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シン・ローカライゼーション

人口減少や少子高齢化、過疎化、産業空洞化などさまざまな社会課題に直面する日本の地方。各地域に特有の課題に寄り添い、地域資源を組み合わせたバリューチェーンを構築することで新しい付加価値を提供する取り組みに迫る。
メソッド2023.03.01

官民連携によるサステナブル・ツーリズムの推進と取り組み事例:矢野 裕之

自然のイメージ

 

 

ウィズコロナ時代の観光産業

 

観光産業は、新型コロナウイルス感染拡大防止を目的とした「不要不急か否か」の判断基準の影響を強く受けてきた。またコロナ禍は、人と人との社会的な距離も変化させてきた。直接会わないことが“思いやり”となり、オンラインでのコミュニケーションやリモートワークが移動を代替。結果として、レジャー・ビジネスなどのあらゆる観光需要が減少した。

 

消費スタイルの多様化も観光需要減少の要因である。動画配信サービスが急増し、ひと工夫ある家具や家電が売れ、リビングでフィットネスを楽しむことができるゲームが流行した。昔からある出前サービスは「フードデリバリーサービス」に、生中継はツアーガイドを伴うことで「オンラインツアー」に進化した。コロナ禍により増えた在宅時間を快適に楽しむための「巣ごもり需要」の増加である。

 

また、消費者がデジタル技術を駆使して体験する魅力と可能性に気付き、使いこなしてきた一方で、オフライン・リアルによる体験価値の重要性が再認識されたとも言える。行動制限緩和直後の観光客の急増は、観光が「人生を豊かにするために必要至急の営み」であることを証明している。

 

ウィズコロナ時代の観光産業は、社会や消費者の価値観の変容に向き合い、以前の姿に戻る(復活する)のではなく、コロナ禍の経験・変化とともに進化する必要がある。その進化の旗印になるのが、「サステナブル・ツーリズム」(持続可能な観光)だ。

 

 

サステナブル・ツーリズムとコト・イミ消費との親和性

 

旅を表す英単語であるTourism(ツーリズム)の中にあるism(イズム)は、「信条」「主義」と訳される。語源をたどると「円を描く道具」だという。このことからも、本来の旅とは、「目的地に行って楽しんで終わり」という直線的なものではなく、自らの信条に根差した旅の中で得た経験や内面的な変化が、自宅に戻ってからも円を描くようにつながっているイメージが正しい。

 

コロナ禍において、「コト消費」(商品・サービスによって得られる体験・経験への消費活動)や「イミ消費」(商品を通じて社会や環境に貢献する消費行動)への関心の高まりも、価値観の変容の1つである。これらが日常の中で育ったZ世代以降の大きな消費特徴ともいえる。コト消費とイミ消費は、観光産業と親和性が高い。

 

国連世界観光機関(UNWTO)は、サステナブル・ツーリズムの在り方を「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」と定義している。

 

団体旅行客の受け入れで観光産業は潤うが、受け入れ地域の働き手は疲弊し、結果として環境負荷が大きくなる。だが、環境保護に傾注して地域の収益機会を失うことも望ましくない。サステナブル・ツーリズムは、全ての関係者がWin-Winの関係を築き、経済・社会・環境のバランスを保ちながら発展することを目指す考え方である。

 

例えば、田園地帯や山林、湖畔を舞台にトレッキングやサイクリングなどのアクティビティーを、地域の文化や自然体験に精通したツアーガイドとともに体験するアドベンチャートラベルがある。アクティビティーを介した自然体験や異文化体験であり、地域の人々と触れ合うことでより深く地域を知り、自身の内面的な変化を体験できる。

 

自然や文化を「保護すべき対象」と捉えるのではなく、体験を通じて「経済的な価値を生む場所」として捉え直し、事業活動と環境保護を両輪で重視する。自治体と連携し、地域主体でアドベンチャートラベルの旅行パッケージを開発することで、より長い滞在日数と、それに伴う地域内での消費促進をデザインできる。

 

アドベンチャートラベルには、来訪者・産業・環境・受け入れる地域の「四方よし」を実現するためのエッセンスが詰まっているのだ。

 

また、コト消費とイミ消費の時代においては、地域独自の観光体験価値に加えて、観光客の消費行動が訪問した地域の人々の役に立っていると実感できる「サステナブルへの貢献価値」も重要である。人と人とのリアルな交流が、地域への愛着と価値観のつながりを育み、リピーターを創出していく。

 

 

観光地域づくりの旗印となるビジョンと戦略の再考

 

人口減少時代において、観光産業は地域の関係交流人口を増やし、地域外からの収益を得るための重要なビジネスモデルである。その先導役となるのが、「観光地域づくり法人」(DMO)だ。

 

観光庁は、DMOを「地域の『稼ぐ力』を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する『観光地経営』の視点に立った観光地域づくりの舵取り役」とし、「多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人」と定義している。

 

地方公共団体(官)と事業者(民)は、DMOを中心に立場の違いに関係なく、「観光地を経営する」という視点を共通認識・言語として持つことが重要だ。また、観光客にとっては、市区町村の境目は関係ないため、複数の地域が協力して魅力と利便性を打ち出す必要がある。

 

立場の違いや地域間の利害を超えて協力するには、観光地域づくりの旗印となるビジョンと戦略の再考が不可欠である。地域の経営課題には共通項が多く、解決の方向性やヒントは他地域の事例から学ぶことができる。例えば、「将来ビジョンや戦略の策定が進まない」「計画を実行に移す体制(組織・人材・マネジメント)が弱い」「人材の確保と育成が進まない」「マーケティングの効果が上がらない」「財源の確保に苦慮している」などである。

 

観光地経営には、一般論的な課題に加えて観光産業ならではの課題があり、さらに地域ごとの課題も絡み合う。多様なステークホルダーが納得し、同じ方向に向かうためには、正しい価値判断基準に依拠した合意形成も忘れてはならない。

 

「実現したいことは何か」「どのような観光地を目指すか」「守り続けたい文化や価値観は何か」「それらの理由や背景は何か」、そして、「『住んでよし、訪れてよし』という地域ファーストに立脚しつつ、四方よしの持続可能性を伴っているか」。

 

正しい価値判断基準は、各地域・産業固有の発展の歴史と現状課題に向き合うことで生まれる現状分析からしか知ることはできない。地域固有の課題を独自のプロジェクトと方法で連携・改善・解決した先にこそ、観光産業の持続的成長がある。

 

 

矢野 裕之氏

 

 

長期ビジョン・中期経営計画の情報サイト

 

Profile
矢野 裕之Hiroyuki Yano
タナベコンサルティング ドメイン&ファンクション本部。金融機関にて国際業務に従事し、管理体制構築やコストコントロール、海外進出支援などの実務を経験後、タナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。現在は、グループ経営システム構築支援を中心に、成長する組織体制づくりを専門領域としている。また、海外駐在の経験からインバウンド人材育成研修も行っている。官民連携によるサステナブル・ツーリズムの推進手法と取り組み事例を紹介
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