TCG REVIEW logo

100年先も一番に
選ばれる会社へ、「決断」を。
【特集】

グローバル戦略

内需縮小、グローバリズムの進展、DE&I(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)の浸透などを背景に、日本企業が海外マーケットに挑む必然性は高まり続けている。ESG(環境・社会・ガバナンス)、DX、クロスボーダーM&Aといった課題が山積し、海外戦略のかじ取りが難しい局面に立たされる今、日本企業はいかに戦うべきか。成長戦略のポイントを解説する。
メソッド2022.12.01

タイ駐在経験から見る日本企業の海外戦略:上田 裕貴

 

タイに対する日本企業の動向変化

 

ASEAN(東南アジア諸国連合)の中心国であるタイは、日本企業をはじめ外資系企業の力を借りて急速に経済発展しており、国民の所得も増加傾向にある。そのため近年では、製造拠点としてタイを選ぶのではなく、「タイというマーケットへの販路拡大」を目指す日本企業が増加している。

 

また、新型コロナウイルスの感染拡大により一時的に経済活動が低迷したものの、現在は海外からの観光客も積極的に受け入れており、回復基調であることが分かる。

 

日本企業も多数進出しているタイの動向を探ることで、日本企業の今後の海外戦略の方向性を指し示すことができれば幸いだ。

 

タイは元々コメの生産・輸出を中心とする農業国である。1950年代から始まった工業化政策を皮切りに、1960年代には積極的に外資系企業を導入。特に、1985年のプラザ合意(為替レートの安定化策)以降の円高による影響で、日本企業は安価な労働力を求めて多数タイに進出し、タイで製造した商品を日本に輸入、あるいは加工した上で輸出するビジネスモデルを確立した。

 

しかし、2014年のタイ軍事クーデターによる政変以降、最低賃金の上昇などの政策により、安価な労働力を求める日本企業はタイだけでなく、タイ周辺のCLMV(カンボジア・ラオス・ミャンマー・ベトナム)に注目するようになった。

 

中でもベトナムは、日本との距離、物流面での利便性、親日国家などのメリットがあり、日本の中堅・中小企業からも注目されてきた。実際に私も、コロナ禍以前の前職時にはベトナムへの進出相談やベトナム企業との取引相談を多数受けてきた。

 

一方、タイでは、経済発展による国民所得の上昇により、タイという成長マーケットの需要を取り込もうとする日本企業が増加。以前よりも販売チャンスが拡大している。

 

【図表】にある通り、タイ国民の1人当たり各目GDP(国内総生産)はコロナショックの影響で一時的に落ち込んだものの年々成長しており、国民所得が上昇していることが分かる。

 

 

【図表】タイ国民の1人当たり各目GDP

出所:ジェトロ「国・地域別情報 基礎的経済指標 タイ」(2020年7月)よりタナベコンサルティング作成

 

 

しかし、単純に日本製品をタイに輸出すれば売ることができるわけではない。タイのマーケットに合わせて自社の製品・サービスを売ることが重要である。そのため、日本企業だけでタイへの市場拡大を進めても、うまくいかないケースが少なくない。

 

 

海外での販売戦略の3つのポイント

 

実際にタイでBtoC事業を展開するオートバックスセブンの事例を参考に、タイでの販売戦略のヒントを紹介する。

 

カー用品店の最大手チェーンであるオートバックスの運営を手掛けるオートバックスセブンは、自動車が広く普及しているタイの需要を取り込むべく、2000年6月にタイ1号店を出店。当初は日本の店舗スタイルをそのまま持ち込み、一時10店舗近くまで事業を拡大したが、その後、業績は伸び悩み、戦略の立て直しを検討した。

 

まずはタイのマーケットを再調査し、出店場所や店舗コンセプト、商品ラインアップの見直しを行った。次に、今後の出店戦略をサポートする現地パートナーとして、2017年8月にタイ大手ガソリンスタンドのPTG社と資本関係を含めた業務提携を行った。空き物件から路面店を選定していく従来の店舗出店スタイルから、PTG社のガソリンスタンドに併設する形での店舗出店スタイルに転換したのである。

