本連載では「チームコンサルティングバリュー クライアントを成功へ導く18のブランド」(ダイヤモンド社、2023年)から抜粋したメソッドをご紹介します。Vol.3では、企業変革のために重要な「事業センス」と「経営センス」のバランスについてご説明します。
「事業センス」と「経営センス」のバランス
右腕が大量に出血しているのを放置したまま、左腕を鍛え始める人はいないだろう。しかし、こと企業経営となると、そうしてしまう会社が意外と多い。例えば、主力事業が赤字なのに、その事実と正面から向き合わず、一発逆転を狙って新しい事業開発を決断したりする。また、トップが好きな事業や思い入れのある事業ばかりに投資したりする。特定領域の経験しか持っていない人がトップに立つと、途端に会社全体のバランスが崩れることもある。全社を客観的に俯瞰できていない、経営資源を掌握できていないからだ。要するに会社に対する正しい現状認識ができていないから、変革のアプローチを間違うのである。
起業するのは、家を新築するのに似ている。まっさらな土地に一から基礎をつくり、その上に柱を立てていく。したがって、屋根からつくる大工はいないだろう。しかし、リフォームやリノベーションは違う。どこからでも着手できる。屋根からでも可能である。そのぶん、図面をしっかり見て分析する目や能力を持たなければ、ぶち抜いた壁の後ろに大事な柱があり、途端に屋根が落ちてきたりする。起業や創業は新築、変革はリフォームであり、リノベーションなのである。図面を入手せずに改革作業に着手してはいけないのである。
私はトップマネジメントのガバナンスを「事業センス」と「経営センス」に分けて分析する。事業センスとは、市場(顧客ニーズ)と自社の強みとの接点、すなわち事業を開発したり成長させたりするセンス(感性)を指す。そして経営センスとは、人的資本、財務(ファイナンス)、管理全般などマネジメントに関するセンスを指す。トップマネジメントのキャラクターは大きくこの2つのタイプに分類できる。
「事業経営」という言葉は、トップマネジメントのチームワークそのものである。しかし、厄介なことに、企業変革やトランスフォーメーション(ビジネスモデル変革)の多くが、事業センスを起点とするという現実がある。〝厄介〟だと表現したのは、事業センスはトップマネジメントのチームワークに取り込むことが難しいセンスだからである。
日本では「企業寿命30年説」が言われてきた(この〝寿命〟とは創業から倒産の存続期間ではなく、実際には「成長のピーク期間」を示す)。これまでの経営コンサルティングの臨床経験からいえば、創業して30年後に一回目の事業変革(トランスフォーメーション)が必要となり、50年後で2回目、70年後で3回目のトランスフォーメーションが必要になる。このタイミングを理解できずに放置しておくと、会社は存続軌道から少しずつ外れ、気づいたときは手遅れになるケースが多い。人間の健康や病気と同じだ。だから、トップマネジメントには事業センスが不可欠なのである。
会社はいつの時代も、4つの道を選択しながら歩んでいる生き物だ。「存続」「売却」「廃業」「倒産」という道である。現在(2023年)、日本で100以上「存続」している会社は全体の1.2%、200年以上存続している会社はわずか0.1%しかない(東京商工リサーチ)。会社は存続すればするほど他の道への選択を迫られる。「会社はつぶれるようにできている」のである。一見好調のように見える会社でも、実際は存続以外の道を歩んでいる可能性がある。
これは、事業センスの後天的な組織習得が難しいことに起因する。会社の成長過程で、事業センスのある人がトップマネジメントとして経営をしていたなら幸運である。何が儲かって、何が成長するのか、どの事業に集中すべきなのか。事業センスは、多数決では決断が発揮されにくいセンス、技術なのである。
高次元の事業センスと経営センスを一人で併せ持つ天才的リーダーは少ない。だからこそトップマネジメントはチームであり、チームワークが大事なのだ。トップマネジメントのチームワークは権限と人員構成のバランスが重要となる。注意すべき点は、組織は規模が大きくなると必ず官僚的になり、管理型の人材が選ばれやすいため、経営センス偏重の人員構成に陥りやすいことだ。管理者の延長線上に経営者がいないことは多い。
経営センスはマネジメント、事業センスはリーダーシップである。トップマネジメントに経営センスは必要な要件である。ただし、事業センスが欠如したトップマネジメントのガバナンスにしてはならない。経営センスから生まれる事業センスを、トップマネジメントのガバナンスに意図して取り込む必要がある