士別市市長 渡辺 英次 氏(左) × タナベコンサルティング 常務取締役 中村(右)
広大な田畑を生かした耕種農業や酪農、畜産など第1次産業を基幹にしながら、年間2万人のアスリートを受け入れる「合宿の里」としても知られる北海道士別市。少子高齢化や産業の担い手不足など多くの課題が山積する中、2021年に48歳で士別市長に選ばれたのが渡辺英次氏だ。人づくりに重きを置き、中長期的な視点から持続可能なまちづくりを目指す渡辺市長に成長戦略を伺った。
第1次産業を基幹に「合宿の里」として士別の魅力を発信
中村 士別市は道北に位置する人口約1万7000人の自然豊かな田園都市です。まずは、地域経済の特徴や成長している産業などについてお聞かせください。
渡辺 士別市は第1次産業を基幹産業としており、中でも耕種農業、畜産業が盛んです。水稲は約2,200ヘクタール、畑作物は約11,100ヘクタールの作付となっており、広大な田畑を市内に有しています。また、1967年からサフォーク種と呼ばれる顔の黒い羊をシンボルとするまちづくりを進めています。これは、当時の青年会議所が主体となってスタートした取り組みであり、羊肉や羊毛製品だけでなく、市の至るところに羊をモチーフとしたデザインを取り入れたり、羊の観光牧場を運営したりと、観光を中心に「羊のまち」を士別市の個性としてPRしています。
中村 夏場でも涼しい気候から、士別市は「合宿の里」と呼ばれているとお聞きしました。
渡辺 長距離陸上種目やウェイトリフティングを中心に、士別市の人口である1万7000人を上回る年間2万人ものアスリートが合宿で訪れています。もともとは箱根駅伝の常連校である順天堂大学とのご縁がはじまりで、1970年代から多くのアスリートに来ていただいています。冷涼な気候に加えて競技者目線で環境を整えていることも多くのアスリートが訪れる理由です。現在、陸上競技用トレーニング施設の整備を進めているほか、夏場に練習できるスキーのジャンプ台も整備しており、道内出身のスキージャンプオリンピアンである高梨沙羅さんも幼いころから士別市(朝日町)で練習されていました。
中村 自然豊かな地域の魅力を産業や観光資源として活用されており、すばらしいですね。
渡辺 ただ、課題も山積しています。例えば、農業は国の農業政策に大きく影響されます。現在も国の畑地化推進事業を受けて、稲作を続けるか、畑地に移行するかの選択を迫られている農家は多くあります。悩みながら経営されているのが現状です。
また、私が市長に就任した2021年はコロナ禍の真っただ中で、観光業を中心に市内の消費が落ち込んでいました。観光業は、いまだにその流れを引きずっている印象があります。インバウンドも含めて多くの観光客に来ていただく工夫をしているものの、国内各地が観光客を取り合う状況になっています。世界情勢も関係して物価高騰が急速に進む中、消費者も事業をされている方も非常に苦慮されているのが市内全体の経済状況だと捉えています。
中村 全国的に担い手不足が大きな社会課題になっています。「未来型農業実践のまち」「羊のまち」として 農業分野に注力されておられますが、持続的に農業が発展していくためにどのような支援が必要なのでしょうか?
渡辺 2つの視点が必要だと思います。1つは、1件1件の農家が儲かるような仕組みづくりや士別市の農家が儲かる仕組みづくりを考えるミクロの視点。もう1つは、国全体として農業はとうあるべきかを考えるマクロの視点です。どちらの視点も大事ですが、そもそも食料は安全保障の根幹です。日本国民の食を農業が守っていることを明確に打ち出して、農業の位置付けを変えていくべき。農家が誇りを持って農業に携われるような農業政策が必要であり、国にも訴えているところです。
中村 農業は社会インフラそのものです。高齢化や後継者不在の農家が多い一方、全国のアグリビジネスを視察する中で農業分野でも社会課題解決型の起業家が増えています。
渡辺 実際に、士別市にもIT業界出身の若者が法人を立ち上げて農業を始めた方がおられます。そこは農家として野菜をつくるだけでなく、加工して販売する6次産業化にも取り組まれています。そうした新規参入も増えていますし、士別市は農家を継ぐ割合が高い方だとも思いますが、それでも担い手不足は深刻です。士別市では新規就農者に対して研修や助成制度を用意していますが、なかなか人材は見つかりません。農業の楽しさや誇りといった魅力を伝えるのは難しいと感じています。
士別市長 渡辺 英次氏
現状と課題を可視化する地域経済循環分析
中村 渡辺市長は、就任後、地域をより豊かにする強い志で「地域経済循環分析」を実施されました。その意図をお聞かせください。
