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コンサルティングメソッド
コンサルティング メソッド
タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2024.12.01

独立行政法人における「人材マネジメントシステム」の活用 大木 悠佑

独立行政法人が持つ課題

独立行政法人のクライアントより、「何かを変えたわけではないが、若手職員の離職率が上がっている」「新卒の応募者数が減っており、必要人数を獲得できない」などの相談をいただく機会が増えている。

参考として、総務省「地方公務員における働き方改革に係る状況―令和4年度地方公共団体の勤務条件等に関する調査結果の概要―」(2023年12月)の、過去10年間の競争試験における受験者数、合格者数および競争率の推移、また、過去4年間の中途採用試験における受験者数および採用倍率の推移(共に地方公務員)を見ると、受験者数が減少している中、合格者数に変化はない。つまり、「人材獲得競争において、欲しい人材が獲得できていない」ということだ。同様のことが、独立行政法人、公益財団法人など各法人においても発生していないだろうか。

独立行政法人における人的課題を解決するに当たり、まずは「第1志望で入る職員は何人いるか」「一般企業の魅力に勝るものはあるか」の2つについて考えていただきたい。この問いに答えた上で、定着率に目を向けることが重要である。

人材採用に向けた施策を考えることも重要であるが、競争相手が多い一方、独立行政法人が打てる手は限られている。最優先すべきは、「今いる職員が活躍できる環境の提供」だ。

本稿では、独立行政法人における「人材マネジメントシステム」の活用を、人材の採用・育成・活躍・定着に分けて紹介する。

人材の採用と育成

人材マネジメントシステムとは、人材を採用してから活躍させるまでの人材の流れ、各段階の仕組みを指す。

まずは、人材の採用である。受験者数(応募者数)が減少している中、採用数を変えない。これは、労働力確保の観点で採用基準を下げることと同義である。この基準を下げることはやむを得ないと考えるが、絶対に変えるべきでないもの、絶対視すべきは「理念と個人のマッチ度」である。ここがずれた場合、将来的に定着率を下げる一因となってしまう。ここで重要なのは、採用基準として組織の理念との相性を定めて、それを軸にターゲットの選定・広告の発信などの採用ブランディングを行うことである。

人材採用においては、①採用マーケティング力、②採用ブランディング力、③採用推進組織力が重要である。中でも特に重要なのは、②採用ブランディング力だ。(【図表】)

【図表】人材採用における3つの力

出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
人材を募集する際、「誰でも良いから欲しい」というメッセージは、誰にも刺さらない。自社の理念、強みは何か、それにマッチする人材はどのような人材か、その人材に届きやすいメッセージはどのようなものか、この流れで検討すべきである。例えば、福井県福井市ではオリジナルの人材像を定めて人材採用を推進している。

次に、人材育成である。キャリア志向の高い若手職員が増加している中、現場での活躍イメージを持ってもらうことが重要だ。主な教育手法として、研修では階層別教育・スキル教育・理念浸透教育・キャリア構築教育、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)では、ジョブローテーション・キャリアステップ・エルダー制度などがある。特に不足しがちなのは、理念浸透研修とジョブローテーションである。

理念浸透研修については、定期的な実施をお勧めする。入社当初は志が高く、貢献意欲も高い職員が多い。独立行政法人は貢献価値が高い事業をしているため、当初は両者のマッチ度が高いのだ。しかし、業務を進める中でやりがいを見失う職員も多い。理念は崇高であるものの、日常業務ではその貢献性が見えず、モチベーションが下がってしまうのだ。

そのため、定期的に理念に触れ、業務の意味合いを再確認する時間は、組織一体化の面でも必要である。

ジョブローテーションについては、計画性が重要である。経営側からすると複数の業務を行うことができる職員は貴重であり、職員側からすると、仕事の幅を広げることで将来のキャリアを描きやすくなる。入社してから数年は複数の業務を経験させて、将来的に専門性を高めていくというキャリアは、両方にとって有効である。

また、研修とOJTの連動も重要だ。場当たり的な施策は一貫性がなく、「やっているだけ」になりがちだ。独自の教育プランを策定し、その中の施策の1つとして、先ほど紹介した手法を組み合わせていただきたい。

人材の活躍と定着

人材の活躍を阻害する要因として、人事制度が確立されていないケースがある。特に、独立行政法人の等級定義は曖昧なものが多い。何に従って評価が行われ、どうすれば昇格するのかがブラックボックス化している。

ここが曖昧だと、職員は何を目指して仕事を頑張れば良いのか分からず、モチベーションを大きく下げる。「評価・昇格基準は理にかなっているか」を明確にし、人事制度や評価制度の基準を確立することが重要である。結果として、透明化にもつながる。特に、年功序列型の制度である場合は、一部改定をお勧めする。「年齢が高い=経験値が高い」という論理は通用するかもしれないが、「年齢が高い=パフォーマンスが高い」とは言い切れない。他社がパフォーマンス評価の比重を高め、役割・成果重視で若手職員を引き上げているのに対して、理念なき年功序列型の人事制度のままでは、求職者はもちろん、現在最前線で貢献しているメンバーからも選ばれる確率は相対的に下がる。

最後は、人材の定着である。定着を促すための施策について、まずはエンゲージメントの定期的な調査を検討いただきたい。エンゲージメントとは、「会社に対する信頼感や、所属する組織への愛着」である。「組織のビジョンに共感し、メンバーと相互信頼・協力しながら自主・自発的に仕事に取り組もうとする意欲」と言い換えることもできる。

エンゲージメントを定期的に調査することで、組織と個人の関係性を定量的に捉え、適切な施策を検討することができる。

組織と個人の関係性は、当たり前ではあるが目で見ることができない。その中で、職員の定着率を上げる施策を考えることは、暗中模索の状態で行うようなものだ。人的課題解決に向けてPDCAサイクルを回す上で、職員の声は受け止めるべきである。

ここまで、独立行政法人における人材マネジメントシステムの活用について紹介した。最後に取り組むべきは、自社オリジナルの人材マネジメントシステムを社内外に発信することである。これが他社との差別化を生み、採用競争力の源泉、働いている職員へのメッセージにもなる。

最後にもう一度、「どのような人材が必要なのか」「その人材をどのように採用・育成するか」を考えていただきたい。この基本方針こそが組織の人材戦略であり、各制度を具現化する根本的な思想だ。人に対する思想を持つことが、人的課題を打破する一歩目である。

PROFILE
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大木 悠佑
YUSUKE OOKI
タナベコンサルティング
HR ゼネラルマネジャー

新入社員から経営幹部まで、階層別セミナーの企画・運営を数多く手掛ける。また、製造業・建設業・運送業・サービス業など、さまざまな業界の人事制度再構築支援、社内教育制度構築にも携わり、HR領域におけるコンサルティングを中心にクライアント企業の人材活躍・人材育成に貢献している。