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コラム
海外リポート
タナベコンサルティンググループ主催の海外企業視察リポートです。
コラム 2024.12.05

世界の顧客を“ブランドの伝道師”にするスイス企業のブランディング スイス視察2024:ナンバーワンブランド研究会

WIPO(世界知的所有権機関)が発表する世界各国のイノベーションの動向をランク付けした指標「2024年版グローバル・イノベーション・インデックス (GII)」において、第1位のスイス。ビジネスの面では、世界をリードする会社が多数存在する国としても有名だ。
BX(ブランド体験価値)を重視し、言葉だけでは表せない先進企業のインビジブル・キャピタル(非財務資本)を体感するナンバーワンブランド研究会は、2024年10月27日~11月2日、スイスのチューリッヒ・ベルリンを訪問し、5社を視察した。
外国から原材料を仕入れ、自国で付加価値を加えて輸出する日本と同じ加工貿易国であるスイスの優良企業の取り組みを紹介する。

 

 

Lindt(リンツ):体験が生み出す「笑顔の伝播」

 

チョコレートを中心とした菓子の製造・販売、店舗運営を手掛けるリンツ社の本社に到着し、バスを降りると辺り一面にチョコレートの香りが漂う。リンツ社が運営するチョコレート博物館に入ると、まず待ち構えているのが高さ9.3mのチョコレートモニュメントだ。ビルの3階分に相当する高さからチョコレートが流れ落ち、その迫力に圧倒される。来場者の期待値を超える入り口のシンボル作りから、同社のブランディングは始まっているのだ。

 

入り口のシンボルを通り過ぎ、らせん階段を上るとカカオの木が茂る通路がある。ここでは、カカオの栽培の難しさや種類を学ぶことができる。加工工程では、チョコレートの製造に必要な装置を操作できるなど、子供から大人まで楽しみながらチョコレートづくり、チョコレートの歴史を学ぶことができる。同社だけではなく、チョコレートを好きにさせるストーリーが設計されている。

 

次のゲートを通過すると、個々にスプーンを手に取り、3つのチョコレートを好きなだけ試食できるコーナーがある。食べ比べることで、「自分の好みを考える」体験価値を生み出している。また、この好みが「リンツのこの味が好き」というこだわりとつながることで、さらなるファンをつくっている。

 

さらに進むと、最後に出てくるのはボール型チョコレートの取り放題コーナーである。直前に味を体験しているため、「自分はこの味が好き」とつい言葉にしながら、手に取る。この時点で、来場者はリンツ社のファンとなり、チョコレートの知識やリンツ社の味について、友達や仲間に伝えたいという願望が生まれてくる。この一連の体験価値の創出が、ブランドの伝道師を生み出している。

リンツ社では、チョコレート博物館での体験を通してブランドの伝道師を生み出している

 

 

Victorinox(ヴィクトリノックス):専門価値の明確化×スイスメードで唯一無二のブランドへ

 

マルチツールやナイフ、ウォッチ、トラベルバッグなど、さまざまな商品を展開するヴィクトリノックス社の専門性は、刃物としての堅牢性と切れ味を実現する「材料開発と加工技術(自社開発機械)」と断言している。ドイツ・フランスなど、競合近隣国などへの専門技術・ノウハウ流出を阻止するために、スイス国内工場での生産にこだわること(スイスメード)が、ヴィクトリノックス社の専門性維持の鍵である。

 

スイスでは、製造工程の70%以上を国内工場で作ることをスイスメード基準として設定しており、同社もその基準を満たしている。世界一物価の高いと言われるスイスで国内生産を続けていることからも、安さを追求していないことは明らかであり、日本企業が学ぶべき点は多い。

 

今回、視察した同社のロジスティクスセンターは、2020年に運用を開始。地下1、2階は倉庫、3階はオフィスと自動倉庫管理室となっている。社員に同社で働くことに誇りを持ってもらうために、センター内の至る所で自社ロゴを確認できた。そのこだわりは強く、通常社員が目にすることが少ない自動倉庫用の搬送ロボットにもロゴを入れる徹底ぶりである。

 

スイスには兵役があり、入隊時には同社のナイフ(将校以上はワインオープナー付き)が支給される。入隊者は同社の製品を手に取り兵役を過ごすことで、そのブランドを身近に感じることができる。国と企業が連携した取り組みが、アウターブランディングとなってブランド価値向上につながっている。

