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研究リポート
顧客創造モデル研究会
顧客創造の仕組みだけではなく、体制や制度等にも注目し、時代に合った“顧客創造モデル”を実現している企業を研究していきます。
研究リポート 2025.05.13

アイデアと技術で顧客を創造するデザイン経営 平安伸銅工業

【第2回の趣旨】
デフレからインフレ経済へと移行する中で、企業が適正な利益を確保し成長するには、新たなファンを創造することが不可欠である。そのためには、営業活動の一環としてではなく、中期ビジョン実現の一環として顧客創造を捉え直し、仕組み・体制・制度を経営者主導で構築する必要がある。顧客創造モデル研究会では、顧客創造の仕組みだけでなく、体制や制度にも注目し、時代に合った“顧客創造モデル”を実現している企業を研究する。
顧客創造モデル研究会の第2回では、三和建設、平安伸銅工業の2社にゲスト講師として登壇いただいた。トップライン向上につながった事業戦略構築の背景や、全社で自走してその事業戦略を実行するために不可欠な風土醸成について、実体験のエピソードを交えながらご講演いただいた。
開催日時:2025年4月22日(大阪開催)

 

「突っ張り棒」のニッチトップメーカー

 

平安伸銅工業は、1952年に大阪・十三を拠点に家庭向けアルミサッシの製造会社として創業した。その後、1975年に日用品メーカーへと事業転換し、現在では「突っ張り棒」の分野でニッチトップシェアを誇る企業へと成長している。しかし、順風満帆な経営を続けてきたわけではない。時にはオフィスを売却するなど、経営難に直面した時期もあった。

特に2010年には、中国企業の台頭による価格競争の激化により、自社商品がコモディティー化するという課題に直面した。これは、多くの製造業が抱える顧客創造上の課題でもある。

こうした課題を解決するため、同社は顧客創造モデルにおいて次の2つのコンセプトを掲げた。「大手企業が狙わないすき間(ブルーオーシャン)で戦う」「トップダウン型から脱却し、ボトムアップ型の経営体制に変革する」である。本研究会では、このコンセプトを軸に、アイデアと技術を活用して顧客を創造する「デザイン経営」について、同社の常務取締役である竹内一紘氏に講演いただいた。


 

デザイン経営=本質を見極め、価値観を可視化する=戦略

 

同社における「デザイン」とは、見た目の良さやおしゃれという観点ではなく、「本質を見極め、可視化する」という価値観を指す。言い換えれば、「デザイン=戦略」である。

デザイン経営の一環として、同社がまず取り組んだのは、これまでの沿革を振り返り、提供価値(世の中から選ばれる価値)を再定義することだった。この過程を経て、同社のミッションのキーワードとして「暮らすがえ」という造語が生まれた。「暮らすがえ」とは、生活者それぞれの「私らしい暮らし」を実現し、空間の価値を変えることを意味する。

このミッションを実現するため、同社は独自の開発ワークフロー「TTUY」を体系化した。「TTUY」とは、「T:創って(企画)→T:作って(製造)→U:打って(販売)→Y:寄り添って(情報収集)」というサイクルを指し、ユーザー目線を忘れないマーケティングモデルを構築している。

 


私らしい暮らしを広げるための当社独自のワークフロー 「TTUY」
出所:平安伸銅工業講演資料

 

 

やりたい(ありたい)を醸成するカルチャーモデル

 

同社の組織づくりの根幹は、「働く社員一人ひとりが意思を持つ集合体」である。単に経営者や上司からの指示を遂行する集団ではなく、社員それぞれの「やりたい」という意志を尊重する組織を目指している。

社員が意志を持つために、同社は「being=内発的動機(どうなりたいか・どうありたいか)」を考える機会を提供している。具体的な取り組みとして、人事制度の改革が挙げられる。従来の業績目標管理を廃止し、社員との対話を重視する制度へと転換した。期初に各社員が「myミッション」と呼ばれる目標をシートに記入し、自身のありたい姿を明確化する。この取り組みにより、社員の能力と心構えの成長を見える化し、長期的な合理性を追求しながら社員に寄り添うカルチャーを醸成している。

 


ありたい姿を社員が記載する「my ミッションシート」
出所:平安伸銅工業講演資料

 

 

社員が共感・自律する土壌づくり

 

平安伸銅工業は、新しいビジネスモデルを創造する起点として、経営者自らが「暮らすがえ」を日常から体感している。竹内社長は、自宅で約100本の突っ張り棒を活用するなど、生活者としての視点を持ちながら経営に取り組んでいる。このように、ユーザー目線を徹底することで、従来の価値観にとらわれないビジネスモデルをデザインし続けている。

同社は「私らしい暮らしの総合体験を創る」をコンセプトに掲げ、2033年度には売上100億円を目指している。この目標を達成するため、同社は単にバリューやカルチャーモデル(風土づくりや制度設計など)を新しく設計するだけでなく、社員が目的に共感し、共感した社員が意志を持って取り組みたいと思えるカルチャーを先に構築することに力を注いでいる。

 


10年後の平安伸銅工業の可能性
出所:平安伸銅工業講演資料

PROFILE
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竹内 一紘氏
平安伸銅工業株式会社 常務取締役