。言い換えれば、成長分野への投資により、将来の収益とキャッシュフローを最大化させる「経済的価値の向上」と、ESG(環境・社会・ガバナンス)へ配慮・注力し、将来に向けて持続的な成長を実現する「社会的価値の向上」の両方を実現させることである。

 

サステナビリティ経営は、グローバル企業や上場企業が先行して行っているが、中堅・中小企業もブランディングや、環境意識が高まりつつある顧客価値の視点から、経営判断の重要な要素であることを確認していただきたい。

 

ここで、サステナビリティ経営に関する理解を深めるために、関連するキーワードを【図表】に整理する。理解のポイントは、「主語は何か?」である。主語が企業なら「サステナビリティ」、投資家なら「ESG」、国際社会なら「SDGs」となる。

 

 

【図表】サステナビリティ経営に関するキーワード

 


出所:タナベコンサルティング作成

 

SDGs(持続可能な開発目標)は、2015年の国連サミットで採択された、2030年までに持続可能な世界を実現するための17ゴール・169ターゲットから構成された国際社会の宣言である。ESGは、投資家が環境・社会・ガバナンスの視点で、企業の持続可能な成長・価値向上の追求を評価することである。

 

サステナビリティは、企業が、企業価値と環境・社会価値を両立させることで、企業の社会的責任(CSR)と共通価値の創造(CSV)を実現することである。

 

持続的な成長と中長期的な株式価値向上の観点による投資家の企業評価において、サステナビリティ(環境・社会課題への取り組み)とコーポレートガバナンスは、ビジネスモデル・経営戦略の次に重要なテーマと考えられている。したがって、上場企業の企業価値向上の取り組みでは、特にサステナビリティ経営が重要である。

 

グローバル企業は、サステナビリティ経営に本気で取り組んでいる。それは、若い世代の環境・社会問題への関心が非常に高く、世界ではミレニアルズとZ世代※1が人口の多くを占めているからである。すなわち、顧客(市場)の中心となる世代が求めているのがサステナビリティであり、顧客(市場)の求めに応えなければ「稼げない」からである。

 

また、2020年時点での全世界におけるESG投資額は約35兆3000億ドルとなっており、拡大傾向が続いている※2。特に欧米のESG投資の割合が高い。ESG投資の拡大に伴い、ESG評価機関の存在感も増している。このことからも、上場企業や海外進出している企業、海外進出を検討している企業は、サステナビリティ経営の重要性を肝に銘じておく必要がある。

 

SXによる長期戦略が重要

 

企業価値向上には、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)戦略が不可欠となってきている。SXとは、企業のサステナビリティ(企業の稼ぐ力の持続性)と社会のサステナビリティ(将来的な社会の姿)を「同期化」させていくこと、およびそのために必要な経営・事業変革(トランスフォーメーション)を実現することである。

 

SX戦略は、大きく3つの柱から成る。1つ目は、「稼ぐ力」の持続化・強化である。企業として「稼ぐ力」を中長期で持続化・強化するために、事業ポートフォリオマネジメントやイノベーションにより成長分野へ投資し、将来の収益とキャッシュフローの最大化を図る。

 

2つ目は、社会のサステナビリティを経営に取り込むことである。不確実性に備え、将来的な社会の姿をバックキャストし、企業の稼ぐ力の持続性・成長性に対する中長期的な「機会」と「脅威」の両方を把握し、それを具体的な経営に反映させていく。

 

3つ目は、企業と投資家・取引先などのステークホルダーが、持続的な社会の構築に対する要請を踏まえ、長期の時間軸における企業経営の在り方について建設的・実質的な対話を行い、磨き上げていくことである。

 

SX戦略で重要なのは、短期・中期・長期の時間軸で戦略を検討することである。日本企業は、短期的・PL思考※3で戦略を考える傾向があるが、長期的・ファイナンス思考で戦略を検討することがより重要である。環境変化の激しい現代においてサステナビリティ経営を実践するには、メガトレンドを踏まえた超長期のミッションと自社の存在価値を問い直すパーパス経営が成功の鍵となる。

 

ここで、サステナビリティ経営の事例を紹介したい。ユニリーバは、年商520億ユーロ、従業員数14万8000名を有する世界的消費財メーカーである。前CEOとしてポール・ポルマン氏が就任した2009年当時は会社が疲弊しており、すっかり内向き志向の組織になっていた。

 

そこで、ポルマン氏が最初に手を付けたのが、マルチステークホルダーの長期的な利益を重視したパーパス経営へのシフトだった。キーワードは「マルチステークホルダー」「長期」「パーパス」の3つで、このエッセンスを徹頭徹尾、経営のあらゆるところに導入したのである。

 

同社は、パーパスとして「サステナブルな暮らしを当たり前に」を掲げ、自社の方向性を示すビジョンとして「持続可能なビジネスにおいてグローバルリーダーになる」を打ち出した。同時に、パーパスに根差した未来志向のビジネスモデルがいかに優れた業績をもたらし、常に業界の上位3分の1の財務パフォーマンスを達成しているかを世に示した。

 

また、ビジョン実現のために「ユニリーバ・コンパス」を発表し、5つの戦略とアクションを開示した。秀逸なのは、パーパス・ビジョンと戦略・アクションがサステナビリティという点でしっかりとつながっており、具体的な非財務KPI(重要業績評価指標)として落とし込まれ、パーパスと仕事が結び付いていることである。

 

さらに、同社では「ユニリーバ・リーダーシップ・ディベロップメント・プログラム」を通して、個人の意義と会社の意義を一致させるワークショップを実施しており、多くの従業員が自分のパーパスを発見している。結果として、社員のエンゲージメントを向上させ、会社の成長および収益・キャッシュの創出と社会のサステナビリティの両立を実現している。

 

※1 一般にミレニアルズは1980年代から2000年初め、Z世代は1990年代半ばから2010年代序盤までに生まれた世代を指す
※2 GSIA「GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT REVIEW 2020」
※3 PL(損益計算書)上の指標の最大化を目的とする思考

 

Profile
鈴村 幸宏Yukihiro Suzumura
タナベコンサルティング コーポレートファイナンス エグゼクティブパートナー
メガバンクにて融資・外為・デリバティブなどの法人担当を経て、タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社。「企業を愛し企業繁栄に奉仕する」を信条とし、経営戦略・収益戦略を中心に幅広いコンサルティングを展開。企業を赤字体質から黒字体質にV字回復させる収益構造改革、成長企業に対するホールディングス化とグループ経営推進支援、ファイナンス視点による企業価値向上、投資判断、M&A支援の実績を多数持つ。また、オーナー企業に寄り添った事業承継支援、経営者(後継者)育成も数多く手掛け、高い評価と信頼を得ている。
企業価値向上一覧へメソッド一覧へ特集一覧へ

関連記事Related article

TCG REVIEW logo