 

センター内を案内いただいたロジスティクスセンター責任者のフランクリン・エドガー氏に、「同じ分野で日本の知っているブランドはあるか?」と尋ねると、「それは大変難しい質問だ」と回答があった。さらに、「日本には非常に良い刃物を作る技術があることは知っているが、ブランド名が出てこない」と続ける。ジャパンブランドを世界に正しく認知させるブランディングが重要である。

 


ヴィクトリノックスのロジスティクスセンター内では、社員に同社で働くことに誇りを持ってもらうために至る所で自社ロゴを確認できた

Swatch(スウォッチ):スイス時計産業復活のシンボル

 

スイスの時計会社であるスウォッチ社を含め、スイスの機械時計産業を危機に追い込んだのは、時計の企画・開発・製造を行う日本企業のセイコーウォッチが1979年に量産開発した「クォーツ技術」である。

 

これまで2大派閥に別れていたスイスの時計産業は一致団結し、技術を結集させ日本に対抗すべく「世界最薄時計」をシンボルモデルとして開発。この世界最薄時計の記録は現在も破られていない。これをきっかけに、同社も「縛られた過去の伝統」から脱却していく。

 

同社はこのコンセプトを実現するために、機械時計専門の職人が知恵を絞り、これまでスイス時計に使用されていなかった樹脂素材を使った時計作りに着手した。樹脂成形技術のノウハウがなかったため、デンマークのブロック玩具ブランドであるLEGO(レゴ)社協力の基、スウォッチ第1号モデルを開発した。ポイントは、日本の安いクォーツ時計に対抗することがコンセプトではなく、あくまで商品コンセプトの手段として開発されている点である。

 

同社の本社には、世界で唯一、時計を買うことができるドライブスルーがある。「ドライブスルーで誰が買うのか?」という疑問を持つ人は多いが、その発想を想起させることがドライブスルーのコンセプトと言える。「時計のドライブスルー」という誰も思い浮かばないクリエイティブな姿勢そのものが、同社のイメージ戦略となっている。

 

1980年代の時計産業は、日本の格安クォーツ時計が世界を席巻。しかし、現在の時計産業を見るとスイスブランドが巻き返している。世界で戦えるブランドをつくるには、明確なコンセプトと世界観を打ち出し、専門性を基軸としたストーリーを展開することが重要である。

 


スウォッチ社の本社には、イメージ戦略として世界で唯一、時計を買うことができるドライブスルーがある

OMEGA(オメガ):手が届くラグジュアリーとロマン

 

スイスの高級腕時計メーカーであるオメガ社の代表的な製品として、1969年に人類として初めて月面に降り立ったアポロ11号の宇宙飛行士であるニール・アームストロング氏が腕に着用した「スピードマスター プロフェッショナル」、2019年前半に冒険家のヴィクター・ヴェスコヴォ氏が太平洋・マリアナ海溝の最深部に到達した時の潜水艇に装着された「シーマスター プラネットオーシャン ウルトラディープ」などが挙げられる。

 

日本では高級時計というイメージが強いが、スイスでは「手が届くラグジュアリー」というポジションである。同社のブランディングの基軸は、シンボルとなる商品とストーリーの明確化である。

 

同社は、スイス公認クロノメーター検定協会(C.O.S.C.)が定める精度規格を満たした時計「クロノメーター」よりさらに厳しい環境性能基準が求められる「マスター クロノメーター」を開発している。これは、医療現場で高磁場を発するMRI内でも止まらない性能基準である。この技術により、同社の製品はオリンピック競技大会の計測器として採用されている。また、この信頼性をアウターブランディングでも活用している。

 

同社の時計職人になるためには、時計専門学校を卒業後、3、4年修行する必要がある。時計の組立工程は1人で全てを組み立てる「セル生産方式」。機種の違いや職人の技量差によるが、1個の時計が完成するまでに約2時間かかる。技術力と集中力が必要な誇りある仕事である。視察した工場の入り口には、在籍25年以上の職人を金色の銘板で讃えるコーナーがあるなど、職人のエンゲージメントを高める工夫を随所で見ることができた。

 


オメガ社の代表的な製品として、宇宙飛行士であるニール・アームストロング氏が腕に着用した「スピードマスター プロフェッショナル」などがある

EHL Hospitality Business School(EHLホスピタリティービジネススクール):世界が求めるホスピタリティーの「ファーストコールカンパニー」

