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【特集】

CX×ブランディング

企業が競争優位性を高める上で欠かせない要素となったCX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験価値)。CX向上には、ユーザーのブランド体験を実現し、エンゲージメントを高める戦略の設計が必要となる。CXという視点を、商品やプロモーションといった「部分」に取り入れるのではなく、全体戦略の根幹に組み込み、CX向上を自社のブランディングにつなげるメソッドを紹介する。
メソッド2022.09.01

デザインの力でフィールドワーカーの心をつかむ:足立 功治

UPWARDのブランディングビジュアル。メッセージは極力シンプルにした。キービジュアルには仕事と日常、オンとオフの境目がない時代を反映。ビジネスパーソンらしからぬ、ひげを生やしたデニム姿の男性をあえて採用している(左)/各種イベントのブースやコーポレートツールなど、全てにUPWARDの世界観を反映している(右)

 

 

経営のデザインファーストを実践

 

CX(顧客体験価値)を創出する上では、デザインを重視したブランディングが重要になる。しかし、国内企業、特にBtoB企業が、デザイン要素を重視したブランディングに取り組むケースはまれである。一方、資金やリソースの少ないスタートアップ企業においては重要視され、CEO自ら率先して取り組んでいることが多い。

 

リブランディングによってCX改善に取り組んだ事例として、UPWARD(東京都中央区)のプロジェクトを紹介したい。

 

UPWARDは、フィールドセールスのDXを実現するセールスエンゲージメントを手掛けるスタートアップである。もともと位置情報技術を活用した受託開発が主事業だった同社は、社名変更(前身はオークニー)とCEO交代を機に、ビジョン・ミッション・バリューを刷新。それと同時に、新たなビジネスモデルへの完全転換を推し進めることとなった。

 

ビジネスモデルをサービス提供型(SaaS)へ完全転換するに当たり、初めに取り組んだのが、サービスの世界観を表すコピーとキービジュアルの開発だった。同社代表取締役社長CEOの金木竜介氏とプロジェクトチームは、新たな顧客像を描き、これから目指すべき方向性を何度もディスカッションすることで、自社のブランドの骨格を削り出していった。

 

 

選択と集中から見えてきたサービスの強み

 

UPWARDが目指すカルチャーを軸に、サービスのデザインは極力シンプルに――。

 

あれもこれもと伝えたいことが増えてしまう中、ターゲットとなるフィールドセールスから決裁権を持つ経営層までの全階層へ、サービスの世界観と、これまでにない価値をどう伝えるかに集中し、シンプルさを追求した。

 

ワークショップでは金木氏、プロジェクトメンバー、ジェイスリーのプランナーやデザイナーがアイデアやキーワードを出し合い、ディスカッションを重ねながら、最終的には金木氏の決断で数案に絞り込んだ。

 

特にフィールドセールスは、インサイドセールスに比べて肉体労働のイメージが強いため、いかにスマートであこがれを感じるイメージにできるかを重視。モバイル端末を使うことに慣れている若い世代に受け入れられるサービス、また、営業管理ツールを使ってより効率的に顧客接点を持ち、さらに自分らしく、新たなワークスタイルを築くためのサービスというUPWARD独自の世界観を表現した。

 

UPWARDとのワークショップを基に、ジェイスリーの複数のクリエーターがさらにアイデアをブラッシュアップし、いくつかの方向性を導き出した。「ブランドアイデンティティーは?」「ブランドストーリーは?」「ターゲットのペルソナは?」など、これまでと全く異なるアプローチとCXを組み立てながら、新たなロゴタイプ、ロゴマークを練り上げた。

 

また、同時にプロトタイピングを行うことで、社内での認知方法や営業時の活用イメージを膨らませていくことができた。

 

いくつかの方向性の中から、最終的には満場一致で、現在のロゴタイプとシンボルマークが採用され、UPWARDは同業種やスタートアップ企業の中でも際立った存在感を示している。

 

 

エンゲージメントがCXのスピードと意識を変える

 

リブランディングにより、社外からの見え方が変わったことはもちろんだが、一番大きかったのは社内の変化だという。特にビジョン・ミッション・バリューの浸透が、営業への意識や会社へのエンゲージメントの向上に大きく寄与した。

 

社員のエンゲージメントに影響をもたらしている要素として、ブランドの強化は重要である。とりわけ、インナーブランディングが社員のやる気を引き出し、活動意識を高める手法として注目されている。欧米企業においては、すでに社員のエンゲージメントやエンパワーへの注目度が高いが、日本でもそうした要素の重要性は今後さらに増すだろう。

 

UPWARDでは、金木氏をはじめボードメンバーや広報チームが、ブランドの浸透をさまざまな形で実践している。一例を挙げると、各種イベントのブースやコーポレートツールなど全てにおいて、UPWARDの世界観を反映している。

 

「ビジュアルやコピー、さまざまな販促物は、社内外でとても好評です。今回のリブランディングが、採用はもとより、会社の思いをスタッフに伝えることにも役立っています」と金木氏は語る。

 

 

デザインがCXの可能性を無限に広げる

 

リブランディング定着後に着手したのが、新たなCX戦略となる3つのサービスである。

 

UPWARDは社名とサービスを同一ブランドで展開していたが、今後はサービスを「MAP」「AGENT」「INSIGHT」という名称で展開すると決定した。また、市場に展開する各サービスのカバー領域とCXを可視化し、社内向けにビジュアルボードやカスタマージャーニーマップをまとめ上げ、それらを基にサービス資料やウェブサイトなどのセールスツールを展開。さらに、投資家向けのコンセプトムービーを新たに作成し、資金調達にも成功した。

 

UPWARDの事例からも分かるように、企業やサービスのコンセプトをCI/VI(コーポレート・アイデンティティー/ビジュアル・アイデンティティー)でより明確に示し、顧客との接点を最大化するためにUI/UX(ユーザーインターフェイス/ユーザーエクスペリエンス)をはじめカスタマーサクセスまでをデザインできるかが、CXを高めるためには必須となる。

 

まずは自社の価値を再設計し、新たな価値創出に向けて第一歩を踏み出していただきたい。

 

 

UPWARDのロゴタイプ。丸みのあるシンプルな書体で、個性のニュアンスを表現

 

 

Profile
足立 功治Koji Adachi
ジェイスリー 代表取締役社長。インフォメーションデザインを主軸にキャリアをスタートし、インターネット創成期において大手企業サイトの構築やプロモーション企画のプロデュースを数多く手掛ける。現在はBtoB企業やスタートアップ、自治体の課題解決のため、ブランディングとDXの知見を生かしてコンサルティングを行っている。
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