米国「ATD(人材開発国際会議)2019」視察リポート
世界最大級の人材開発国際会議「ATD2019」(2019年5月19~22日)が米国ワシントンD.C.で開かれた。ATD(Association for Talent Development)は、職場での人材開発に関する業界団体だ。タナベ経営も2018年に引き続き、人材開発マーケットの潮流を体感すべく同会議を視察した。
世界の教育マーケットの潮流
L&D ラーニング&デベロップメント
(学習 & 開発)
Education(教育)という言葉はほとんど使われておらず、Learning(学習)の言葉の広がりを体感した。膨大な量の知識・知見・スキルを強制的に教え込むのではなく、自発的な学習(自律学習)を促すという考え方の下、条件整備が進んでいる。働き方改革が叫ばれる日本国内でも、L&Dの視点に立った人材開発は今後欠かせないだろう。
Interactive インタラクティブ
( 対話型の、双方向での )
双方向コミュニケーションの学習環境を前提とするサービス・コンテンツ提供が主流。感想を言い合う、講師と受講者がディスカッションする、上司・受講者・会社関係者が関わり合いながら人材開発していくといった形だ。対話型にすることで、求められるサービス品質が情報提供側にもフィードバックされるため、受講側のニーズに即した効率的な学習を提供できる。
Micro Learning マイクロラーニング
( 数分で完結するeラーニング )
マイクロラーニングという言葉自体は新しくないが、スキマ時間の活用やモバイル視聴が可能、かつ短時間収録でコンテンツを制作できるため収録・修正コストが限定的というメリットも相まって、自律的な学習サポートの手段として、コンテンツが「より広く細かく」設定されている。
Adaptive Learning アダプティブラーニング
( 個々のレベルに合わせた適応学習 )
膨大なマイクロラーニングコンテンツを受講者に合わせて最適化するアダプティブラーニングも広く認知されており、AI(人工知能)・VR(仮想現実)・AR(拡張現実)技術の応用によって、今後さらに「あなたのキャリア開発に最適な学習プラン」のデジタル化が進むだろう。
ビジネスの成果と結び付いた学習の効果測定
2019 年の教育マーケットでは、「L&D」、「Interactive」、「Micro Learning」、「Adaptive Learning」といったキーワードが盛んに用いられている。
アダプティブラーニングの前提は、「『企業側の人材ビジョン』と『受講者のキャリアビジョン』が存在していること」である。前者が欠けては単なる汎用的なLMS(学習管理システム)になるし、後者が欠ければ自律的な学習が実現しないからだ。人材開発を設計する上では、まずこの二つのビジョン構築を進めるべきだろう。
その上で考えるべきは、ROI(投資対効果)である。人材育成・能力開発に対して、「成果が上がっている」とする企業の割合は、日本の中堅・中小企業で50%以下といわれる。ATD2019でも、「ビジネスの成果と結び付いた教育」という考え方が主流を占めていたが、「ラーニングシステム投資に対し、受講の成果がどうだったのか」を見える化することが、人材開発の目的に照らしても必要である。
その意味で、KPI(重要業績評価指標)と教育の成果を測定する手段・ツールの開発は不可欠であり、学習データの蓄積を通じてリターンを向上させる取り組みも求められる。
海外から見て日本市場は魅力に乏しい
今回の視察でもう一つ感じられたことは、海外から見た日本のラーニングマーケットの魅力の乏しさだ。参加者約1万3500名のうち、日本からの参加は227名。出展者であるコンテンツ開発企業や、大学とすでに連携している大企業は、自動車業界や家電業界を中心にいくつかあるものの、予想以上に少ない。
また、いくつかの出展ブースに立ち寄った際、日本への進出の可能性を聞いてみたが、ほとんどの出展者が「考えていない」と回答した。理由は「言語人口」と「マーケット特性」。マーケットについては、日本企業の商習慣や教育投資への消極性を指摘する声が少なからず聞こえた。言語人口が判断基準となることは理解できるし、海外の教育システムは日本の中堅・中小企業に最適とは言えない。
しかし、名目GDP世界3位を維持する日本を飛び越して、中国や韓国、シンガポール、ASEAN諸国に積極展開しているATD参加企業の実情と照らすと、グローバル人材やAI人材の育成も含め、日本企業の「人材開発」「人的投資」の在り方を再考しなければ、世界の潮流に乗り遅れるのではないかという危機感を禁じ得なかった。
ATD2019の出展企業の半数近くはスタートアップ企業であり、世界のラーニングマーケットは今まさしく成長している。今後も世界市場と日本市場を定期的にモニタリングしていく必要があるだろう。
日本国内の人材不足は続くが、定着し、活躍してこその「人財」。企業ビジョンとキャリアの接点開発、キャリアを自ら磨くための学習環境の在り方と、自社に即した効果測定方法をあらためて考えるとともに、「学び方改革」を通じた社員の活躍シーンの創造をぜひ実現していただきたい。