「6次産業」という言葉が注目を浴び始めてから、10年ほどたちました。
農家や漁師、林業従事者が核となって商品化まで進め、ネットなどを通して販売まで担うというスタイルの産業を指すものです。
つまり、「1次産業×2次産業×3次産業」だから「6次」と称すわけですね。安倍晋三首相は2015年、この6次産業を展開することで、農業を成長産業にしたいと国会の閉会中審査で答弁しています。
私も、基本線としては首相の見解に賛同します。ただし実際のところ、6次産業のプロジェクトで成功している事例というのは意外に少ない。それはなぜなのでしょうか。
200%って、何?
数カ月に1度は、6次産業を巡るシンポジウムやセミナーに私は登壇しています。それこそ、北海道から沖縄までです。
そのイベント会場に展示された6次産品を見ていると、正直ちょっと落胆します。そこにあるのは、ジャムやジュース、ドレッシングが大半なのです。しかも、「○○さんのジャム」「おいしいドレッシング」といったネーミングが多い。これでは、他の商品との差異は消費者に伝わらないでしょう。
伝わらないということは、その商品が存在しないも同然です。実際に口にしてみると、決して悪くない味なのに、本当にもったいない。また、ネーミングだけでなく、他の6次産品と明らかに違う光を放つ中身を持つような商品が少ないという状況も、少々もどかしくあります。
そうした中、ネーミングでも中身でも強い存在感を有する6次産品に出合いました。
三重県紀北町の小さなトマト農園である「デアルケ」が、2014年から販売しているジュースです。
商品名は『デアルケ200%トマトジュース』。「200%って何だ?」
と、まず引っ掛かりますよね。それが大事なのだと私は思います。
200%というのは、言ってみれば“屁理屈”のようなものです。
このトマトジュース、どのように作るかというと、搾ったトマト果汁を7時間以上かけて、弱火でコトコトと煮詰めていきます。そして、半量になったら火を止めます。つまり、100%の果汁を半分になるまで水分を飛ばすから、「200%」ということ。
この表現が厳密には正しいかどうかはともかく、「200%って何?」と、消費者の目を引くところが実に心憎い。
農園主に尋ねてみたところ、「濃密ですとか、濃厚ですとか、そうした平板なネーミングではアピールできないと考えた」と言います。
この考え方がとても重要でしょう。ネーミングやキャッチコピーを考えるに当たって、「他の商品に置き換えても違和感のない表現」というのは、消費者の心に刺さらないんです。「この商品でしか言い得ないキャッチコピー」は、やはり強いという話です。
高値でも価値があれば
半量に煮詰めた果汁は、そのままではドロリとし過ぎていますから、何度も何度も濾(こ)します。
その結果、甘みが抜群で、しかも喉をツウーッときれいに流れ落ちていく、他にはないトマトジュースが完成しました。
さあ、値段はいくらなのか。
高級トマトジュースの先駆けといえる、北海道の『オオカミの桃』という商品は、1ℓで約1000円です。かなり高いですよね。それでも、時として品薄になるほど売れています。
『デアルケ200%トマトジュース』は1本が500㎖と、『オオカミの桃』の半分にもかかわらず、1本が何と3480円(税込み)。ということは、『オオカミの桃』よりも、さらに約7倍もの高値です!
それでも、今、デアルケのトマトジュースは、最低2週間待ち。時期によっては1カ月以上待たなければなりません。
なぜ売れているのか。私は次のような背景があると踏んでいます。
まず、景気が不透明な時代、人は「安くて、品質そこそこ」の商品に走るわけではない。むしろ、「その価格における最高」を求めるということです。お金を支払った分だけ、ちゃんと満足できた、そこに驚きもあったという実感こそが、消費者の求めているものだと強く感じます。
これはコストパフォーマンスが高いというのとは、ちょっと違う話でしょう。「値段に比して、品質が良い」というのではなくて、「その値段で最も価値のある商品を手にする」ことを目指す購買行動であると思います。
3000円台でびっくりするような品が手に入るとなれば、人はそこにお金を投じるわけです。
伊勢志摩サミットで各国首脳に提供するに当たって、150㎖の飲み切りボトル版を発売した。こちらは6本で6200円(税込み)。単純計算すると1本当たり1033円だ。糖度が極めて高く、甘みが口の中ではじける。そして、喉をツウーッと落ちていくような口当たりである
最後発でもチャンスはある
同社のトマトジュースについて、もう1つ、分析を述べましょう。
あらゆる商品ジャンルについて、私は感じていることがあります。
ある商品を「他社に先駆けて最初に出すのがいいのか」、それとも「最後に出すのがいいのか」。
これ、「どっち」という話ではないんですね。私は「最初、もしくは最後」と考えています。
ライバルの他社を出し抜いて、あるジャンルの商品を最初に発売できれば、それに越したことはない。でも、最先発でなければチャンスはもうないかといえば、決してそうではない。
その後に登場する追随商品も含め、既存の全ての商品をなぎ倒すような「最後の商品」を出せたなら、やはり、マーケットでの強さを発揮できるはずなのです。
デアルケのジュースは、まさに「最後の商品」であると、私には思えてなりません。既存のどこの農園にも見いだせなかった製造手法をものにしたわけですから。
いや、見いだしていても、できなかったのでしょうね。半量に煮詰めるということは、コストも手間も半端なく掛かるわけで、「他の作り手が踏み出せなかった」と言えるのかもしれません。
ならば、なぜデアルケは思い切れたのか。
「完全なプロダクトアウト型だからでしょうね」と農園主は笑いながら答えました。
プロダクトアウトとは、開発者の意向を優先して商品を作るマーケティング手法です。対義語はマーケットイン。これは消費者の意向をくみ取って商品開発する手法を指します。
そう聞くと、マーケットイン型の方が確実にヒットを生む感じがするでしょう。でも、実際にはそうと限りません。
消費者にグループインタビューなどを重ねても、得てして「自分が思い付く範囲」「自分が経験してきた枠」でしか、答えは出せません。過去の事例をひも解いても、大ヒット商品というのは、むしろプロダクトアウト型の手法から生まれている方が多い。
消費者の想像をはるかに超えた、思ってもいない商品を生み出すからこそ、ヒットは誕生します。トマトジュースに3000円以上を投じようと考えてもいなかったであろう人たちが、つまりはこのデアルケのジュースの登場に驚き、関心を持ち、そして手に入れた、ということなのだと思います。
サミットで各首脳に提供
デアルケのトマトジュースは、2015年あたりから少なからぬ人々が注目してきましたが、2016年はさらに人気が高まっています。
伊勢志摩サミットに訪れた各国首脳が泊まった客室に、このジュースが置かれたのです。会食の場でも提供されたと聞きます。
外務省が三重県を通して依頼したそうで、これは大きなトピックとして報じられました。
「他にはない、何か」を懸命に開発すれば、こうした幸運にも恵まれるという話ですね。