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コンサルティングメソッド
コンサルティング メソッド
タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2025.06.02

中堅物流企業の成長戦略、真の差別化に向けた事業・組織変革 河村 周平

物流業の現状

経済産業省「物流を取り巻く現状と取組状況について」(2024年2月)によると、物流業界の主要な業種の営業収入の合計は約29兆円、従業員数は約223万人である。全産業の売上高(営業収入)が約1448兆円(うち物流業界は約2%)、就業者数が約6667万人(うち物流業界は約3%)であることを踏まえると、業種区分としての規模は小さい。しかし、物流業は経済の根幹を支える重要な役割を果たしている。

中堅物流企業は、地域経済の活性化や雇用創出に寄与し、競争力のある市場を形成する立ち位置にある。しかし、近年の市場環境は厳しさを増しており、EC市場の拡大や消費者ニーズの多様化により、迅速かつ柔軟な対応が求められる。

また、人手不足は深刻で、労働環境の改善が急務である。燃料費や人件費の上昇も利益を圧迫しており、これらの課題に対処するためには、効率的な業務運営と持続可能なビジネスモデルの構築が不可欠である。本稿では、物流業界の現状や中堅物流企業が抱える特有の課題、それに対する具体的な取り組みを紹介する。

物流業界は、世界経済の変動、「働き方改革」への対応、人手不足といった多くの課題に直面しながらも成長を続けている。

一方、現在の市場ニーズであるサプライチェーン全体の可視化(各種データの共有・即時性)が求められる今、これまでのサービスでは価値が発揮できない状況に陥るリスクも顕在化しつつある。

大企業と比較して資本力で劣る中堅企業がとるべき戦略としては、「顧客基盤を生かした(自社の強みを生かした)差別化戦略の設計」が重要となる(【図表】)。特定市場の条件内で確実に選ばれるための効率化・DX、人材戦略などを推進していくことが重要だ。これらの戦略を支える基盤として、まずは人材育成と組織改革が不可欠である。

【図表】顧客基盤を生かした差別化戦略の設計

出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

物流データの価値を生かすサプライチェーンの可視化

成長戦略を描くに当たり、重要なポイントは2つある。まず、一部の部門・事業部内での実施事項として取り組むのではなく、全社で取り組む仕組みを採用すること。次に、サプライチェーンを構成する企業とともに顧客課題・ニーズへの対策を検討、推進することである。

市場ニーズに対応するためには、自社単独での取り組みには限界がある。外部環境の変化に対応するには、自社の視点にとどまらず、サプライチェーンを構成するパートナーと連携し、サプライチェーン全体を最適化していく必要がある。

そのために重要となるのが、各工程をつなぐサプライチェーン全体の可視化である。可視化とは、サプライチェーンの状況を単に俯瞰ふかんで捉えるだけでなく、モノ・カネ・情報を常に把握できる状態を目指し、機会やリスクに対して迅速に対応できる「三即主義型」(即時・即座・即応できる体制)を整える状況を構築することを指す。サプライチェーンの可視化を推進するには、既存顧客から選ばれている理由である自社の強みを言語化し、その強みをさらに強化するための情報活用方法を追求する必要がある。

次に紹介する2社の企業事例を通じて、この可視化の重要性について具体的に述べていく。

1社目の食品流通を主事業とする中堅物流企業A社は、ソフト開発企業と提携し、中央・東南アジアの新興市場への展開を開始した。A社は、日本国内で全国の離島や過疎地域までカバーする低温・冷蔵物流能力を有しており、地域密着型小売モデルのノウハウも蓄積している。一方、提携先のソフト開発企業は、生鮮食品輸送の情報可視化に関する技術を持つ。両社の強みを組み合わせることで、環境配慮型の低温物流をグローバル展開する事業を推進している。

この事業により、新興国のコールドチェーン脆弱ぜいじゃく性を解消し、農村部と都市部の経済格差を縮小させ、地域社会を活性化させるだけでなく、エネルギー消費を抑えながら食品の品質を維持することを実現している。

A社の事業のポイントは、①地域密着性と専門性の活用、②特定ドメイン領域(得意な領域)でのグローバル展開、③共創によるDX(物流価値の最大化による顧客ニーズの解消)の3つである。

2社目の中堅総合物流企業B社は、業界別の市場ニーズに対応するため、業種別の事業部制を採用し、事業ポートフォリオの再構築を推進している。事業領域を、①電子部品、②アパレル、③食品、④生活用品関連の4つに区分し、それぞれの業種固有の顧客ニーズを深掘りすることで、専門性の高い人材を育成する組織構造へと変革したのである。

また、各業種の固有の課題に対応するため、DX推進部門を事業部から切り離し、特定スキルを保有する人材を同部門にプールする仕組みを導入している。この体制により、業界における課題解決意識の高い人材を継続的に輩出し、独自のサービスを生み出す善循環システムを構築している。成長戦略を推進するための強固な組織基盤を整備し、中長期的な差別化を図る取り組みを進めているのだ。

B社の取り組みのポイントは、①特定のドメインにおける知見のみを求めることで、専門性の高い人材を効率的に確保して人材不足の課題を解消、②業種別チームによる顧客ニーズに対する柔軟性の確保、③特定市場・ニッチ市場の開拓の3つである。

中堅企業が限られた資本力を生かして成長戦略を推進するには、自社が保有するノウハウを言語化し再定義すること、そして情報の可視化を通じて新たな価値を再発見することが重要である。

複雑化する顧客ニーズに対して、全方位的に対応することは現実的ではない。事例企業2社の取り組みから、DXの推進による事業強化や専門性を追求するための組織構造改革が、成長戦略においていかに重要であるかが示されている。これらの取り組みを自社に置き換え、専門性を最大化するための具体的な施策の検討が必要だ。

また、「自前主義」から脱却し、「共創」に目を向けることも重要である。サプライチェーンを構成するさまざまなパートナー企業とともに顧客の課題へ向き合うことで、真の差別化戦略の道が見えてくる。

さらに、社外との共創の取り組みは、社内の人材に刺激を与え、視野を広げたり、視座を上げたりする機会となるため、将来の幹部・経営者人材の育成につながる。目の前の課題だけでなく、中長期的な視点で事業・組織戦略を再設計いただきたい。

※ 食品や医薬品など一定の温度管理が必要な商品を低温で流通させる仕組み

PROFILE
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河村 周平
Shuhei Kawamura
タナベコンサルティング
ストラテジー&ドメイン ゼネラルパートナー
電気機器業界にて営業、営業企画・商品開発部門マネージャーを経て、タナベコンサルティングに入社。業界・規模問わず、企業ごとのコアコンピタンスを生かした事業戦略構築・新規事業立ち上げ支援を得意とする。大学・専門学校などで産学連携型の新規事業開発メンター、経済産業省の中堅・中小企業の補助金審査支援実績など幅広く活動し、顧客と真摯に向き合うスタイルに定評がある。