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モデル企業
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【企業事例】優れた経営戦略を実践する企業の成功ストーリーを紹介します。
モデル企業 2025.08.29

攻めと守りのDX推進で新規事業と効率化を実現するグランド印刷 グランド印刷

1969年にシルクスクリーン印刷で創業したグランド印刷。
まだ世の中に「DX」という言葉が浸透していなかった2009年に、いち早くDXへ着手。
業務のデジタル化と同時に、新規事業を次々と創出した同社のDXの歩みに迫る。

 

 

DX推進のきっかけは東京進出とリーマン・ショック

 

1969年に創業し、福岡県北九州市に本社を構えるグランド印刷。シルクスクリーン印刷を祖業とし、デジタルプリントによる屋内外サインや壁紙、ダンボールディスプレー、オリジナルグッズ制作など、印刷業の枠を超えた多彩な事業を展開している。

「当社のミッションは『新たな価値の創造で、世の中を楽しく、豊かにする。』。印刷物は単なる情報伝達の手段にとどまらず、人と人をつなぎ、空間や心を彩る存在であるという信念が根底にあります。『50の事業を創出し、50人の事業責任者(ミニ経営者)を育てる』ことをビジョンに、社員一人一人が事業責任者として活躍できる組織づくりを推進しています。

そのための行動指針として『減らす・生み出す・成長する』を掲げていますが、DX推進においても同様です。既存業務をDXで減らすことで、新たな価値を生み出し、人と組織の成長につなげることを目指しています」

同社のMVV(ミッション・ビジョン・バリューについてそう語るのは、後継者として社長に就任し、DXをけん引している代表取締役の小泊勇志氏だ。

DX推進の契機は、2008年の東京進出と、その直後に起きたリーマン・ショックだった。営業担当として東京に出向いていた小泊氏は、営業活動の属人化や紙ベースの煩雑な業務フローなどの構造的課題に直面した。

「当時はまだ珍しかったダンボールディスプレー事業を武器に東京に進出しましたが、リーマン・ショックによりメイン事業であった販促物の受注が激減。新規事業で受注を増やそうにも、電話で本社にいる事務員に受注伝票の指示を出すなど、アナログ業務の煩雑さを痛感しました。

さらに、福岡営業所の売り上げを担っていた営業社員が辞めるといった苦境が続きました。『業務の基盤を整備しないと、事業を拡大できない』と危機感を抱き、2009年からデジタル化による業務改善と新規事業創出に同時に着手しました」(小泊氏)

 

営業の属人化を打破“誰でも売れる”仕組み

 

グランド印刷は、DXの第一歩として「共有化・見える化・仕組み化・ルール化」の4つのキーワードを掲げ、クラウドツールを導入。「Google Apps(現Google Workspace)」や「Dropbox」を活用し、営業や事務スタッフが場所を問わず情報を共有できる体制を構築した。2011年にはビジネスチャット「Chatwork」をいち早く導入し、社内コミュニケーションをメールからチャットへと転換した。

「当時、IT企業ではない製造業の中小企業でChatworkを導入している会社は、ほとんどなかったと思います。ベテラン社員からの抵抗もありましたし、情報格差がなくなることで、縦社会だった組織の在り方が崩壊するのではという不安もよぎりました。でも、それ以上に、業務の効率化と情報の一元化による効果は大きく、情報伝達のスピードと正確性が飛躍的に向上し、ミスやクレームも大幅に減少しました」(小泊氏)

その後も小泊氏自らが先頭に立ち、若手社員とチームを組んでDXプロジェクトを推進。2011年から2013年までの3年間で、受注から生産、請求までを一元管理できる基幹システムを自社開発した。まず、現場の業務フローを徹底的に見直し、手書きの設計書を作成。システム会社と連携しながら、現場に即したシステムを構築した。現場のベテラン社員にも配慮し、導入可能な部署から段階的に導入することで、現場の納得感と定着を実現したのである。

デジタル化による業務改善と並行して、ビジネスモデルの変革も推進。顧客ターゲットを不動産、住宅業界に絞り込んだ販促支援事業「GO!GO!不動産」をスタートし、インターネットを使って直接エンドユーザーに販売するDtoCスタイルで販売エリアを全国に拡大した。「人」に依存しない売り上げ創出モデルを実現し、商品のテンプレート化と販売プロセスの整備を進めた結果、パート社員1名による運営からスタートし、2025年7月現在、正社員を含む8名体制で年間売り上げ2億円超を記録した。

