第一交通産業の本社にて
(左)第一交通産業 代表取締役社長 田中 亮一郎 氏
(右)タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦
2016年3月期(連結)に売上高1000億円を突破した第一交通産業。M&A戦略で規模を拡大し、タクシー・バスの保有台数が9000台以上(2016年3月末現在)と全国1位になった。同社は国内の各地方を舞台に、住宅販売や不動産、介護福祉、病院と多彩な事業をコングロマリット化し、地域の快適な生活環境を支える新たなビジネスモデルへ挑んでいる。
後継者不足の会社を救うM&A
若松 創業者名誉会長(取締役)の黒土 始(くろつち はじめ)氏が創業されてから56年。今や第一交通産業は、タクシー業界で全国1位の規模です。2番手との差はどれくらいあるのですか。
田中 1960年に黒土がタクシー5台で創業し、M&Aで拡大して現在は全国約9000台の規模になりました。2番手は4000台くらいですね。私が社長に就任したのが2001年。翌02年にタクシーの数量規制が廃止され、「より自由に事業を展開できる」と思いましたが、2008年の供給抑制策(国土交通省通達)以降は再び規制の局面です。
若松 M&A戦略でエリアと事業を拡大されていますが、いわゆる敵対的買収は行わないスタイルですね。
田中 規制緩和やその後の再規制で将来に不安があることや、ディスクロージャー制度の大幅な見直し(2000年3月期)で企業の決算が単体から連結中心に変わったことに伴い、大手がタクシー事業の売却に動いたため、結果的に当社のM&Aが増えました。
タクシー会社はどこも運賃や売り上げが給料に直結する仕組みなので、強引に買収すれば乗務員は他社に移ります。車両だけ買っても意味がないので、敵対的買収は行いません。
若松 M&Aで統合される企業には、業績不振や後継者の問題、マーケットの縮小など、いくつかのパターンがあります。第一交通産業のM&Aはどのケースが多いのでしょうか。
田中 圧倒的に後継者不足ですね。社長の子息が他社に就職して戻らないケースが多いように思います。
国土交通省によると、ハイヤー・タクシーの法人事業者数は、2002年度の7374社から2014年度で1万5923社と、12年間で2倍以上に増えています。また、ここ10年はタクシー無線のアナログからデジタルへの切り替えや、ハイブリッド車の増加などで大きな投資が必要になり、経営環境は厳しいといえるでしょう。さらに、30台規模の会社では、運行管理者は社長のみで、事故処理や労務管理、顧客対応まで全てが社長の仕事。そんな厳しい状態の会社に、後継者としては戻りにくい。昔のように「運転手が乗りたい時に乗る」ではうまくいかないのです。
当社がこうした会社をM&Aすると、出勤時も退勤時も管理職が対応するようになる。まず、その管理職の姿にほとんどの乗務員が驚きます。また、当社の北九州エリアでは、600台に対する1日の無線配車の回数が7000回を超えます。1台平均で約12回ということです。1台の営業回数は1日20~25回なので、半分くらいは当社が提供した仕事になります。無線配車は、全国平均で1日1~2回程度なので、乗務員からすれば仕事が増えるメリットがあるのです。
当社がM&Aをすることで、職場環境は大きく変わります。車両が新しくなり、乗務員が休憩や納金をするスペースも広くなります。
若松 上場(福岡証券取引所)されており、ガバナンスやコンプライアンスが制度化されていますから、統合された企業の職場環境に良い変化を起こすことができます。その変化を体感してもらうことは重要ですね。労働集約産業は、プラスの社風を体感すると気持ちが離れなくなります。
田中 お客さまから感謝されることも、モチベーションアップに欠かせません。介護・福祉タクシーや見守りサービス、買い物代行など多様なサービスを導入し、お客さまから「ありがとう」と言われる回数を増やすことが大切です。
