「アカデミー」で教え合い、学び合う社風を実現しよう:戦略総合研究所
この数年間で労使関係は一変した。業種・業界を問わず、先の見えない超労働力不足社会に突入した。「企業は人なり」とは経営の定説であるが、現在の経営環境を見据えるならば、間違いなく今後は、「働き方改革を制した企業が生き残る」といえよう。
ところで働き方改革の根幹とは何か。それはまさしく、生産性である。真の働き方改革は生産性向上なくして生まれないと言っても過言ではない。これまでは仕事の遅い人、つまり生産性の低い人は、3時間、4時間と残業をすることで能力の高い人に追い付いてきた。時間投入という努力で能力をカバーしてきたのである。
しかしこれからは夜中まで会社に残る、休日に仕事を自宅へ持ち帰る、などといったことは許されなくなってくる。いや応なく皆が生産性を上げる必要性に迫られているのだ。
人材育成の視点から考えても、これからの時代は、わずかな幹部・マネジャーを育成すれば後は彼らが下を育てるであろうという時代ではない。一人一人が高い生産性を維持できるリテラシーを持つからこそ、組織の生産性が引き上げられる。全員活躍の時代であり、それを実現するのが学び方改革なのである。
企業内大学、アカデミーが学び方を変える
学び方改革の事例を紹介したい。まずは、手前みそだがタナベ経営の事例である(【図表1】)。タナベ経営は、これまでコンサルタントやスタッフを全国10拠点から招集し、大阪本社や東京で集合教育を行ってきた。しかしながら、年数回に及ぶ教育を継続して実施することで多くの育成成果が得られたにもかかわらず、人材の早期戦力化にはあと一歩及ばなかった。そこで集合教育に加えて、先輩コンサルタントが各テーマを動画撮影し、「クラウドを通して、誰でもいつでもどこででも学習できる企業内大学、タナベコンサルタントアカデミー」を2016年度に開校した。
新卒と中途に分けて3年間で育てるスキームが組まれており、集合教育(リアル)の事前・事後の宿題をクラウド(ネット)の動画視聴プログラムで受講する。受講者は日々、動画で自己学習(インプット)し、職場ではエルダー(年長者、先輩)がフェース・ツー・フェースの面談で個別にアドバイス。さらに、上司の同行や企業視察(擬似体験)を行い、現場や職場で自ら実践(アウトプット)していく。「リアルとネット教育の融合」、そしてこれら「インプット- 擬似体験- アウトプット」のサイクルの繰り返しで学びが加速する。(【図表2】)
その進捗は、直属の上司だけでなく本社の人材開発の主管部門にてモニタリングし、育成が遅い部門や担当者にはすかさずフォローを入れる。「わが社はOJT でやっています」という会社があるが、OJT は体系化され、仕組み化され、リアルとネットを組み合わせることで飛躍的な効果を生む。タナベ経営においても効果は歴然としており、特に新卒や若手は、この1~2年という短期間ながらも自らの成長を実感してきている。数年間も下積みを経験しなければ会得できないノウハウを、ベテランコンサルタントから惜しげもなく提供されるのだから、その効果は想定内ともいえる。
最近、タナベ経営のクライアントの方々にもこのコンサルタントアカデミーを紹介すると、「わが社もそういうことがやりたかった。大企業だけではなく中堅・中小企業でも、クラウドを活用すればアカデミーが設立できることを実感した」と、多くの賛同を得ることができた。そこで今、タナベ経営ではクライアントと共にまずは100校のアカデミーを創ろうとしている。現在、4分の1が開校済み、もしくは開校に向けて準備中であり、その勢いは日を増すごとに多くなってきている。
続いては、大分県別府市の高級旅館「別府潮騒の宿『晴海』」の事例である。晴海は、旅行代理店やネットサイトでも常に高い評価を受けており、高価格でありながら90%超の高稼働率を維持している。最近はさらにハイグレードの宿泊施設「GAHAMA terrace」を隣接オープンするなど勢いのあるブランド旅館である。しかしながら採用・定着に関しては、多分に漏れず楽観視できる状況ではなかった。
そのような中で目指したのが、社員の早期の戦力化と採用ブランディングである。以前は40~50歳代の社員が中心だったが、今では入社3年未満が7割を占める。だからこそ、アカデミーによる早期戦力化制度「七五三システム」(【図表3】)が効力を発揮する。