さらに、DXで効率化した時間や基幹システムに蓄積されたデータを活用し、新規事業開発を加速。印刷技術を核に、デジタルプリント壁紙事業「アームス」や、ターポリン幕(ポリエステルの繊維を合成樹脂フィルムで加工した、強度の高いビニール系のシート)に特化した印刷通販サービス「まくする」など、独自の強みを生かした事業展開を進めていった。

 


2011年に構想をスタートした基幹システムは、
手書きのイメージ図を携えて中小企業基盤整備機構へ相談に行ったところから始まった

 

 

ピラミッド構造で進化させる独自のDX

 

「最初は、新規事業開発と業務改善のための基幹システムは別々に動いていました。顧客数が2000社を超えた2016年ごろに、基幹システム内で蓄積された顧客データを分析し始めたところ、そこから新たな施策や商品、新事業が生み出されるという好循環のデジタルスパイラルが発生したのです。別々で進めてきたD(デジタル化)とX(事業変革)がつながり、新たな可能性を感じた瞬間でした。そこからデータを分析するためのマーケティング機能の開発に注力しました」(小泊氏)

グランド印刷のDXは、【図表】の「小泊式DXピラミッド」という独自思想に基づいている。

 

【図表】小泊式DXピラミッド

出所 : グランド印刷提供資料よりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成

 

「DX推進は、デジタイゼーション(業務の一部のデジタル化)・デジタライゼーション(業務プロセス全体のデジタル化)・デジタルトランスフォーメーション(DX:デジタル技術を活用してビジネスモデルやサービスを変革・創造)の3つのフェーズに段階的に取り組むことが一般的ですが、この方法だとデジタライゼーションまでは進むが、DX(事業変革)で止まってしまうケースが多いと聞きます。私は、社内では“守り”の視点でデジタル化を進め、顧客には“攻め”の視点で事業変革を進める。この正反対の視点を持ち、業務のデジタル化とビジネスモデル変革を両輪で同時進行することが重要だと考えています」(小泊氏)

小泊式DXピラミッドの実践が原動力となり、DX開始前の2009年2月期に売上高5億円だった同社は、2025年2月期に売上高8億8000万円へと成長。加えて、新規法人顧客の年間獲得数も181社から2200社に急伸した。この成果が評価され、中堅・中小企業のDX優良事例を選定する経済産業省の「DXセレクション2023」で準グランプリを受賞した。

 

「連邦多角化経営」で描く未来

 

DX推進により、女性従業員比率が25%から70%に高まった点にも注目だ。残業削減・年間休日増・有休取得増など、働きやすい環境が整備された結果、自然と子育て中の女性スタッフが増えたという。マーケティング部やウェブ事業部では女性リーダーが台頭するなど、活躍の場を広げている。

「DXを進める中で、働き方や企業風土なども変化しました。業務をデジタル技術で仕組み化しながら働くなど、社員のITリテラシーの向上も実感しています。新規事業においては、完成度60%でスタートしても良いというマインドを推奨しており、変化や失敗を恐れずチャレンジする社風も定着しました。今後もデジタル化や変化の激しい時代に対応できる人材育成に注力します」(小泊氏)

同社のこうした成長を支えているのは「連邦多角化経営」という方針だ。ミッションやビジョンなど、自社の核となる部分と、ITシステム・マーケティング・経営管理など全事業に共通する機能を経営の中心に据え、既存事業を含めた複数の事業を創出し、連携させる経営スタイルだ。1つの事業に依存することなく、多様な事業の柱を持つことで、経済変動に左右されない強靭きょうじんな企業体質を目指す。

「現在も年間1500万円程度をDX関連投資に充てています。2030年に向けた『未来プロジェクト』も進行中。2025年度を“AI元年”と位置付け、基幹システムにAIを組み込み、見積もり作成や顧客分析へ活用していく予定です。今後も“終わりなきDX”で印刷業の枠を超えた挑戦を続けていきます」(小泊氏)

グランド印刷のDXは、単なる業務効率化やデジタルツール導入にとどまらず、「新たな価値創造」を軸にした新規事業創出と人材育成に成功している。新たな技術を臆することなく取り入れ、常に変化を恐れず挑戦し続ける姿勢が、創業56年を迎える老舗企業でありながら、スタートアップ企業のような活力と成長を維持する原動力となっている。

 

グランド印刷(株)

  • 所在地 : 福岡県北九州市門司区松原1-2-5
  • 創業 : 1969年
  • 代表者 : 代表取締役 小泊 勇志
  • 売上高 : 8億8000万円(2025年2月期)
  • 従業員数 : 44名(パート含む、2025年7月現在)