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コラム
人材マネジメントの流儀
企業が「今」取り組むべき人材マネジメント施策のポイントについて、タナベコンサルティング HR コンサルティング事業部メンバーが徹底解説。実際の企業の取り組み事例を交え、採用から育成、活躍、定着と制度構築まで網羅し、人事の極意に迫ります。
コラム 2024.02.29

Vol.2 人材マネジメントの歴史 三瓶 怜

 

タナベコンサルティングのHRコンサルティング事業部による連載「人材マネジメントの流儀」。第2回は人材マネジメントの歴史から、その潮流を紐解いていく。昨今、人的資本に対する注目が高まっているが、企業経営において“人”が重要視される風潮は今に始まったことではない。例えば、経営の神様と評された松下幸之助が、「事業は人なり」と提唱したのは有名な話である。どの時代においても「人」の重要性は変わらない。しかし、その捉え方は経営環境や時代によって常に変化している。これからの時代、人材をどのように捉えていくべきか――その方向性を見定める。

 

人事・労務管理から人材マネジメントへの変化

「人材マネジメント」とは、企業のビジョンや経営戦略の実現に向けて、人材の生産性を高める管理手法のことを指す。これには社員の成長促進や評価制度、意欲やエンゲージメントの向上施策などが相当する。こうした仕組みを構築・運用することで人材を有効活用し、企業の競争力を高めていこうという考え方であり、バブル崩壊後に誕生した人材の管理手法である。

 

もともと戦後の日本企業における人事制度は「年功序列」「終身雇用」「企業内労働組合」などを軸に構成され、高度経済成長の要因として世界から高く評価された。しかしバブルが崩壊し、企業の倒産やリストラの断行により、「日本型雇用システム」は根底から覆されてしまう。一つの会社に勤め続けるという前提が崩れて転職が一般化し、年功序列型の人事は能力重視型の人事へと変化していった。企業の人材に対する向き合い方に、パラダイムシフトが起こったのである。

 

【図表】人事制度の変化

出所:タナベコンサルティング作成

 

 

人材管理手法の変化

日本型雇用システムの崩壊とともに、人材管理手法も必然的に転換を求められた。それまで人事・労務管理を中心として、評価制度の運用や勤怠管理など限定的な範囲にとどまっていた人事の役割は、景気低迷下での業績の維持・向上に対応すべく広がりをみせる。人材を重要な経営資源であると位置付け、より効率的に人材の力を役立てようという発想である。そのためには、いかにして社員のモチベーションを高め、会社へコミットしてもらうかが焦点になる。こうして人材の活用に着目したマネジメントスタイルとして「人材マネジメント」が生まれた。

 

一口に人材マネジメントといっても、その具体的な手法や考え方は時とともに変化している。「経営戦略の実現に人材をどう生かすか」という人材マネジメントの基本的な考え方を軸としつつも、「人材の生かし方」は一律的なマネジメントから個人を尊重してそれぞれに深くアプローチするマネジメントへと変化する傾向にある。

 

⑴戦略的人材マネジメント
2000年代に入ると、インターネットの普及によって日本社会は急激に変化し、その複雑性も増していった。このような環境下で企業を持続的に成長させるためには、人材マネジメントのレベルを一段階上げる必要がある。具体的には、①経営戦略と人材マネジメントを連動させる、②戦略遂行を担う人材に成果重視型人事を適用する、という取り組みが必要になる。戦略を実現し、企業競争力を高めることを目的に、いかに人材を戦略的かつ効果的に活用できるかに焦点が当てられたのである。

 

⑵ダイバーシティーマネジメントとタレントマネジメント
2010年代には、人材の多様化が進んでいく。例えば、派遣社員や契約社員など雇用区分の多様化や、グローバル化を背景とした国籍の多様化などが分かりやすい例だろう。働き方改革や女性活躍推進などのキーワードが出てきたのもこの頃である。

 

組織に所属する人材が多様化すると、横並びで画一的に管理することが難しくなり、社員一人一人の年齢やライフステージ、性別といったデモグラフィーや働き方の観点からもマネジメントする必要が出てきた。やがて人材の多様性を企業競争力の強化に生かそうという考え方が生まれ、「ダイバーシティーマネジメント」が注目を浴びるようになる。性自認や障害の有無なども含めたさまざまな違いを尊重しながら、多様な能力を生かしてイノベーションを創出することが期待されるようになった。

 

さらに、それらの人材の「質」をマネジメントしようという観点から、一人一人の能力や適性、資質といったスキルや才能(=タレント)に着目した「タレントマネジメント」の考え方が普及していく。個人のタレントに目を向けて適性・能力を発掘し、それらを有機的に組み合わせることで適正配置を行い、能力の発揮を促すものだ。

 

⑶ピープルマネジメントとパーパスマネジメント
2020年以降はコロナ禍を経て、個人にフォーカスする傾向がさらに強まり、ピープルマネジメントとパーパスマネジメントが推進されていくと予想される。

 

ピープルマネジメントとは、仕事そのものの成果だけでなく、個人のモチベーションやキャリア感などに合わせて一人一人の成長を後押しすることで、組織全体の成果を高めるマネジメント手法である。個人のスキルを管理するタレントマネジメントと異なり、ピープルマネジメントはパフォーマンスやモチベーションを含めた変容を促していく。これはつまり、個人の属性やスキルの多様性にとどまらず、働き方やキャリアに対する「価値観」までをも尊重する考え方といえる。例えば、ソフトウエア開発会社のサイボウズ(本社・東京都中央区)は「100人いたら100通りの働き方」があってよいとの考えのもと、一人一人が望む働き方を実現することを標榜している。このように、今後はさらにパーソナライズされた人材マネジメントと進化していくだろう。

 

もう一つ導入が進むと予想できるのが、パーパスマネジメントである。企業によってパーパスの定義は異なり、ミッションや理念などと表現されることもあるが、ここでは企業の方向性を示すものとして同義として扱う。人材マネジメントの視点がますますパーソナライズされる一方、多様な人材を束ねる仕組みとして、企業には理念やビジョンへの共感を生む努力が求められる。「なぜこの会社で働くのか、この会社で何を成し遂げられるのか」という社員体験価値を提供できる人材マネジメントが必要になるのだ。

 

 

高まる人材マネジメントの難易度

このように人材マネジメントのスタイルは、新卒男性を採用して年功で評価するといった一元的な視点から、多様な人材を前提として個人を尊重する視点へと移り変わってきた。この変化に合わせ、人材マネジメントの難易度は高くなってきたといえよう。これらの潮流を踏まえ、経営戦略と整合性を取りながら先行投資を行うことが重要である。これまで以上に、企業と社員が一体となって経営戦略を実現する人材マネジメントに取り組んでいくことが求められる。

PROFILE
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三瓶 怜
Rei Sanbe
タナベコンサルティング HR ゼネラルマネジャー
ホテル運営会社で事業戦略の策定、収益改革、人材育成、業務改善などの実務全般を経験後、タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社。人事制度の構築をはじめ、教育体系の立案や現場から幹部層を対象とした各種研修の企画など、各企業の実情を踏まえた戦略人事コンサルティングを得意とする。「人の成長なくして組織の成長なし」が信条。