時間ではなく、より実力と成果が求められる時代へ
仕事のできる人に業務が集中し、残業が特定の人に偏る。仕事の進め方が遅い人は、残業しながら、より多くの時間をかけて業務を処理する――。同じ残業といえども両者の違いは大きい。遅くまで残業をしている人が、「頑張っている人」だとは限らない。
働き方改革の本質は、生産性の向上にある。より短時間で多くの業務を処理する、または仕事の成果を上げるといった「真の実力」がある人材が評価され、高い処遇に結び付く時代へ変化していく。モチベーションを高く維持し、向上心を持って自己研鑽できる人材と、現状維持に満足し、成長を止めてしまった人材との二極化が、今後ますます広がっていく。
そこで大切なのが、一人一人の成長意欲に火をつけられるかどうかである。社員のモチベーションを上げられない会社は、人材難と低収益というマイナス・スパイラルに落ち込んでいくだろう。
私は先日、ある経営者とディスカッションをした。その経営者は「夜遅くに美容院の前を通った時、閉店した店内でマネキン相手にカットの練習をしている人がいた。夜遅くまで頑張る姿に強い向上心を感じた。それに引き換え、わが社の社員は向上心がない。資格取得や技術習得に向けた勉強をしない。家に帰っても酒を飲んで寝るだけだ」とこぼしていた。社員が勉強する風土づくりを、半ば諦めているようにも受け取れた。
一方、別のある経営者は、「私が入社したころは、勉強とは最も遠い存在の“柄が悪い社員”の集まりだった。しかし10年たった今では、業界内外から視察に訪れてもらえるほど、社員のモチベーションが高く、高収益を出せる会社に変貌した」と語っていた。
この2社の差は、どこから生まれたのだろうか。私は、次に挙げる3点に、真摯に取り組み続けたかどうかに違いがあると考える。
1点目は、「育てる力」を高めること。原因自分論で考え、全ての原因は経営者自身の責任だと捉え、会社のビジョンを示し、社員の成長を信じて成長への機会を与え続けることだ。2点目は、「育む力」となる会社の仕組みを整えること。社員の成長ステップと、成長段階に応じた処遇(給与)を一致させる仕組みをつくることである。そして3点目は、「育つ力」を引き出すこと。本を読む習慣、資格取得へのチャレンジ、自ら学ぼうとする意欲などを、会社の風土として根付かせる。勉学意欲を持たない社員ばかりの会社に、未来の成長はない。
これらに対して愚直に取り組み続けた結果が、社員の成長意欲に火をつけ、会社風土の改革につながったのだ。
次に、3つのうち「育む力」と「育つ力」について、ポイントを順に解説したい。
(1)キャリアプランの設計(実力に応じた階層づくり)
人事制度の設計において、キャリアプラン(人事フレームや資格等級制度ともいう)の設計が、給与や評価、昇格といった制度全体の核となる。
資格等級制度とは、新人から若手・中堅・ベテランの階層を分ける仕組みであり、何を持って中堅やベテランといえるのか、その根拠を示して社員に成長を促す仕組みである。現場業務を担う中で、実力とは何か、何ができることを求めるべきか。ここに、実力に応じた階層づくりのヒントがある。決して年齢や勤続年数で決めるのではない。
例えば、「より短い時間でたくさんの仕事を処理できる」、「より難易度の高い仕事を任すことができる」、「より高い成果を期待できる」、「幅広い知識を持ち、業務に対応できる」といった、実力に応じた階層づくりを目指す。
何ができれば中堅で、どんなことができればベテランなのか。階層別に、出すべき成果、担うべき役割、身に付けるべき知識やスキル、資格といった視点で具体的な階層の定義を決める。これが、社員のキャリアプランとなり、社員が成長目標を設定する土台となる。
(2)実力に応じた処遇(給与)の実現
成果は「賞与」、実力は「給与」で差をつける。特に、実力に応じて基本給に差を設ける仕組みを目指す。いつまでも若手社員のままでは困る。経験とともに実力ある中堅・ベテラン社員に成長してもらう必要があるのだ。
給与は、年齢や勤続によって決まる仕組みから、実力による階層に応じてベース金額が決まる仕組みとする。「より上位の階層になると、どの程度の給与額になるのか」「いつまでも“若手”のままだと、いくらまでしか上がらないのか」が見える仕組みとする。成長することが、処遇向上につながることを可視化するのである。
「育つ力」を生む仕掛けづくり
水を飲みたいと思っていない馬を、水辺まで引っ張って行き、水を飲ませることができるだろうか。どれだけ上司が親身になって育成指導を行っても、本人がその気にならなければ、成長スピードは上がらないものだ。
全ての行動のスタートは、意思から始まる。社員一人一人が「1~3年後、どのような活躍ができる人になっていたいか」といった、なりたい姿や思い(気持ち)のこもったゴールを設定することが、成長へのスタートとなる。そして、“なぜ”そのゴールを目指したいのか、理由(目的)を明確にすることで行動(成長)スピードは加速する。
多くの会社では、個人目標を掲げさせ、その達成について目標管理制度で運用している。だが、目先のやるべきことが記入してあるだけ、日常業務内容を記載してあるだけ、という目標シートを散見する。目標設定とは、「よりレベルの高い仕事をする、より仕事の幅を広げる」など、楽しく挑戦できるように設定すべきものであり、実践した結果、変化を伴うものでなければならない。
目先のやるべきことを目標にするのでなく、3年程度の中期的スパンでなりたい姿を設定すると、目的意識を持った仕事ができる。「モチベーションとは、失くすものではなく見失うもの」といわれる。自分がなりたい姿と、目指す理由を明確にさせる。そうした仕掛けづくりによって、高いモチベーションを維持した働き方につなげることができる。その過程で自分自身の成長を実感できれば、モチベーションはさらに高まる。
「働き方改革」が叫ばれる現在、社員のモチベーションが高まる会社に人材が集まり、業績も上がる時代である。そうした会社を目指し、経営者自身が変化してほしい。