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コラム
FCC FORUMリポート
タナベコンサルティングが年に1度開催する「FCC FORUM(ファーストコールカンパニーフォーラム)」のポイントをレポート。
コラム 2024.10.01

体験価値を最大化するパートナー戦略 中野 翔太:ワールド・ワンの戦略解説

ワールド・ワン

郷土とともに体験価値を創造

 

「郷土活性化企業」として成長軌道を描く株式会社ワールド・ワン(兵庫県神戸市)は、大阪や神戸、東京に独自ブランドの「地域連携型飲食店」を多店舗運営し、EC事業、郷土食のプロデュース事業なども展開する企業だ。「日本の食文化で豊かな未来を創造する」をミッションに掲げ、生産者・行政・消費者・社員など郷土に関わる全ての人が食を通じてつながる「郷土コミュニティー」の形成を推進している。

 

ミッションを追求する中、同社が目の当たりにした深刻な社会課題が3つあった。1つ目は、少子高齢化の加速。特に、地域では第一次産業の担い手の高齢化が顕著で、特産品や郷土料理など固有の食文化が伝承されず、伝統や個性が失われつつある。2つ目は、都市部への人口流出と地域産業の衰退。地域の若い人材が流出し、地元産業を支える担い手不足で地域経済は衰退を続けている。3つ目は、1次産業従事者の限定的な販売チャネル。地域の生産品・特産品などの価値を広域に届けることが難しく、経営の不安定化や事業撤退など、負の循環に陥っている。

 

社会課題に向き合い、解決に挑み続ける同社の独自モデルが「体験価値の向上×アライアンス×OMO=企業成長と郷土価値の最大化」である。地産地消型の地域振興施策や、既存小売流通ビジネスの産地直送とも異なる、新しい「産地直結」戦略だ。産地直結とは、卸売市場などの流通経路を介さず、生産者から消費者へ直接供給することで、既存チャネルを超えた価値提供を実現できる。

 

また、自治体行政と連携協定アライアンスを締結し、地域連携型飲食店で大都市圏の消費者に、郷土の食材や文化の価値を直接伝え、観光PR情報を発信。食品開発やEC事業による食材販売など流通チャネルを拡大し、より多くの消費者に「体験価値」を届ける新たなビジネスモデルを構築した。成長へと導いたのは、社会課題解決への5つのアプローチ「CX(顧客の体験価値)・SX(生産者の体験価値)・EX(社員の体験価値)・Alliance(経営資源の再認識)・OMO(デジタルとオンラインの融合)」だ。

 

 

経営資源の捉え方を見直し、行政を巻き込む独自モデルを展開

 

企業は変化に適応して生き残るために、より付加価値の高い新たな製品・サービスを生み出す力が求められている。自社リソースのみで変化に立ち向かうこともできるが、成長の観点や社会・経済的インパクトは限定的になる。同様に、行政や大学なども自らのリソースだけでは限界を感じているケースが多い。

 

ワールド・ワンは地域の行政や大学も経営資源と位置付け、巻き込んでいる。産地直結型ビジネスで将来も生産者満足と企業成長を持続させるために、自社店舗の安定的な食材調達だけでなく、1人でも多くの消費者に価値ある生産品を届け、「選ばれる存在」になることが重要との考えだ。

 

未来への扉を開く鍵となったのが、自治体行政とのアライアンスの推進である。最初の事例は高知県土佐清水市で2015年に地域連携協定を締結し、地域連携型飲食店として「土佐清水ワールド」ブランドの1号店を神戸にオープン。その後も地域包括連携を軸に事業展開を加速し、商工会議所や1次産業従事者と共同開発した食品やメニューを、大都市圏の地域連携型店舗で消費者に提供。特産品が購入可能なアンテナショップを併設し、付加価値の高い商品や最新の郷土情報を価値として体感できる「居酒屋郷土ワールドの世界観」を通じて、CXやEXが高まり、収益化や生産性向上を実現している。

 

 

OMOで逆境をアドバンテージに

 

突然のコロナ禍では、店舗売上高が前年同月比95%減など苦境を迎えたが、「人」のマルチタスク化による生産性向上と、「場」の有効活用による店舗戦略、さらに自社EC事業「+郷土」ブランドの拡充強化で乗り越えた。オフライン(リアル店舗)だけでなくオンライン(デジタルEC)でも「郷土コミュニティー」の価値を届けるOMOモデルを形成したことが、最大のポイントである。

 

「オフラインが業績不振だからオンラインへ」ではなく、EC事業の目的・ストーリーが明確であったことが重要である。オフラインも、デリバリー「おうち de 居酒家 郷土ワールド」や弁当総菜のテイクアウトなどの新サービスを開始。「良いものを消費者に届けたい」という生産者の思いを基軸とする、一貫した経営スタイルの追求と迅速な経営判断が、逆境にも負けない力となり、アフターコロナに向けたアドバンテージを築いた。

 

最後に、ワールド・ワンの3つの成長ポイントをまとめたい。1つ目は「社会課題に対して戦略をクリエイティブに講じる」ことである。行政との連携を進める中で、流通販売を担う3次産業の飲食店経営を起点に、1次産業の生産者や2次産業の加工製造企業も開拓し連携する「6次産業化」で新たな価値を提供。郷土コミュニティーの形成を実現し、EC情報プラットフォームの拡充も成長エンジンになっている。

 

2つ目は「自社だけではできないことをアライアンスで実現する」。経営資源を広く捉えて戦略を講じるアライアンスは、大きな社会課題の解決に取り組むためには必須である。

 

3つ目は「『モノ』から『コト/体験価値』への転換」。飲食ビジネスの価値観を変える「共感を生む体験価値」のアプローチを創り出し、モノ消費だけでなく郷土活性化に参画する「コト」の場になっている。

 

ミッション経営やアライアンス戦略で、不足を補完し成長する視点、「コト」サービスへの転換や価値を届けるストーリーとデジタルシフトは、業種業態の違いを越える「成長への共通項」として、次の一手になるだろう。

 

PROFILE
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中野 翔太
Shota Nakano
タナベコンサルティング ストラテジー&ドメイン ゼネラルマネジャー
SDGsを軸とした戦略構築から実装のための教育を得意とする。「ステークホルダーがワクワクしない SDGsは展開しない」を信条に、企業価値向上に数多く貢献している。また、建設業・製造業を中心とした人材育成体系の構築や人事制度アドバイザリーなどHR分野のコンサルティングにも定評があり、幅広く活躍している。