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【特集】

CX×ブランディング

企業が競争優位性を高める上で欠かせない要素となったCX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験価値)。CX向上には、ユーザーのブランド体験を実現し、エンゲージメントを高める戦略の設計が必要となる。CXという視点を、商品やプロモーションといった「部分」に取り入れるのではなく、全体戦略の根幹に組み込み、CX向上を自社のブランディングにつなげるメソッドを紹介する。
メソッド2022.09.01

VUCA時代のコーポレートブランディング:寺井 秀一

 

「人的資本経営」で企業価値を高める

 

2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードには、人的資本の情報開示に関する記載が盛り込まれた。企業には、人材を「管理」の対象ではなく、価値が増減する「資本」として捉える「人的資本経営」の実践が求められている。これは、人材の潜在力を見いだし、育成することによって、自社の持続的成長を実現していく経営である。

 

一方、企業の持続的成長には「コーポレートブランディング」が欠かせない。コーポレートブランディングとは、「自社のパーパス(貢献価値)と、その実現に向けた一貫した姿勢」を明確に示し、ステークホルダーから選ばれるための取り組みである。つまり今後、より良い未来を志向する企業にとっては、いかに人的資本経営の実践をストーリー化し、社内外に発信できるかが重要となる。

 

このブランディングに必要なステップは次の4つである。

 

ステップ1:未来ビジョンの設計

 

自社の理念やパーパスに立ち戻り、持続的な企業価値の向上に向け、10年後のあるべき姿(ビジョン)を「未来ビジョン」として描く。未来ビジョンには、変化する社会や顧客に対して唯一無二の価値を提供するビジネスモデルと、そのモデルの集合体である事業ポートフォリオが含まれていなければならない。

 

ステップ2:変化を見据えた組織・人材戦略の構築

 

自社の事業戦略の変化を見据えた組織デザインの見直しや、その組織を動かすための経営システムと人材ポートフォリオの設計(最適化)が必要である。

 

ステップ3:ビジョンロードマップと中期経営計画の作成

 

ビジョンを実現するための具体的なロードマップと中期経営計画を作成する。企業にとって確固たる決意であるビジョンに対して、中期経営計画という柔軟性のある計画が必要である。時間軸は、パーパス・ミッションが半永久的、ビジョンが10~20年、中期経営計画が3~5年となる。

 

ステップ4:インナー・アウターブランディングの推進

 

変革プロセスをストーリー化し、ブランドブックにまとめる。ブランドブックを活用し、社員の理解を深めて浸透を図り、実現に向けた行動変容を促すインナーブランディングと、社外のステークホルダーへ発信するアウターブランディングを並行して行うことが重要である。

 

 

ステークホルダーに正しく伝える

 

「第4次産業革命」による産業構造の急激な変化、脱炭素化や少子高齢化、個人のキャリア観の変化など、企業を取り巻く環境は大きな変化を迎えている。

 

変化が激しいVUCA時代において企業が持続的に成長するためには、これまでの成功体験にとらわれることなく、変化に柔軟に対応する強靱性(レジリエンス)が求められる。だが、事業戦略と組織・人材戦略の連動が大きな課題となっている。

 

次のような課題を解決するための取り組みをステークホルダーに分かりやすく伝えることが、これからのコーポレートブランディングに求められているのだ。

 

❶デジタル化の進展で求められるスキルが急速に変化する中、AIを活用してイノベーションを起こす人材をどのように評価、育成していくか

 

❷SDGs・ESG経営の推進に必要な高度な専門性はもちろんのこと、多様な視点を持ち、新たな発想を生み出す人材の採用や育成をどのように行っていくか

 

❸生産年齢人口が減少し、慢性的な人手不足が予測される中、直接部門・間接部門という旧来の概念から脱却し、間接部門のミドルオフィス化をどのように推進するか

 

❹コロナショックによるリモートワークの浸透で対面でのコミュニケーションが減少する中、いかに社員に自社の価値観や戦略を共有し、日々の生産性を上げていくか

 

 

人材育成が企業の持続的成長を実現する

 

前述の課題解決に向け、まずは自社のパーパスや目指すべきビジョン、事業戦略の実現に必要な人材タイプを定義し、「理想的な人材ポートフォリオ」を設計する。設計する際、現状の社員がどのタイプに属するかを分析・可視化し、余剰または不足している人材タイプを見極めなければならない。その上で、目指すべき将来と現在のスキルギャップを埋める手段を検討する。

 

次に、「メンバーシップ型雇用」などのこれまでの物の見方や捉え方から脱却し、多様なキャリアコースの設定やジョブローテーション(戦略的人事異動)、リテンション(人材確保)、リスキル(学び直し)の在り方を再設計する。

 

米国の調査会社であるギャラップ社の調査結果(【図表】)によると、日本では従業員エンゲージメントの高い社員の割合は5%と、世界的に最低水準である。

 

 

【図表】従業員エンゲージメントの国際比較(世界全体)

出所:ギャラップ社「State of the Global Workplace 2022」(2022年6月)よりタナベ経営作成

 

 

企業が社員一人一人と丁寧に向き合い、多様性を認め、従業員エンゲージメントを高めることで、パーパスやビジョンの実現に向けて主体的・意欲的に取り組む組織の構築や、人材育成が実現できる。その際、人事KPI(人材・人事に関するマネジメント指標)を設定し、事業戦略と連動した組織・人材戦略が機能しているかどうかを定量的に把握する仕組みづくりも忘れてはならない。

 

企業には、持続的な価値創造が求められるが、その決定因子は有形資産から無形資産に移行している。そして、無形資産の中核はまぎれもなく「人材」である。つまり、自社の人材価値を高めることが無形資産の価値向上につながり、企業の持続的成長を実現する。

 

加速するVUCA時代において、ぜひこれらのポイントを取り入れ、コーポレートブランディングを推進していただきたい。

 

 

※Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字。不確実性が高く、将来予測が困難な状況を示す造語

 

 

 

 

 

Profile
寺井 秀一Shuichi Terai
タナベ経営 ドメインコンサルティング部 本部長代理。小売専門チェーンにて店舗運営マネジメント、全社の管理業務などの幅広い経験を経てタナベ経営に入社。企業の持続的成長に向けた事業・営業戦略の策定、組織・経営システムの構築を中心にコンサルティングを展開している。特に、クライアントのミッション策定から非価格競争を実現するブランド戦略の構築・展開を得意とする。多様化する価値観に対応し、戦略を強力に推進する組織デザインと、社員の貢献価値を最大化させる取り組みでクライアントから高い信頼を得ている。
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