差別化のマーケティングから「覚悟」のマーケティングへ:商品ジャーナリスト サイバー大学 IT総合学部 教授 元『日経トレンディ』編集長 北村 森×タナベコンサルティング 若松 孝彦
差別化は“結果”
覚悟が共感を生み、人を動かす
若松 本誌では連載コラム「旗を掲げる!地方企業の商機」を執筆いただきありがとうございます。毎月、楽しんで拝読しています。北村さんは商品ジャーナリストとして各地の元気な企業やリーダー、商品を精力的に取材されています。コロナ禍の前後でどのような変化を感じますか。
北村 日ごろから商品を通して企業を見ていますが、変数が増えたことで先が読みにくくなったと感じています。経営者やマネジメント層にとっては、突き付けられるものが増えたのではないでしょうか。
若松 複雑さや不確実性を含め、以前と比べてビジネスを左右する変数が格段に増えていることを私も感じます。
北村 そうした中、気になっているのが「差別化」という言葉です。地域おこしや中央官庁の会議に出席した際、よくこの言葉を聞きますが、最初から差別化を志向する戦術には無理があると感じています。
もちろん、差別化のマーケティングが重視された時代を否定するわけではありませんが、今は差別化のマーケティングではなく、「覚悟」のマーケティングが必要ではないかと考えています。取材を通して見えてくるのは、コロナ禍でも踏ん張って成果を上げている企業、あるいは成果を上げるべく動いている人は、差別化をそれほど意識していないということ。結果として差別化されているように思います。
若松 差別化の先にあるものを求めないと、どうしても表面的な製品・サービスになってしまいます。私たちも「唯一無二、One&Onlyな価値を求めよう」と提言しています。
北村 その通りです。最初から差別化にとらわれると、よそばかりを見て袋小路に入ってしまいます。しかも、今は成熟市場でない領域はほとんどありません。例えば、新たな製品・サービスであっても、すぐに先行者利益を感じられないほどキャッチアップされてしまう。だからこそ、唯一無二、他社がどうであろうと「私はこれで行く!」という覚悟を持つことが重要です。
もう1つ、覚悟のマーケティングの背景にあるのが「共感」というキーワードです。コロナ禍において、消費者は共感を重視する傾向にあります。では、共感は何によって得られるのか。無理矢理見つけ出した差別化のポイントでしょうか?価格でしょうか?あるいはメディア戦略でしょうか?変数が多い時代に企業や製品・サービスが生き伸びていく理由は何か――。あらゆるジャンルの製品・サービスについて3年近く取材を続けた結果、私は「共感を生むのは覚悟」だと考えています。
企業は存在価値以上に貢献価値が問われている
若松 2020年に始まったコロナパンデミックを、私は「世界同時リセット」と表現しました。世界中が死の恐怖に直面してひどい心理状況に陥りましたが、全員が危機を打開するために知恵を出し始めた。そこから出てくる知恵を私は「貢献」と呼んでいますが、覚悟にも通じるものを感じます。
北村 貢献というキーワードで思い浮かぶ事例があります。まさにコロナ禍によって社会がリセットされたとき、音楽家の今井了介氏が「さきめし」というプロジェクトをスタートさせました。外出自粛で収入がなくなった飲食店の資金繰りを応援するために、アプリを使って飲食店のチケット(食券)を先払い購入する仕組みです。
発起人の今井氏は著名な音楽家であり、東日本大震災の際に衣食住に関して支援できなかったことに忸怩たる思いがあったそうです。2020年3月にスタートしたさきめしは全国の飲食店から喜ばれ、自治体単位で登録するケースや、同年5月にはサントリーグループが1億円拠出するなど支援の輪が大きく広がりました。コロナ禍で飲食に関する最初の動きをつくった1つがさきめしだったと思います。共創の理念が発揮されると、そこに共感が生まれる。共創は協業やコラボレーションと違って企業の業種や大小も超えるのだと思いました。
