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【特集】

グローバル戦略

内需縮小、グローバリズムの進展、DE&I(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)の浸透などを背景に、日本企業が海外マーケットに挑む必然性は高まり続けている。ESG(環境・社会・ガバナンス)、DX、クロスボーダーM&Aといった課題が山積し、海外戦略のかじ取りが難しい局面に立たされる今、日本企業はいかに戦うべきか。成長戦略のポイントを解説する。
メソッド2022.12.01

アフターコロナを見据えたフィリピンへの進出:原田 裕

 

日本企業の海外進出意欲の変化

 

新型コロナウイルス感染拡大による渡航制限により、海外に拠点を持つ日本企業は影響を受けたものの、直近では日本企業の海外進出意欲に回復傾向が見られるようになった。

 

【図表】は海外ビジネス情報の提供や中堅・中小企業などの海外展開支援を手掛けるジェトロ(日本貿易振興機構)が行ったアンケート調査の結果である。今後の海外進出方針について「さらに拡大を図る」「新たに進出したい」と回答した企業は、2020年度は2019年度比で減少したものの、2021年度には増加に向かっている。

 

 

【図表】今後の海外進出方針

出所:ジェトロ「2021年度ジェトロ海外ビジネス調査 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2022年2月)よりタナベコンサルティング作成

 

 

本稿では海外進出の中でも、筆者が生産工場の品質管理責任者として約6年間駐在していたフィリピンの現状と進出に向けたポイントについて解説する。

 

 

進出先国としてのフィリピンの魅力と注意点

 

ビジネスにおける進出先国として、フィリピンの魅力は次の3点である。

 

1.日本からの距離が比較的近く航空直行便も多いため、物資の輸出入費用が抑えられる

 

東京(羽田・成田)とフィリピン(マニラ)の航空路線は1日に6便運航しており、搭乗時間も4時間40分と短い。東京発以外では、名古屋、大阪、福岡からも直行便が運航しており、人や貨物の移動が容易である。

 

2.公用語として英語が使われており、コミュニケーションが取りやすい

 

世界最大の英語能力指数ランキングである「EF EPI英語能力指数」(第2021版)によると、フィリピンの英語力の順位は18位とアジア諸国の中ではシンガポール(4位)に次いで高い。英語が堪能な日本人の人材はまだ十分な人数がいるとは言えないが、それでもなじみのない言語を公用語とする国に比べると意思疎通のハードルは低い。

 

3.世界随一の親日国で現地人材の協力を得やすい

 

外務省が行った「海外における対日世論調査」(2021年度)によると、「あなたの国の友邦として、今日の日本は信頼できると思いますか」という質問に対して、「とても信頼できる」「どちらかというと信頼できる」と回答した割合は98%である。これは、人材確保の場面で有利に働く。

 

しかし一方で、フィリピンに進出を検討する際には、次の3つに留意しておく必要がある。

 

1.治安

 

フィリピンは、日本に比べて治安が良いとは言えないだろう。日本から駐在員や出張者を派遣する際は、事前に安全対策講習を設けることが必須である。現地での行動次第でリスクを最小限に抑えることは可能だ。

 

2.天災(台風、地震、噴火など)と道路交通事情

 

フィリピンは台風、地震、噴火など、あらゆる種類の自然災害による被害が毎年発生している。BCP(事業継続計画)の立案と地理的なリスク分散が有効な対策となる。天災の中でも特に台風への備えが不可欠であり、洪水や強風による直接的な被害だけでなく、停電にも備えていただきたい。PCなどにはUPS(無停電電源装置)を備えておくことが望ましい。

 

また、交通事情も無視できない。フィリピンの首都マニラ近郊は特に交通渋滞が多い。これは、物資の移動が必要なときに大きな障害となる。月末や週末、大型連休前は特にひどくなるが、渋滞については有効な手立てがなく、このリスクが許容できるかどうかを事前に判断する必要がある。

 

3.人材確保

 

マニラ近郊では人材確保が困難になってきている。最低賃金では人材確保は難しいことを受け入れ、将来の賃上げも見据えた人件費で進出するかどうかを判断しなければならない。

 

これまで、フィリピンに進出する際のメリットとデメリットを挙げたが、将来性を考えるとメリットが勝っている。

 

 

駐在経験から見るフィリピン労働者の特徴と進出企業の傾向

 

次に、フィリピンの労働者の特徴を見ていく。

 

筆者は、前職でフィリピンの生産工場(従業員数約800名)で品質管理責任者を務めた。その経験から、フィリピンの労働者を一言で表すと「献身的」であると言える。

 

一般労働者階層の間では、インフレが進む中で少しでも収入を増やしたいという要望と合致し、緊急対応による残業や休日出勤も快諾する傾向があった。作業者としての教育水準も申し分なく、読み書きが困難な人材に頼らずとも十分に人材を確保できる。道路交通の影響で日常的に遅刻は発生するものの、生産体制に影響を与えるレベルではなかった。

 

管理職階層では専門的な知見を持つ人材が多く、業務改善に貢献する提言も多かった。例えば、BPR(Business Process Re-engineering:業務改革)を進める際は、エンジニアとしての専門的な知見を持つ現地の生産課長から製造現場の動線の改善提案があり、生産性の改善につながった事例もある。

 

フィリピンは日本以上に学歴社会の傾向が強く、管理職階層に就くためには大学卒業以上の経歴が要求される。管理職階層の人材獲得に関しては、他企業と競合することが多い。優良人材獲得のためには平均給与の2倍以上を提示することも珍しくない。

 

また、階層にかかわらず労働者の流動性は高く、他に良い条件があれば容易に転職する傾向があるため、有望な人材に対しては相応の待遇とすべきことに留意していただきたい。

 

フィリピン国内には200カ所以上の経済特区があり、この経済特区内の企業は法人税が最大8年間免除されるなどのメリットがある。その結果、フィリピンへ進出する日系企業は製造業が多くなっている。

 

また、フィリピンへの進出が進むもう1つの要因として、人件費の安さも挙げられる。フィリピン統計機構によると、フィリピンの平均世帯所得は2021年で年間30万7190ペソ、日本円にすると約78万円である(2022年10月26日現在のレート1ペソ=2.53円で計算)。

 

そのため、労働集約型の事業を営む企業にとっては恩恵が大きい。ただし、最低賃金が上昇傾向であることと、フェアトレードなどのSDGsへの関心が高まる中で、低賃金で現地人材から労働を搾取するような戦略は採るべきではない。

 

日本企業のフィリピン進出は、販路拡大や市場開拓、生産コストの削減など多数のメリットが見込める。計画から実行に移すまでに時間はかかるものの、他社との差別化を図ることも可能だ。まずは自社のビジネスモデルと照らし合わせ、リスクについても十分に検討し、判断していただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

Profile
原田 裕Yu Harada
タナベコンサルティング ストラテジー&ドメイン東京本部。大手CVSチェーン本部で直営店舗の運営およびFC加盟店への経営指導、またアパレルメーカーの海外製造工場で品質責任者として工程改善や5S改善、ISO9001の更新監査対応などを指揮した後、タナベコンサルティングに入社。経営者に寄り添うコンサルティングを信条とし、全社最適の視点に立った支援を強みとしている。中小企業診断士、MBA(経営学修士)取得。
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