 

1893年に世界初のホスピタリティーマネジメントスクールとして設立されたEHLホスピタリティービジネススクール(以降、EHL)は、学校法人が経営しているレストランで世界唯一、ミシュランの1つ星を獲得しているなど、ホスピタリティー産業において一流の環境を維持している。1年生からレストランの厨房やワインのティスティング、サーブ技術など、徹底した実践経験や理論構築を通して一流の人材を育成している。唯一無二の学生を育てる「実践と理論」を体現できる環境を構築しているのだ。

 

ホスピタリティーを直訳すると、「サービス精神」。EHLは、ホスピタリティーを「洗練されたグローバルビジネスで通用する、サービス提供のシステム化」と定義している。グローバルスタンダードのホスピタリティールールを定義し、徹底的に実践させることで、人間性の確立と信頼の獲得を目指している。

 

日本の「おもてなし」という相手を思いやる考えだけでなく、より産業にフォーカスしている点がポイントだ。EHLの考えるホスピタリティーは、ホテル・飲食店などのホスピタリティー産業にとどまらず、さまざまな企業で注目されている。また、さまざまな国籍・宗教を理解、対応する能力は、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)の本質でもある。

 

EHLの卒業生は、ホテルやレストランだけでなく、ハイブランドメーカーや有名企業の経営陣としても活躍している。在学中の学びは、接遇だけでなく厨房内でのチームとしての動き、ソムリエとしての表現力、店舗経営に関わる知識など多岐にわたり、卒業後も即戦力として活躍する能力の根源である。また、EHL卒業生の活躍がEHL自体のブランド力を向上させている。

 

EHLは、経営幹部向けのカリキュラムとして経営を経験できるプロジェクトを実施している。優秀な人材を、コンサルタントとして3カ月間、企業のプロジェクトに参画させるのだ。例えば、スイスに本社を構える世界最大の食品・飲料会社のネスレは、EHLの学生にマーケット分析を依頼しており、実際に学生が成果を出している。企業はプロジェクトに関わった学生をそのまま採用するなど、両社にとってメリットのある活動となっている。

 

今回の視察のランチ会は、EHL内のレストランで開催された。日本から来た視察参加者に対して、学生が考えた料理を提供、そのサーブも学生が行い、間違えたところは先生が即座に修正するなど、食事を通してEHLの人材育成も体験することができた。

 

※ ホスピタリティー産業における人材を育成する教育機関

 


EHLの卒業生はホテルやレストラン業界以外でも活躍しており、卒業生の活躍がEHL自体のブランド力を向上させている

「Symbol・Story・Atem」を定義し、LTVを向上させる

 

世界の顧客をファン化し、 ブランドの伝道師としてさらに顧客層を広げるスイス企業のブランディングに関する取り組みには、大きく3つの共通点がある。(【図表】)

 

⑴ Symbol(シンボル):専門性を創出させるシンボルの明示
⑵ Story(ストーリー):専門性を想起させる歴史紹介や顧客に届くまでの製造の“魅せる化”
⑶ Item(アイテム):専門性が感じられる製品作り

【図表】スイス企業4社のシンボル・ストーリー・アイテム

企業名 Symbol Story Item FUN (LTV)
リンツ チョコレートモニュメント カカオ栽培からチョコレート製造工程の体験、試食体験 好きな味を選べる味のラインナップ チョコで笑顔に
ヴィクトリノックス スイスメードの多機能ナイフ スイスメードへの徹底したこだわり スイス軍公認多機能ナイフ 兵役時代からの愛着
スウォッチ 世界最薄時計 クォーツ技術危機からの脱却とシンプルなデザイン ドライブスルー限定製品、オメガとのコラボ限定製品 革新・手軽さ・シンプル
オメガ オリンピック競技大会での採用 手が届く美と憧れ 「スピードマスター プロフェッショナル」「シーマスター プラネットオーシャン ウルトラディープ」など 手が届くラグジュアリー

出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

 

2024年版GIIにおいて、スイスは14年連続第1位であるのに対し、日本は第13位。日本企業はスイス企業と比較して、過去の延長線上の技術と、「早く・安く・大量に」という思想から脱却できていない。また、ジャパンブランドを世界に正しくブランディングできていないことも課題である。日本企業は、自社のブランドの在り方を学び直し、自社の専門性を“魅せる”転換期にきている。