【第3回の趣旨】
当研究会では、秀逸なデザイン経営モデルを持つさまざまな企業・団体の現場の「体験」を通じて、研究会のテーマでもある「体験価値」と「自社らしさ」を創る1つの資源であるデザインの力を持って、差別化と高収益を実現するためのヒントを提供している。
第3回は、九州旅客鉄道(JR九州)より既存課題を新たな魅力に転換させる地域価値デザインについてご講演いただいた。福岡の自然の魅力やそこに融合するパートナー企業とどのようなデザインを描いたのかをひも解く。
開催日時:2024年1月29日(福岡開催)
事業開発本部開発部 まち創造担当部長 小池 洋輝 氏
はじめに
九州旅客鉄道は、売り上げの約70%が鉄道事業以外であり、その割合は年々増加している。本研究会の視察先である複合体験型アウトドア施設「ABURAYAMA FUKUOKA」も、同社が手掛ける事業の1つだ。福岡県福岡市油山に位置する市民の森・油山牧場におけるリニューアル事業として、2021年度に福岡市より公募された。
九州において通勤・通学に鉄道を利用する人口は約5%など、鉄道業が苦しい経営環境にある同社は、創業以来事業の多角化を進め、今回はさらに鉄道や駅立地に依存しない当事業への参画を決定。ABURAYAMA FUKUOKAの運営を担うJR九州リージョナルデザインは、2023年4月から始動し、スタートアップ企業との共創・協業も行う。参画する企業にとっては、次の事業展開へのきっかけにもつながっている。また、同施設内のSnow Peak(スノーピーク)は初のフランチャイズ店舗として開店。多くのファンを得ている。
複合体験型アウトドア施設「ABURAYAMA FUKUOKA」
まなびのポイント1:共創プラットフォームのデザイン
同社にとって同プロジェクトは、駅以外の新たな立地で行う次世代のまちづくりへの挑戦となった。脱炭素や循環型社会の構築などに積極的に取り組み、ベンチャー企業を含む多様な事業者と地域住民によるプロデュースのモデル事業となっている。
また同社は、「人と都市と自然の共生」をビジョンに掲げ、福岡の都市ブランディングにつなげることで九州地方の成長を牽引。「福岡の都市ブランディング」=「都心部の再開発」×「人と都市の自然の共生」と考えており、米ワシントン州シアトルや、米オレゴン州ポートランドなどの「第3極」の都市を目指してデザイン経営を推進している。世界の潮流から俯瞰し、同事業を福岡の次代への都市戦略として捉えている。
まなびのポイント2:BACK TO NATURE~人と都市と自然の共生~
ABURAYAMA FUKUOKAは、博多の中心部から車で30分ほどでアクセスできるのも魅力の1つである。森のオフィス「Q-Nature」や自然の中での企業研修、自然保護活動などをはじめとした積極的なSDGs・ESGへの取り組みを行っており、今後はこの取り組みに賛同する企業へのアプローチ強化を予定している。
また、日本を代表するトップクリエイターの佐藤可士和氏が同プロジェクトをトータルプロデュース。「都市のブランディングから日本のブランディングまで行いたい」という思いを掲げる佐藤氏と同社がタッグを組み、ビジョン・スローガン「BACK TO NATURE」を策定するなど、福岡の都市ブランディングを推進している。
ABURAYAMA FUKUOKAの全体図
まなびのポイント3:体験価値と社会価値のデザイン
同社は、「油山を豊かな日常にする」、また「自分の日常、福岡の日常」をコンセプトにさまざまな取り組みを実施している。例えば、森づくりや畑づくりといった自然とのふれあいや、ギャラリーや森のヨガなどの趣味・アート体験など、訪れた人との共創体験やイベントを自分事化してもらうよう体験をデザインしている。
そのため、現在は広告宣伝費はほとんど使わず、施設利用者やマスメディアによる情報発信をプロモーションのメインとしている。利用者の体験や目に映る感動が、そのままSNSで発信され共感を呼ぶことで、新たな顧客が生まれる善循環を生み出しているのだ。
また、スノーピークは台湾、韓国、香港などアジア圏にファンが多く、福岡空港が近い立地を生かしたインバウンド効果もあり、世界に向けた都市ブランディングの一躍を担っている。
初のフランチャイズ店舗となるスノーピークの店内