 

この業務提携により、PTG社から出店候補物件の紹介を得られると同時に、タイにおけるオートバックスセブンの認知度向上を効率的に行えるようになった。

 

結果として、オートバックスセブンのタイ現地法人は、2020年に資本構成の見直しを行ったものの、現在も連結子会社としてタイで活動しており、2022年9月にはタイで38号店を出店するまでに成長している。

 

この事例から見る海外での販売戦略のポイントは、次の3点である。

 

❶日本独自の製品・経営スタイルから現地に合わせた製品・経営スタイルへ転換する
❷進出先のマーケット調査を十分に行った上で自社の戦略を検討する
❸自社の戦略に最適な現地パートナーを選定し、そのノウハウを活用する

 

 

攻めと守りの両面でグローバル戦略を立案する

 

以上を踏まえて、日本企業が取るべき今後のグローバル戦略を「攻め」と「守り」の2つの側面から提言する。

 

〈 攻め 〉

自国の技術に慢心することなく、現地企業の協力を得る

 

「日本製品は品質が高く、海外でも高い評価を受けているから海外に進出さえすれば何とかなる」と考える日本の経営者はいまだにいるが、現実はそう甘くない。

 

近年は中国の台頭が著しく、中国製品の品質も向上していることから、海外での競争に勝つためには現地企業の協力が欠かせない。実際に中国の技術、現地企業の力を甘く見積もり、日本製品、または日本の経営スタイルの過信が原因で失敗した企業を、私は何社も見てきている。

 

また、発展途上国であるタイの現地企業は、日本資本を入れることで対外的な信用度を向上させたいという思惑も強いことから、業務提携=資本提携となることが多い。そのため、海外進出の目的は各社によって異なるが、現地企業の力を取り入れるための手段としてクロスボーダーM&A(国際間M&A)は欠かせない。

 

〈 守り 〉

現地企業の自主性を尊重しつつ、マネジメントできる仕組みをつくる

 

クロスボーダーM&Aを行った後の、PMI(M&Aの効果を最大化させるための統合プロセス)が重要である。「現地企業のノウハウを生かしながら、いかに日本企業の要素を入れるか」という経営面での統合プロセスはもちろんのこと、「いかに現地企業のマネジメント・ガバナンスを行うか」という、管理面での統合プロセスも重要だ。

 

現地企業のマネジメント・ガバナンスは、M&Aの有無にかかわらず、全ての日本企業の課題である。現地企業の中には従業員による不正事案も発生しており、現地に任せるだけでは不十分であることが実証されている。

 

しかし、日本企業が関与しすぎることで、現地企業の従業員のモチベーション低下につながる可能性がある。まずは、現地企業との間で法的な契約を締結し、現地企業自身でマネジメントできる取締役会や監査委員会などの経営システムを導入していただきたい。自主性を尊重しつつ、日本企業もマネジメントできる仕組みをつくるということである。

 

日本企業がグローバル戦略を進める上で、攻めと守りの両面から今後のグローバル戦略を検討・立案していく必要がある。日本流の経営を現地企業に押し付けるのではなく、現地企業の力を最大限に活用した形で経営を変化させることが重要だ。

 

 

 

 

 

 

 

Profile
上田 裕貴Yuki Ueda
タナベコンサルティング コーポレートファイナンス大阪本部 チーフコンサルタント。金融機関で法人営業や海外進出支援、海外駐在を経験後、タナベ経営(現タナベコンサルティング)へ入社。コーポレートファイナンスを中心に新しい経営技術で企業価値向上の実現に取り組んでいる。企業再生、海外展開している企業の中期経営計画策定、業績管理体制強化などを強みとしており、顧客に寄り添うコンサルティングスタイルに定評がある。
グローバル戦略一覧へメソッド一覧へ特集一覧へ

関連記事Related article

TCG REVIEW logo