日本のウイスキー人気
今、日本国内で稼働しているウイスキーの蒸留所は、およそ20あります。これを多いと見るか、少ないと見るか……。ジャパニーズ・ウイスキーが世界的に高い評価を得ていることを考えれば、まだまだ増える可能性はあります。
ただ、ウイスキーの製造というのは大変なようです。造る工程が、というより、ウイスキーの宿命ともいえる部分においてです。
簡単に言ってしまうと、ウイスキーは、最初の投資から、その資金の回収まで、実に時間がかかるお酒です。最低3年は寝かせる必要がありますし、8年、12年も当たり前という世界ですから。そのため、ウイスキーの製造を専業にしているメーカーは、この日本においてはまれです(埼玉県の秩父市にあるベンチャーウイスキーなどは、その意味で貴重な存在ですね)。
ジャパニーズ・ウイスキーの戦後史をざっと振り返りましょう。
第2次世界大戦後、全国各地にある日本酒などの蔵は、危機に面します。酒を造ろうにも、食糧不足のためにコメが入手しづらくなりました。そこで、少なからぬ蔵は、ウイスキーの製造免許を取得します。これが、後の地ウイスキーブームの礎となりました。
今回お話しする本坊酒造は、焼酎の製造で知られるメーカーです。先述したように、同社も1949年にウイスキーの製造免許を手に入れ、鹿児島市内でウイスキー造りに着手しています。その後1960年、山梨に製造拠点を設け、さらに1985年には長野にウイスキー製造設備を集約します。
その時期、国内各地で造られていた地ウイスキーのブームが到来しました。地ウイスキーのほとんどは、かつての「2級ウイスキー」であり、値段が安かったことも後押しとなりました。
ところが1989年の酒税法改正により、そうした地ウイスキーの生産量は94%も減少。壊滅的な事態を迎えました。地ウイスキーのほとんどが、改正によって価格面の優位性が消えてしまったためです。
本坊酒造の「信州蒸溜所」においても、1992年にウイスキーの製造をいったん休止しました。再開したのは2011年のことです。それまでは、貯蔵していたウイスキーを細々と販売するにとどまっていたのです。
一方、ジャパニーズ・ウイスキーは21世紀に入ってから世界でぐんぐんと評価を高めていきました。海外で賞を獲得するウイスキーが相次ぎ、それと並行するようにウイスキーの人気も復活します。2013年に同社のウイスキーも「ワールド・ウイスキー・アワード」で世界最高賞を得ています。
日本最南端での稼働
その本坊酒造が2016年の秋、新たなウイスキー蒸留所を完成させました。場所は鹿児島県の南さつま市郊外。「マルス津貫蒸溜所」と名付けられた、この製造拠点は、現時点において日本最南端で稼働するウイスキー蒸留所といいます。
ここは、同社発祥の地だそうです。その意味で言えば、ウイスキー造りの新たな拠点として、思い入れのある津貫を選ぶのは理解できますね。もともと焼酎などを製造していた施設だったのを作り変えたわけですが、戦後間もない時期に建てられた石蔵はそのまま残してウイスキー樽の貯蔵に使っているそうです。
これで同社は、長野と津貫という2カ所のウイスキー製造拠点を有することになりました。近年は海外からの需要も飛躍的に伸びており、このままではウイスキーの供給が追いつかなくなるのは目に見えていたそう。ですから、新しい蒸留所の完成は同社にとって重要なものといえます。
ただ、ここで、どうしても尋ねてみたいことがあります。ジャパニーズ・ウイスキーが世界的に評価される中で蒸留する拠点を増やすのは分かりますが、なぜに南国の鹿児島県なのか。
2020年を目指して
同社発祥の地だというのは理解できるにせよ、ウイスキーといえば寒冷地で蒸留や貯蔵するのが普通に思えます。本場と称されるスコットランドがまずそうですし、国内で見ても北海道の余市しかり、宮城県の宮城峡しかり……。当の本坊酒造も、これまでは長野が製造拠点だったわけです。
「皆さん、そうおっしゃいます」
担当者は笑います。そして、こう指摘してくれました。
「でも、もっと南の台湾にある『カバラン』という蒸留所のウイスキーは今、世界的に相当高い評価を得ていて、品薄状態ですよ」
ということは、南国特有の温度や湿度は関係ないのでしょうか。
「長野で蒸留したものをこの津貫に運んで貯蔵してみたら、分かったことがありました。津貫の方が熟成が早く進むのです」
つまり、南国であることは必ずしもマイナスとはいえないばかりか、この地に蒸留所と貯蔵蔵を設ける意義があるということなのですね。よく分かりました。
マルス津貫蒸溜所は、先ほどお伝えしたように2016年秋から稼働し始めました。津貫で蒸留され、熟成を経たウイスキーが世に出るのは、現時点での予想で2020年のオリンピックイヤーとなります。あと3年ほど待たねばなりません。担当者は言います。
「桜島のような力強さをたたえ、南国らしいトロピカルな香りも備えた1杯を提供したいですね」
いいですねえ。これこそが、地ウイスキー造りの真骨頂とも表現できそうです。その土地の雰囲気を感じさせる1杯、これは楽しみというほかありません。
現時点で飲めるウイスキーは、当然のことながら限られていますが、皆無ではありません。
『シングルモルト駒ケ岳 津貫エイジング』(税込み8640円)は、先ほどの話そのままで、長野で蒸留したものを津貫の石蔵で寝かせたウイスキー。信州生まれの津貫育ちですね。スモーキーでありつつも、爽やかな香りがふんわりと立ち上がってきます。
『津貫ニューポット・ノンピーテッド2016』(税込み2160円)は、津貫で蒸留したばかりの、熟成を経ていない無色透明な1本。アルコールは60度ですが、思いの外、優しさを感じさせます。いずれも、マルス津貫蒸溜所に隣り合う施設で購入可能です。(ただし、今号が出る2017年の5月初旬には、ともに売り切れになっている恐れがあります)。
それにしても、なぜここまで国内のウイスキーブームが再燃したのでしょうか。同社の担当者の見立てはこうです。
「海外で賞を獲得したから人気が高まったというよりも、そもそも品質が良かったということ。日本のモノづくりの粋が、ジャパニーズ・ウイスキーに反映されているということに他ならない」
つまり、ずっと培われてきたものに、ようやく評価の機運が高まったと解釈するのが良さそうですね。
地域連携の芽にも
現在、国内ではウイスキー造りに携わる技術者が集まって、意見や技術の交換会を開く機会が増えていると聞きました。これはとても良いことだと思います。
ある意味で閉鎖的だった日本酒醸造の世界でも、異なる蔵同士が隠すことなく知恵を出し合い共同醸造に着手しているケースが、全国各地で見られます。この先業界が盛り上がっていくためには、必須の流れかもしれません。
さあ、さらなる次の一手は?
「スコットランドでは、“ウイスキー・ツーリズム”が定着しています。日本でもぜひ、そうしたい」
日本の場合、ウイスキーの蒸留所は南北に広く点在していますが、エリア別にツアーを組むという方策はありますね。
蒸留所同士の強い連携、ツアーの立案―。地ウイスキーの再興から広がる話は、多々あるように感じられます。