七五三とは、入社3年目で実務一人前、5年目で現場リーダー、7年目で管理者という高速人材育成スキームである。フロントやホール(食事処)などにおける仕事の基本をベテラン社員が講義したり、演じている動画を全業務マニュアル参照のもとで視聴し、理解を深めていく。高級旅館は、高いサービス品質を求められるにもかかわらず、若いスタッフでも顧客アンケートの評価は抜群に高い。そして「晴海には人を生かす人材育成システムがある」という事実。これが今、高級旅館という「商品・サービスブランド」に加え、成長して社会で活躍したいという意思を持った「人が集まる採用ブランド」にもなりつつある。
ある建設業では、幹部・中堅社員が中心となって「積算技術講座」や「施工計画書作成講座」、「安全管理マスター講座」に加えて建築士や施工管理技士などの「資格支援講座」までのメニューをそろえている。多くの社員が先生となり講座を受け持つ、これぞOJT の究極の姿といえよう。学び合う、教え合う社風により組織活力も増しており、それらが現在の好業績にもつながっている。
一方、製造業では、生産に関する品質管理や原価管理、5Sなどの講座に加えて、講師が現場で機械を操作しながら品質のポイントを話し、それを動画に撮影している。スマートフォンやタブレットなどデジタル慣れした現代の若者には、このような技術伝承が有効と思われる。
また、最近は外食や薬局といった飲食・サービス業、小売業においても取り組みが始まっている。店舗を展開していく上で、人数の確保と併せて育成による品質強化が欠かせない業界ともいえるが、今日のような人手不足の状況では、集合教育をしている余裕がないという。動画の主役は薬剤師や店長である。分厚い店舗運営マニュアルはなかなか読んでもらえないが、動画は重点が絞られ、自宅でも繰り返し聴けると評判だ。
アカデミーに見る学び方改革のポイント
キーワードは、WBS(Will、Backbone、System)である。
(1)トップの人づくりに対する強い意志(Will)
これなくしてアカデミーは成り立たない。実際にアカデミーを設立し、継続して運営していくと多くの困難に遭遇しがちである。そのような際に欠かせないのが、トップ・役員・教育担当者の人づくりにかける熱意であり、強い意志だ。そもそも人づくりに熱心でなければ、事業や設備にはお金をかけても、「人に投資しよう、アカデミーをつくろう」ということにはならないものである。「企業は人なり、経営は最終的に人ですね」などと多くのトップは語るが、実際に行動へ移せているかどうかは別物である。
(2)ビジョン、戦略、理念との連動(Backbone)
体系的な人材育成や計画的な人材育成が大切だといわれるが、もっと重要な視点がある。それが「戦略的人材育成」である。「以前より人が育ってきている」ではなく、自社のビジョンや中期戦略を実現する上で必要な資質や能力を持った人材が、計画通りに育つ環境が整っているかどうかである。大事なのは「ビジョンに向き合い、戦略を実現する人材の育成」である。その視点が欠けている人材育成制度は、自己満足にすぎず、費用対効果の薄いものになる恐れがある。
(3)仕組み化(System)
場当たり的な教育では意味がない。仕組みをつくり、仕組みの中で人が育っていくようにしていかねば決して長続きはしない。人づくりは永遠のテーマであり、継続してこそ価値がある。そのためにも仕組み化が重要だ。最も効果的なやり方を型決めし、適宜、見直しながらも整然と人づくりが進んでいくようにしなければならない。ポイントは、次の3点である。
① クラウド活用
クラウドがあれば、いつでもどこでも誰でも教育が受けられる。またリアルとネットを組み合わせることで相乗効果も増大する。教育を幹部や新入社員の一部に限定してい会社が多く見受けられるが、これからは全員活躍の時代である。社員のみならず、パート・アルバイト全員を対象とすべきである。企業の競争力の源泉が人ということを考えれば、一部の人のスキルアップで事足りるわけがない。
② 育成サイクル
クラウドによる事前学習を受けた上で行うリアルの研修は、インプットではなく、学んだことをもとにメンバーとのディスカッションやコミュニケーションを通じたアウトプットが中心になる。その過程で上司との同行などのOJT を受ける。インプット、疑似体験、アウトプットのサイクルを回すことで育成スピードは飛躍的に伸びる。
③ フォローアップ
最後は、システムのモニタリングである。一人一人の受講状況をクラウドでつかみ、進捗状況によってはエルダーが面談するなどのフォローする仕組みが重要である。出る杭くいを伸ばすだけでなく、全員が出る杭にならなければ全員活躍にはならず、全員活躍でなければこれからの企業間競争から抜け出すことはできないだろう。
より多くの企業内大学、アカデミー設立により人材力を早期に引き上げ、「ポスト2020」に備えていただきたい。