渡辺 2022年から2023年の2年間、コンサルティングを入れた地域経済循環分析調査を実施し、市内の産業構造や経済循環に関する情報の整理と分析を行いました。その結果、市内で稼いだ所得が市内で循環しにくい構造となっていることが分かりましたが、正直に言えば想定内の結果でした。ただ、あえて数値化することに意味があると私は思っています。
中村 現状を可視化することで課題が明確になり、課題を共有することができます。
渡辺 おっしゃる通りです。私が地域経済循環分析を実施した目的は、市民の意識を変えるためです。同じ消費をするなら、市外ではなく市内で消費した方が市民の収入につながります。その収入をまた市内で使うことで市内経済が循環していく。つまり、地域経済の活性化は市民の皆さまの考え方1つで変わることを目に見える形で示したいと考えました。
中村 「士別市地域経済循環成長戦略」では、市内でお金が循環する効果について分かりやすくまとめられています。1人1人の行動が地域を活性化させるという考え方ですが、渡辺市長の座右の銘である「経世済民」にも通じます。
渡辺 消費行動は人の心で変化します。経済が厳しくなるほど、1円でも安いものを求めて消費者は大手小売店に流れます。この地域で言えば、旭川市の大手スーパーに買い物に行くようになりますが、できる限り市内で消費してもらえるような行政支援のあり方を模索しています。
中村 行政支援について、具体的な施策をお聞かせください。
渡辺 例えば、新築助成制度があります。これまでも市内の建設業者で家を建てると100万円を助成する制度はありましたが、用途が自由だったために市外の店舗で消費されて税金が流出していました。そこで、新制度では100万円の一部を市内で使用できるポイントとして助成しています。ポイント導入に賛否両論ありましたが市内経済循環への理解が進むにつれて浸透していきました。
中村 地域の稼ぐ力が高まり、地域で、その資金が正しく循環する「地域循環モデル」本質的な課題でもあり、この実現には、長期ビジョンが欠かせないのではないでしょうか。
渡辺 ここは根幹だと考えています。子ども手当のような一時的な取り組みは評価につながりやすいので、ともすれば政治はそちらに流れがちです。しかし、そもそも子育て世代の給料が高ければ、必要のない支援です。医療で言えば、対症療法と根本治療。目の前で困っている人を助ける対症療法も大切ですが、中長期的な視点から根本的な課題解決を目指す根本治療に取り組むべきというのが私の考え方です。
中村 地域の産業、もっと言えば一社一社の企業のリーダーが成長する、1つの鍵になると考えます。
渡辺 分析自体が利益を生むわけではありませんが、基礎資料として将来の方向性や事業を検討するのに役立っています。農業などの特定の分野だけではなく、あらゆる分野で地域経済循環が重要になりますし、人材交流についても地域循環のような形が必要だと考えています。
タナベコンサルティング 常務取締役 中村 敏之
若者や女性がチャレンジできるまちづくりを推進
中村 タナベコンサルティングでは士別市の「起業フォローアップ・経営支援事業」をサポートしています。市を挙げて若者や女性の活躍を支援されています。
渡辺 私は市長に就任した際、「若者や女性がチャレンジできるまち」を政策の1つの柱として掲げました。他の市町村と同様に、士別市においても少子高齢化や人口減少が進んでおり、特に20~30代が圧倒的に少なくなっています。そうした状況を打開するには、若者や女性がチャレンジできる環境を整えて町の魅力を上げることが重要です。若者と一緒に10年後、20年後の士別市について考えていくことは、行政にとっても良いことです。
中村 チャレンジと言うと起業のイメージが強いですが、事業承継という形でチャレンジされる方もいらっしゃいます。
渡辺 事業承継については行政も大きく関わっており、旅館業で第三者承継が成立した例があります。今後も後継者不在の事業者と親族以外の人材のマッチングも視野に入れながら、人材発掘やニーズ調査を進めていこうと考えています。
中村 旅館業は合宿の里に欠かせない産業です。「起業フォローアップ・経営支援事業」でもサポートしていますが、女性活躍を含めて参加者の成長される姿を実感しています。
渡辺 合宿は、経済効果の面でも注力していきたい分野ですが、人口減少する中で士別市との関係人口を増やしていく意味でも大事にしています。スポーツをまちづくりの柱とすることで、市内において有名な監督やコーチに指導してもらえる機会が生まれます。それは子育て世代にとってもうれしいはずです。合宿を通した人と人とのつながりが長期的な町の財産になると考えています。
中村 渡辺市長は「市民が主役のまちづくり」を掲げ、人づくりに力を注がれてきました。その芽があちこちに出始めています。
