バブル崩壊を契機に1990年から「失われた30年」が続いた日本経済が今、大きく変わろうとしている。企業を取り巻く環境の転機を感じさせる事象や経済データが、いくつも現出し始めているからだ。
例えば、2023年の賃上げ率(春闘ベース)は3.58%※1、日経平均株価は3万円台が定着。どちらも約30年ぶりの高水準である。また、2022年度の消費者物価指数は実に41年ぶりのとなる前年度比3.2%※2の上昇となり、デフレ経済からインフレ経済へ一転した。
これらの変化を見ると、まさに「30年のパラダイムシフト」「構造転換期」を迎えていると言えるのではないだろうか。
昨今のインフレ率の高止まりなど、決して全てがプラスの要素であるとは言えないが、「新しい30年サイクルがスタートする」可能性や期待が高まりつつある。
一方、2020年代前半は、事業が20年に一度程度のサイクルで新陳代謝を繰り返す、いわゆる「事業サイクル20年」という節目に当たるタイミングでもある。
すなわち、現在は「経済サイクル30年」と「事業サイクル20年」、この2つのサイクルが交わり、ある意味全く新しい時代へと突入する転換点なのだと捉えたい。
そして、その時代を正しく成長していく鍵、それが「地域や社会の課題を解決することで持続的に成長する」、つまり社会課題解決分野の事業化であり、企業の存在意義や貢献価値のアップデートにあると考えている。
【図表1】日本経済の30年サイクルはコロナ禍を抜け、次のサイクルへ転換
出所 : タナベコンサルティング作成
行政との戦略的パートナーシップを経営オプションに
一方、多様化かつ複雑化する時代背景の中、事業活動においても「戦略的なアライアンス」の重要性が高まりつつある。「何をやるかは、誰と組むかに大きく左右される」時代だ。
「地域や社会の課題を解決する」社会課題の事業化視点でのアライアンスを考えるならば、「行政との戦略的パートナーシップ」も経営オプションとして加えるべきだと、タナベコンサルティンググループ(TCG)は近年提唱している。TCGもこの領域での「貢献価値」創出に力を入れている。
TCGが価値発揮できる領域は「地域の実情を踏まえた企業支援、それらを通じた地域や社会への貢献」であり、トップ・アプローチを通じて蓄積してきた「経営者リーダーシップ支援と、それらを通じた地域創生」である。例を挙げると、ある地方自治体とは「農業のプロを経営者にする」というコンセプトで、実践事例を取り入れた経営者育成研修を実施。地域の農業経営の発展の一翼を担う取り組みを進め、長期視点に立った経営モデル構築を支援している。
また、別の自治体では「県内にある複数の地域企業の女性活躍」のための取り組みを実施。規模や産業(業種)特性を踏まえつつ個別に支援する内容で、ダイバーシティー経営へのアップデート推進の一助となるよう支援している。
「専門人材を経営者リーダーシップ人材へ導き、事業の生産性や付加価値を高める」「地域や産業の実情に応じたダイバーシティー経営を推進し、人が活躍できる企業(ひいては地域社会)をつくる」という支援事例を通して、あらためて強く感じるのが「行政との積極的かつ戦略的なコミュニケーションと連携」の重要性である。
理由は、大きく2つ。1つ目が、従来から言われてきたことではあるが、多様な社会課題の解決に1企業で向き合うには、リソース(経営資源)が決定的に不足してしまうという視点である。
もう1つの理由は、近年、顕著に見られる構造的変化と言える。それが、「地方公共団体と民間事業者の役割の変化」(【図表2】)で示される、「役割変化が生み出す新たなマーケット」が創出されつつあるという点である。その背景にあるのは、地域や社会課題が複雑化・増加する一方、行政側の財政がひっ迫し、かつ職員のマンパワーも相対的に不足気味という事実である。
【図表2】地⽅公共団体と⺠間事業者の役割の変化
その結果、これまでの関係性はどちらかと言うと地方公共団体が上(事業を委託し費用を支払う側)、民間事業者が下(サービスなどを提供し費用を受け取る側)であったが、昨今は文字通りパートナー関係へと変化しつつある。つまり、地方公共団体は課題に関する情報やリソースを提供し、企業は顧客らとともにマーケットイン型の事業開発を担うようになってきているのである。(【図表3】)
【図表3】地⽅公共団体と⺠間事業者の連携
出所 : 経済産業省地域産業基盤整備課「経済産業省の官⺠連携の取組について〜地域・社会課題をビジネスの視点で解決するために〜」(2023年2月)を基にタナベコンサルティング作成(図表2、3)
「事業化型の社会貢献」企業の増加
地域や社会の課題の透明化や事業化に必要な数値化・データの不足に加え「誰一人取り残さない」という理念を大切にするがゆえに(非常に大切な理念ではある)、ターゲットや成果が曖昧になりがちなど、課題も決して少なくない。しかし、それらを乗り越えて「社会課題解決型事業」を柱の1つに据えるべく、企業活動が活発化してきているように感じる。
