人材マネジメントにおける日本と欧米の違い
日本と欧米では環境・文化の違いから、商慣習や雇用の考え方などが大きく異なっている。そのため、人材マネジメントにおいてもさまざまな点で相違点が見られる(【図表】)。その中でも特に特徴的な違いは、人材採用、人事システム、人事権の3つだろう。
【図表】日本型人材マネジメントと欧米型人材マネジメントの相違点
出所:タナベコンサルティング作成
⑴人材採用(即戦力採用)
人材の流動性が高い欧米企業では主に中途採用が中心であり、企業が求める職務レベルにマッチした人材を、必要なタイミングで採用している。日本企業のような長期育成を前提とした採用ではなく、入社後すぐに活躍できる即戦力を求める採用といえる。
そのため欧米企業では、新卒者の採用においてもインターンシップ(2~3カ月程度の長期間実施が一般的)を重視しており、この期間の実績を踏まえて採用を決める。また、転職では「目に見える実績」が評価の基準になり、ポテンシャルを見込んでの採用は少ない傾向にある。常にスペシャリスト人材を求めているのが欧米型人材マネジメントの特徴である。
⑵欧米企業を支える人事システム(ジョブ型人事制度)
昨今の日本でも「ジョブ型人事制度」というキーワードが一般化してきたが、欧米ではごく当たり前のシステムとして根付いている。ジョブ型人事制度とは、企業が求める職務内容と配置するポジションを明確に提示して雇用契約を結び、労働時間ではなく職務(ジョブ)の価値を評価する制度を指す。契約時には職務内容が明確に記載された職務記述書(ジョブディスクリプション)が提示され、報酬は仕事内容と責任の重さによって増減するのが特徴だ。そのため欧米諸国では、「その職務は契約に含まれていない。私の仕事の範囲ではない」という主張が当たり前に行われる。
⑶人事権のありか(現場分権型)
欧米企業の人事権は、現場へ委譲されている傾向が強い。欧米企業では、最適な組織構築のために必要な職務や能力を現場の管理職が主体的に明らかにし、その要望に沿って採用活動が行われる。そのため、全社での一括採用ではなく、現場が求めている人材を見つけるのが人事部の役割となる。
また、採用した人材には契約時に合意した職務を遂行してもらうのが前提であるため、企業の状況に応じた柔軟な人事異動は行いにくい。仮に異動が発生する場合でも本人の合意を得る必要がある。
欧米企業では短期的な視点に基づいた成果創出を求める傾向が強く、そのための仕組みとして人事権を現場に委譲している。常に最適な組織を構築し、職務を遂行することができるのが欧米型人材マネジメントの特徴である。
欧米型人材マネジメントの未来
昨今の人材マネジメントのトレンドの一つとして、第2回では「ピープルマネジメント」について触れた。ピープルマネジメントとは、仕事そのものの成果だけでなく、個人のモチベーションやキャリア感などに合わせて一人一人の成長を後押しすることで、組織全体の成果を高めるマネジメント手法である。欧米企業ではこの新たなマネジメント手法と分析技術(HRテック)を掛け合わせた「ピープルアナリティクス」の動きが活発化している。
ピープルマネジメントは個人に焦点を当てたマネジメント手法であるのに対し、ピープルアナリティクスはデータに基づく「組織全体」の最適化とパフォーマンス向上を目的としている。これらを組み合わせた新たな動きを一言で表すと、「データドリブン人材マネジメント」と表現できる。すでに米国のOracleやIBM、ドイツのSAPなど大手プラットフォーム企業が世界各国にてサービスを展開しており、「Fortune100」(米国の収益ランキングトップ100)に名を連ねる企業では、社内にピープルアナリティクスの専門チームを有するところも多い。今後はAIなどのデジタル技術を使った分析結果や客観的な情報に基づいた、データドリブンな人材マネジメントが発展していくだろう。
欧米型人材マネジメントから見る日本への示唆
第3回で述べた通り、日本の国際競争力は30年前と比較して格段に低下している。また、人口減少に伴う労働力の低下は避けられず、人材の生産性を高めなければ競争力はますます下がっていくだろう。我々はこの現実を真摯に受け止め、欧米での成功事例や最新トレンドを学んで取り入れていく必要がある。
ただし、欧米での成功事例が自社の成功に直結するとは限らない。環境や文化が異なれば人材への向き合い方が変わるのは当然であり、手法に対する本質的理解や自社を取り巻く環境などの現状認識が浅いまま、やり方だけをまねても失敗に終わる。
持続的な成長を目指すのであれば、従来の日本的な雇用の在り方を大きく変革しなければならない。その際には、これまでの日本の制度や仕組み、諸外国の動向を理解した上で、さまざまな選択肢を組み合わせながら自社に適した人材マネジメントの在り方を模索していくことが求められる。欧米型人材マネジメントの手法は、その参考事例の一つにすぎないのである。
ホテル運営会社で事業戦略の策定、収益改革、人材育成、業務改善などの実務全般を経験後、タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社。人事制度の構築をはじめ、教育体系の立案や現場から幹部層を対象とした各種研修の企画など、各企業の実情を踏まえた戦略人事コンサルティングを得意とする。「人の成長なくして組織の成長なし」が信条。