渡辺 本事業により、コンサルティングを通して士別市民の専門力が高まっていますし、「士別まちづくり塾」の取り組みでは、さまざまな仕事に関わる人が集まって学ぶ場となっています。人材育成の一環ですが、士別市の取り組みに共感して足並みを揃えて一緒に進んでくれる人が増えており、今後が楽しみです。
中村 コミュニティがあるのは非常に良いことです。相談できたり、アドバイスし合ったり、励まし合ったり、ライバルではなく「勉強仲間」がいるのは心強いと思います。その意味でコミュニティを通して起業家リーダーを育てていくには行政の力が欠かせません。それが風土となれば、起業家や事業承継を望む若者が増えていくと思いますね。
渡辺 各分野、各グループのリーダーを育成すると、彼ら・彼女らが下の世代のリーダーを育成してくれます。3万人以下の町は顔が見える町ですから、事業者同士の情報共有や情報交換もスムーズでニーズも把握しやすい。それが新たなビジネスにつながるケースもあります。大都市ではできないことができるのも小さい町の利点だと思います。
包括連携協定を通して士別市の可能性を広げる
中村 タナベコンサルティングでは、先進企業の実例を通して、最新のデジタルや新規事業などの経営技術や事業戦略を研究する「視察型研究会」を数多く実施しています。その体験を通して、「広い視野で観る、連携する大切さ」を実感していますが、士別市においても、様々な連携協定を結ばれながら、新たな価値づくりに取り組まれているとお聞きしています。今後の連携のあり方についてお聞かせください
渡辺 地方自治体の多くは、民間企業のノウハウや資本をお借りしながら運営していかないと成り立たないのが現状です。士別市では1999年から各種協定を結んでおり、現在は18の地方自治体や企業と包括連携協定を結んでいます。分野は多岐にわたっており、例えば、プロバスケットボールチームのレバンガ北海道やダイハツ工業、ニップンなど。包括連携協定を結ぶことで行政だけでは提供できないさまざまなサービスを提供できるメリットがあります。また、事業者としても事業に還元できるWIN-WINの関係が成立しています。特にコロナ禍以降、非常に増えていますね。そのほか、企業版ふるさと納税にも取り組んでおり、2023年度からスポーツ関連の事業への寄附が一気に増えています。
中村 市が保有するリソースを最大限活用する一方、足りない部分は外部のリソースを活用するアライアンスは、地域の社会課題を解決する有効な手段の1つです。社会的価値を高めたい企業にとって自治体との連携は一丁目一番地。多くの企業を見てきましたが、特に若い世代は社会的価値に大きな関心を寄せています。パーパス経営が注目を集める中、社会的価値を高める地方自治体との連携は、社員のモチベーションを上げるきっかけになるのです。
渡辺 やりがいと誇りを持たないと長く仕事は続きません。それは行政も同じ。職員にやりがいを感じながら働ける環境をつくることは私の責任であり、それが市民へのサービスの質向上につながると考えています。
中村 行政と企業の戦略的なパートナーシップ。これが、「元気な街をつくる」上で欠かせぬテーマの1つであり、それが、行政で働く職員の皆さまのマインドアップにもつながるのではないかと考えています。最後に、士別市のさらなる成長に向けたビジョン・思いをお聞かせ下さい
渡辺 まず喫緊の課題については即刻対応できるよう行政課題の解決に向けて一生懸命取り組んでいきます。その上で持続可能なまちづくりを推進するために、人材育成が重要だと考えています。例えば、顔が見える町ですから、大人も子どもも一緒に参加できる取り組みを増やして郷土愛を培っていくなどです。さまざまな面で自粛を余儀なくされたコロナ禍の3年間は、人づくりの面で大きなデメリットになりました。1回やめてしまった行事や文化的な取り組みはなかなか元通りになりませんが、それを改めて作り直し、楽しい思い出によって愛郷心や郷土愛をつくり、守っていく。そういった地道な活動を着々と続けていくことが最終的に、市民の一体感につながっていくと思います。市民が同じ方向を向けるような仕組みづくりをするのが行政の仕事であり、一体感を盛り上げていくのは市民です。まずは、そのための基礎固めから始めることが重要だと思います。
中村 本対談を通して、起業家・人・市民というキーワードが何回も出てきました。渡辺市長の人づくりに懸ける思いの強さが伝わってきます。目の前の課題に対応しつつ、根本的な課題にも果敢に挑戦することで持続可能なまちづくりを実現できるよう、私たちも企業支援や起業家リーダーシップ育成を通して、サポートして参ります。本日はありがとうございました。