いくつか事例を紹介すると、A社は「ロジスティクスを通じた地域創生」を掲げ、「災害発生時のサプライチェーンを維持し、物流による社会のレジリエンス(復旧力)向上」を目指し、頻発、激甚化する災害に対応している。
具体的には、災害が発生してから対応する「待ちの姿勢」ではなく、事前に事態を想定して対応する、いわゆる「事業化型の社会貢献」を具体化するという高い志でBCP(事業継続計画)物流支援事業を立ち上げ、100を超える自治体との連携を進める強い意志で事業化へ向けた取り組みを強化している。
一方、医療介護向けにデジタルサービスを提供するB社は、「生まれてから亡くなるまでの健康を管理する」というテーマを掲げ、子どもから高齢者までを対象にしたtoC(対消費者向け)、医師や看護師、栄養士、ヘルパーなど企業や法人従事者を対象にしたtoB(対事業者向け)に加え、自治体の子育て支援者や高齢者福祉担当者、地域包括センター職員といったtoG(対行政向け)まで、3つのチャネルでサービスを展開。
そうすることで「社会課題解決型」の独自のヘルスケアプラットフォームを構築し、「地域社会の健康を包括的に支援する」というミッションと事業の成長を両立させている。同時に、その使命を世界へ向けて進化させるべく、志ある長期ビジョンを発信している。
また、建設事業を展開するC社は、公共事業における民間資金や経営能力・技術力を活用し、公共施設の設計・建設から運営までを行う社会資本整備事業(PFI事業)を1つの柱に据えるべく、経営トップ直轄のプロジェクトチームを立ち上げている。建築、土木、住宅、不動産などの事業部を超えた「地域企業による、地域経営資源(地域産材や地域企業連携モデル)を生かした、地域のまちづくり支援」の事業化提案(自治体への逆提案)を活発に行い、着実に成果を上げつつある。
ここで取り上げた企業はほんの一例に過ぎないが、共通しているのが「利益を上げてから、社会へ還元する」のではなく、「社会へ還元するからこそ、利益が上げられる」と考え、主力事業として取り組んでいる点である。そして、こうした社会課題を事業化する企業は今、確実に増加傾向にある。
マインドセット
多くの企業家マインドを持った経営者の方々とディスカッションを重ね、社会課題解決の事業化へ挑戦する企業を支援していく中で、ポイントとなる考え方の1つだと感じるのが「地域開発から地域経営へのマインドセット」だ。
例えば、東海地域で人口減少や従来型産業の空洞化と戦いながら、「賑わいの創出」や「働きやすい」「わくわくする」街づくりなどへ挑戦する建設会社の2代目社長は、「社会課題解決事業」を成功に導くポイントについて「地域プロデュース、地域を経営する」ことだと表現する。
言い換えれば、「地域のあらゆる経営資源を認識し、徹底的に活用する」ことができるか。「ないものねだり」をせず、「持てる経営資源で戦い、成果を上げる」。まさしく経営活動そのものを地域や社会に応用していくことで、価値(成果)をいかに創出していくかである。
そして、企業家マインドを持った経営者だからこそ、ルールや仕組みづくりができ、いわゆる「地域経営モデル」を実現できるのだ。
一方、経済産業省が2021年度に実施した「社会課題解決型の企業活動に関する意識調査」によると、社会課題解決型企業活動のルール形成に取り組んだ企業のうち、2009~2019年度の売上高の年平均成長率(CAGR)は約4%と、日本企業のCAGR(約0.8%)を大きく上回っている(【図表4】)。この調査結果からも分かるように、社会課題解決型のビジネスモデルづくりや市場創出に取り組んできた企業は、着実に成果を上げ始めている。
【図表4】社会課題解決型企業活動のルールづくりに取り組んだ企業の売上高の年平均成長率
出所 : 経済産業省「社会課題解決型の企業活動に関する意識調査」(2022年3月)を基にタナベコンサルティング作成
「地域プロデュース」。新30年サイクルのスタートに当たっての新たなキーワードであり、企業価値を高める取り組みとして、ぜひ検討いただきたい。
※1 連合(日本労働組合総連合会)「『未来につながる転換点』となり得る高水準の回答~2023春季生活闘争 第7回(最終)回答集計結果について~」(2023年7月)
※2 総務省統計局「2020年基準 消費者物価指数 全国 2022年度(令和4年度)平均」(2023年4月)
「次代の後継者、経営者リーダーシップ創造なくして企業なし」をコンサルティング信条とし、事業・組織特性を踏まえた、ドメイン・セクター別事業戦略の構築と実装に注力。「ビジョンマネジメント・コンサルティング(VM経営)」を通じ、100年発展モデルへチャレンジする企業・組織の戦略パートナー。