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【特集】

CX×ブランディング

企業が競争優位性を高める上で欠かせない要素となったCX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験価値)。CX向上には、ユーザーのブランド体験を実現し、エンゲージメントを高める戦略の設計が必要となる。CXという視点を、商品やプロモーションといった「部分」に取り入れるのではなく、全体戦略の根幹に組み込み、CX向上を自社のブランディングにつなげるメソッドを紹介する。
メソッド2022.09.01

CXを生み出すブランド価値ストーリー:林崎 文彦

アルスホームの展示場

 

 

ストーリーの共有で顧客のマインドシェアを高める

 

タナベ経営では、CX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験価値)を「顧客の商品・サービスの認知から購入後までの体験価値の創造を全社最適で取り組むこと」と定義している。

 

これは、顧客が自社との関わりを持ったときに体感する「事実」を、機能・信頼価値、センス・格好良さ、優越感などといった「値打ち」へと変化させるためのブランド価値ストーリーの設計である。ストーリーによって顧客のマインドシェア(心の占有率)を高め、単なる共感から共歓(ともに歓び楽しむこと)へと昇華する。

 

そして、顧客から「ありがとう」と感謝の言葉をもらい、商品・サービスのリピート購入や友人への紹介につながり、結果として「LTV(ライフ・タイム・バリュー:顧客生涯価値)」が高まるのだ。

 

では、ブランド価値ストーリー設計の成否を分ける「顧客の選択肢」はどこにあるのだろうか。

 

デジタル時代の到来により、情報の伝達は速く、幅広くなった。しかし、「多くの情報を処理しきれない」とマイナスに捉える消費者も少なくない。これは、情報の需要と供給のバランスが崩れていることを意味する。

 

このような情報過多の世界で、自社が伝えたいことを顧客に正しく伝えるための活動が「CH(カスタマー・ヒューリスティック)」である。顧客に、感覚的に「欲しい」と思わせるための訴求活動を意味する。CHを進めていく上でポイントとなるのは、次の3つだ。

 

❶ブランドコンセプトを設計する

 

まずは、顧客とともに創り出すブランド価値ストーリーの原点・方向性である「ブランドコンセプト」を定めておきたい。ブランドコンセプトには、必ず自社の強みが連動していなければならない。自社の強みを見つけるには、徹底した顧客視点での思考が必要となる。これは、「自社の強みは何か」を決断することであり、自社の「真の理解者」との約束である。

 

❷設計したブランドコンセプトを伝えるストーリーに一貫性を持たせる

 

発信したブランドコンセプトを正しく表現することが重要である。ストーリーの一貫性は、シンプルであるが故に大きな価値を生み出す。ブランドの空気感を体感できる場所づくりや、その価値を感じてもらう仕組みづくりが重要だ。

 

❸インナーブランディングを実施する

 

最後に、ブランド価値を創り出す社員への啓蒙活動である。真の意味での自社ブランド確立の鍵は、インナーブランディングにかかっている。

 

 

ストーリーの一貫性から生まれる美しい家づくり

 

富山県で木造注文住宅の設計・施工・工事管理などを手掛けるアルスホームのCHに関連する事例を紹介しよう。

 

同社は、自社の目指す姿を「美しい住まい研究所」とし、「住まいとは何か、美しい住まいとはどうあるべきかを共に考え、議論し、探求していく企業建築家集団」であると考え、企業活動に取り組んでいる。さらに、決めたコンセプトを正しく表現し続けており、企業としての一貫性を保っている。

 

自社のコンセプトを発信する企業は多いものの、コンサルティングの現場を見ると、コンセプトに反する実態の企業が少なくない。例えば、木材住宅の建築を勧める企業の社屋が鉄骨でつくられていたり、見栄えの良い明るい展示場で顧客と接点をつくったにもかかわらず、暗く閉ざされた環境で商談を進めたりするといったことである。

 

同社は、企業コンセプトと社屋との一貫性を大事にしている。「美しい住まい研究所」を目指す同社にとって、自社の社屋が美しくなければ話にならない。その美しさとは、外観的な部分だけでなく、屋外の景色を社屋デザインの一部に取り入れたり、そこで働く社員の空気感が来訪者に直接伝わるといった「感性価値」まで含んでいる。

 

同社の本社は、人が住みやすいようにインフラや住宅街、商業施設を計画的に建設することが決まっている「市街化区域」ではなく、無秩序な市街化を防ぐために定められている「市街化調整区域」に位置する。

 

広く整った庭の先には立山連峰(飛騨山脈の北部に位置する中部山岳国立公園の群峰・連峰群)が広がり、顧客が自分の理想の家をイメージしやすい環境になっている。

 

社員専用通用口はなく、社員も顧客も同じ入り口から出入りする。社内の空間は開放的で、顧客と社員とのコミュニケーションが生まれやすい。また、打ち合わせに使う会議室も共用スペースに配置されており、実際に家づくりの打ち合わせを行う顧客・社員の表情や声が自然と入ってくる。顧客が同社でどのような打ち合わせを行うのかがイメージでき、ワクワクし、「期待価値」が高まる。

 

このように、アルスホームは、関わる全員が創り出すCHで唯一無二の体験価値を生み出し、顧客から選ばれる存在となっている。そのシンプルな美しさは決して陳腐化しない。他社が同じ家をつくれたとしても、CHから生まれる体験価値を真似することは難しいだろう。

 

 

ブランディング活動に一貫性を持つことが重要

 

実際に家を建てた顧客にアルスホームを選んだ理由を聞くと、建物や営業担当者の評価に加え、「社屋や働く社員が良かった」と答える顧客も多いという。

 

体験価値の影響は、住宅業界では難しいと言われる営業・クリエーティブ部門のチーム統合化にも大きく寄与し、「美しい家づくり」を実現している。

 

また、顧客に提供する体験価値は、採用活動においても大きなシナジー(相乗効果)を発揮する。同社を訪れる就職希望者は、顧客と同じ体験価値を感じるという。顧客のCXが、共感者を生み出しているのだ。

 

CHに関わる活動が、自社の経営理念の実現に欠かせない要因となることは間違いない。単なるコーポレートアイデンティティーの刷新やマーケティング活動を始めるのではなく、ブランド価値ストーリーの一貫性から生まれる自社のブランディング活動を経営マターとし、経営陣が覚悟を決めて、会社という1つの作品を創り上げていただきたい。

 

 

Profile
林崎 文彦Fumihiko Hayashizaki
タナベ経営 北陸支社 副支社長。大手印刷会社でマーケティング・顧客開発担当を経て、タナベ経営に入社。2021年より現職。クライアント企業のトップとともに業績に向き合い、常に新しい方法を模索して、地域の特色を生かした成功事例を次々に生み出している。中堅企業をメインに、中期ビジョン・中期経営計画の策定、BtoBブランド戦略立案、人材開発体系構築、動画を活用した技術伝承、ジュニアボード運営支援など、幅広い分野で多くの実績を残している。また、幹部や若手社員育成も得意としており、クライアントから高い評価を得ている。
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