私たちは、新しいサービスを始める際、有志に手を挙げてもらいます。新たなサービスに固定客が付いて売り上げが上がるのを見せると、他の乗務員も「私もやってみよう」となる。全員に強制すると逆効果です。
タクシーと不動産が地域密着の固有技術
若松 タクシーやバスだけでなく、住宅販売・不動産、医療・介護福祉、ファイナンスなど多くの事業を展開されています。
田中 不動産事業に乗り出したのは、M&Aがきっかけです。同じ地域のタクシー会社を買収すると、営業所同士が近いことが多い。しかも、広い道路に面しており、容積率が高い立地です。そこで、営業所を集約する際、単に売却するのではなく、マンションを建設して新たなお客さまを生み出そうと考えました。2016年7月現在のマンション供給実績は337棟です。
また、賃貸物件も78棟を保有しており、うち3割が飲食ビルです。一杯飲んで帰宅する際にタクシーを利用していただけるので、タクシー事業にも効果があります。
若松 阪急電鉄の創業者・小林一三は、地域に街をつくり、その間を鉄道で結んで私鉄産業を築きました。第一交通産業は、そのタクシー版かもしれません。
田中 最終的に目指しているのは、地域密着の総合生活産業になること。介護や医療、娯楽までを手掛けていますが、M&Aの判断材料は、「タクシー事業に役立つか」「不動産事業に役立つか」。30台規模のタクシー会社でも、マンション用地として活用できる土地があれば、高額で買収します。
地方の生活を守る取り組みを強化
若松 「地域密着型のビジネスは、地方企業の固有技術になる」と私は言っています。都市圏と違い、地方圏で「タクシーに乗る人」「飲食する人」「娯楽施設を利用する人」は、ほぼ同じ人(顧客)ですからね。
田中 東京ではタクシーをつかまえても同じ乗務員に出会うことはまずありませんが、地方では1日3回くらい出会うこともあります。お客さまとの距離が近くてニーズも細かいので、法律違反以外は何でも要望を聞くように指示しています。乗務員が病院の診察の順番を取るサービスも人気です。
若松 病院の順番待ちは、個別の事業としては成り立ちません。タクシーというインフラがあるからこそ、プラスアルファのサービスになるのでしょう。
田中 ALSOK(アルソック 綜合警備保障)と提携し、ホームセキュリティーのシステムにタクシー呼び出しボタンを付けたりもしています。新規事業にゼロから取り組むと、時間もお金もかかります。しかし、他社と連携すれば事業の一部を改良するだけでよく、展開スピードも速い。そこが強みになります。
私が盛んに言うのは、「地方の企業は『専業』では無理」ということ。兼業し、協業することで強くなる。地方創生とは、新規ビジネスを起こすことではなく、規制緩和や法改正によって地方の企業が連携しながら事業を継続することです。
若松 「オープンイノベーション」ですね。生活産業が実現し、定着すれば、地方の過疎化も進行が鈍化します。
田中 その通りです。過疎地にはもともとタクシー需要がありませんでした。バスが運行していましたから。ところが、市町村合併で村営や町営のバスがなくなり、交通過疎地が急増。住民がいても、「足」がなくなったのです。
そこを狙って米国のUber(ウーバー)のような配車サービスが進出しようとしています。しかし、日本のタクシーはこうした配車サービスよりも、ずっとサービス品質が高い。生活環境支援を掲げる当社の使命として、交通過疎地にもより良いサービスを提供すべきだと考え、乗合タクシーを展開しています。2016年6月末現在、33市町村113路線で運行し、今後さらに拡大予定です。
乗合タクシーを運行すると、さまざまな場所を経由するため、生活者のライフスタイルが変化します。例えば、ある地域では、高齢者のコミュニケーションの場が病院からショッピングモールに変わったそうです。
また、乗合タクシーの運行地域の全てでタクシー需要が増加。生活に密着した足として認識されているのでしょう。国土交通省が交通過疎地としている全国6000カ所のうち、タクシー会社があるのが3900カ所くらい。残りの地域をいかに埋めるかが鍵です。