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【特集】

DXビジョンを策定・推進しよう

企業が価値を提供し続けるため必須となったDX。デジタル領域で価値発揮するビジネスモデルの再構築だけでなく、外部環境変化に対応できるシステムや組織への全社変革が求められる。「自社が何を目指すのか」というビジョンからDX戦略を策定し、実現に向けた改革テーマへ落とし込むメソッドを提言する。
メソッド2022.11.01

DX時代におけるHR戦略・人材の在り方:古田 勝久

デジタル技術で人材の活用方法を変える

 

HRとはHuman Resourceの頭文字を取ったもので、「人事」と訳されることが多いが、直訳すると「人的資源」である。

 

人事というと、労務管理や給与計算などのルーチン業務をイメージする経営者も多いのではないだろうか。そもそも、経営資源とは「何らかの経営目的を達成するための競争優位性、差別化要素の資源」である。同様に人的資源も、「いかに経営目的の達成に寄与する人材を活用した施策を打つか」という「戦略人事」が本来の意味合いだ。

 

これを踏まえると、HR領域におけるDXとは、「社員に関する情報をデータ化し、一元管理することで戦略的な人材配置や育成、採用などを実現すること」である。単なる業務のデジタル化にとどまらず、人材の活用方法そのものを変革(トランスフォーメーション)するという考え方が正しい。

 

 

HRDXの土台は「ピープルアナリティクス」にある

 

「ピープルアナリティクス」とは、従業員の属性データ(年齢や性別など)や行動データを収集・分析し、採用活動や従業員満足度の向上など、人事領域におけるさまざまな施策の実行や意思決定に生かす手法である。

 

マーケティングの現場においてはすでに取り組みが加速しているが、HR領域においてもデータを活用し、人事担当者の経験や勘だけに依存しない戦略的な意思決定で、社員一人一人の適性に基づいた精度の高い人材配置・育成・採用を実現しようという流れが加速している。

 

HRDXを実現するための土台として、ピープルアナリティクスを含める人事部門内に人材情報のデータを蓄積していくためのサービス・ツールである「HRテック」の導入・活用が不可欠だ。

 

だが、HRテックを導入したものの、活用が進まない企業は少なくない。「競争力を高めるために人的資源をどのように活用していくか」を定める「人材マネジメント方針」が不明確なまま、HRテックを導入していることに原因があると私は考えている。

 

人材マネジメント方針とは、自社の経営戦略の目標を達成するために、今後必要になる人材の質や量を定義し、採用・育成計画などを短期・中長期で策定していくことである。

 

人材採用や育成、配置などについて意思決定する際には、生産性や労働時間、要員数、求められるスキルを持った人材の数などの「定量的な根拠」が必要だ。

 

そこで、HRテックによるデータ活用が有効となる。定量的な根拠を基に人材マネジメント方針を立案することで、タイムリーなモニタリングと計画の見直しを行うことができるのだ。

 

この定量的な根拠こそ、人事KPI(重要業績評価指標)である。各社のビジネスモデルや組織の状況に応じて適切に人事KPIを設定することで、人材マネジメントのプロセス管理をスムーズに実現できる。

 

 

組織パフォーマンス最大化の鍵はエンゲージメント

 

人事部門のミッションの1つに、「有限である人的資源を活用して組織パフォーマンスを最大化すること」が挙げられる。そこで重要になるのが、「従業員エンゲージメント」である。

 

従業員エンゲージメントが高い状態とは、従業員が会社・組織の方針や戦略に共感し、誇りを持って自発的に仕事に取り組んでいる状態を指す。単純に企業に対する満足度が高い従業員とは異なり、会社・組織のために自ら積極的に行動を起こす人々である。

 

エンゲージメントの向上は、離職率の低下や貢献意欲・生産性向上につながり、結果として商品・サービスの向上(CX:顧客体験価値の改善)を実現する。また、顧客の定着・収益性の向上が人的資源への投資額の増加につながり、社員の感情や行動に好影響を与える経験(EX:社員体験価値)を増やす。(【図表】)

 

 

【図表】EXと企業収益の関係

EXと企業収益の関係

出所:タナベコンサルティング作成

 

 

このエンゲージメントを定量的にデータで把握し、マネジメントしていくこともHRDXの目的の1つである。

 

従来の従業員意識調査は、社内課題の網羅を目的に、年に1回程度の頻度で大量の紙を従業員に配布し、人事部門が回収・集計することが一般的であった。しかし、準備と回収後の集計に非常に時間がかかることもあり、タイムリーに従業員の満足度やエンゲージメントを把握することができなかった。

 

しかし、HRDXが進むと、よりリアルタイムに近い形での調査が可能になる。HRテックを用いることでデータの取得が容易になり、即座に対策が打てることもDXならではのメリットだ。このエンゲージメントサーベイ(社内調査)のスコアを人事KPIに設定することで、EX・CXの向上をマネジメントすることが可能になる。

 

また、eラーニングやLMS(学習管理システム)を使った研修サービスは、コロナ禍によるテレワークの普及もあり、増加傾向にある。LMSは、個人に最適な学習機会を提供し、受講状況・閲覧履歴などをデータで一元管理することができる。学習者も、指定・推薦されたコースをクリックするだけで受講可能だ。もちろん、スマートフォンやタブレットからも受講可能で、時間・場所の制限はない。

 

従業員の学習時間とエンゲージメントには相関関係があり、学習意欲が高い人材ほど業務で高い成果を上げている。そのため、より良い学習体験を従業員に届けることが、企業成長に不可欠である。

 

ここまでHRDXに関して述べてきたが、近年ではタレントマネジメントへの関心の高まりや、EXを重視する流れから、「企業にとって人は重要な財産である」という認識が一層強まっている。資源は利用すれば消耗する有限なものであるのに対し、資本は運用の仕方次第でその価値を増大させることができる。

 

つまり、いかにして“資源”である人材を、企業の価値創造につながる“資産”へ変換できるか(無形資産化)が重要である。価値創造を実現できる人材や、組織で可視化されていないノウハウ・文化をデータに基づいて価値評価し、資産として変換できるよう、HRDXへの投資を積極的に行うことが肝要だ。

 

HRDXによって、HR領域に関連するデータを効率的に集め、数値に基づいた意思決定を行うことができる「人的資本経営」を実現していただきたい。

 

 

 

 

古田 勝久
Profile
古田 勝久Katsuhisa Furuta
タナベコンサルティング HRコンサルティング本部 本部長代理。自動車部品メーカー、食品メーカーの人事部門で採用・人材育成・人事労務業務を経て、タナベコンサルティング入社。現場で培ったノウハウを基に、戦略的な人事・組織の実現に向けて経営的視点からアプローチし、九州の上場企業・中堅企業の成長を数多く支援している。
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