若松 「本当に求められているものを提供する」。世の中の困り事に対して経営資源を投下する覚悟は、差別化のマーケティングを超えた価値観です。コロナ禍は、それが事業会社の役割であることを明確にしました。今ほど企業が社会から求められている時代はありません。
北村 なぜその会社があるのか。なぜ自分が経営者なのか。まさにそこが問われています。今井氏がさきめしをスタートした背景には、2011年から抱き続けている思いがあったから。それは覚悟でしかありません。
若松 差別化より先に思い(覚悟)があり、共感を生んで新たな事業、展開が広がっていく。リセットされた状況ですから、さきめしなどの既存の枠組みや役割にとらわれない挑戦が世の中を動かすきっかけになりました。
社業に直結しない覚悟が企業のプレゼンスを高める
北村 もう1つ、重要なのが「誰がやるのか」です。覚悟は社業に貢献しない可能性があります。ところが、覚悟して始めたことが回り回って企業のプレゼンスを高めるケースもあります。その好例が「紋別タッチ」です。
紋別タッチは、ANA(全日本空輸)を使って東京・羽田空港と北海道・オホーツク紋別空港を日帰りで往復することですが、同便は1日1便。羽田へ帰る飛行機は到着の40分後に紋別空港を離陸するため、セキュリティーゲート外の滞在時間はわずか20分しかありません。往復運賃は9万円以上、特定便割引でも約3万5000円掛かるのに、2021年夏ごろから利用者が急増しています。目的はプレミアムポイント(ANAグループが定めるプレミアムメンバーステータス獲得条件の1つ)の獲得ですが、それならば1日に何便もある沖縄に行った方が効率的で観光も楽しめるはずです。
それなのになぜ、紋別タッチが盛り上がっているのか?不思議に思い、2021年秋に取材に行きました。実は、紋別市は1989年にJR北海道の名寄本線が廃線になり、札幌市から紋別市までは車で約5時間、旭川市からでも約3時間かかるため、地域医療に関わる医師は出張という形で羽田空港から飛行機で紋別市に通っているそうです。ある種の社会課題です。
若松 もし、羽田空港・オホーツク紋別空港往復便が廃線になると医師不在になりますね。
北村 その通りです。比喩ではなく、羽田空港・オホーツク紋別空港往復便は地元の人にとっては生命線ですが、コロナ禍で同線の搭乗率は30%台まで落ち込みました。30%台と言えば廃線候補に挙がる数字です。そうした状況を、紋別セントラルホテルの常務・田中夕貴氏が航空マニアの集うSNSで伝えたところ、その声に多くの人が呼応したのです。
また、田中氏も毎日、昼休み返上で空港の2階デッキからウェルカムボードを掲げて紋別タッチの利用者を出迎え、出発の際も手を振って見送りました。すると、田中氏に共感した空港スタッフが紋別タッチ専用の月替わりステッカーやスタンプカードを作ったり、売店スタッフも紋別タッチの来訪客に喜んでもらえそうなお土産を探すようになったりと、関わる人が変わり始めたのです。その結果、搭乗率は7ポイントほど上がりました。
若松 田中氏の覚悟が伝わり、共感が生まれたのですね。ただ、紋別タッチは日帰りですからホテルに宿泊してもらえません。社業には直結しない活動ですが、地域には貢献しています。
北村 おっしゃる通り、紋別セントラルホテルの社業には必ずしも貢献していません。しかし、田中氏が最初に動いたことで紋別は救われました。紋別タッチをきっかけに紋別ファンが増えて、何回も訪れる人は珍しくありません。2021年夏から2022年秋までの約400日間で、最も多い人は110回も紋別タッチを利用しています。30回、50回という人はざらにいます。結果として、その中から宿泊を伴う「紋別ステイ」をする人も出てきて、紋別セントラルホテルに泊まる人も増えているそうです。