日本経済のターニングポイントに描くグローバル・ビジョン
コロナ禍によるグローバル経済の寸断やサプライチェーンの混乱、ライフスタイルの変化、各国の新型コロナ対策格差などに加え、ロシアによるウクライナ侵攻に伴う世界的な資源価格の高騰は、インフレ対策としての欧米諸国の金融緩和収束や利上げも相まって急激な円安を引き起こしている。日本企業のグローバル戦略の舵取りが未知の局面に立たされている中、タナベコンサルティングは2022年9月16日、「グローバル戦略フォーラム」を開催。特別ゲスト3社による講演と、タナベコンサルティングのコンサルタントによる講演をリアルタイムで配信した。
※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。
大和総研:不確実性を増す日本及び世界経済の展望
経済調査部 日本経済調査課長
シニアエコノミスト
神田 慶司氏
2004年一橋大学経済学部卒業、大和総研入社。内閣府出向などを経て、2019年より経済調査部日本経済調査課長。専門は日本経済、財政・社会保障で、著書は『この1冊でわかる世界経済の新常識2022』(日経BP社、2021年11月、共著)など。テレビ出演多数。現在、参議院 企画調整室の客員調査員も務める。
長期的視点と成長分野を見極めて海外進出を図る
不安定な世界情勢下においても、国内市場の縮小などを考えた場合、日本企業のグローバル戦略は不可欠である。そこで重要になるのが、世界情勢を読み解き、リスクを回避しながら成長分野へ投資を進めることだ。
海外市場の動向については、米国では個人消費や雇用が足元でも堅調ではあるが、高インフレが続いており、大幅かつ急速な利上げの影響で景気後退リスクが高まっている。米国に比べて経済状況が深刻なのがヨーロッパである。ロシアからのエネルギー依存度が高く、ウクライナ危機の長期化でエネルギーの価格高騰や調達難に直面しており、経済活動が急速に悪化している。
日本は経済正常化で欧米に後れを取っている。しかし見方を変えれば、インバウンド消費や日本人のサービス消費、自動車の生産において回復余地が大きい。欧米のような深刻なインフレは発生しておらず、財政・金融の両面で緩和的な政策が実施されている。大和総研では、厳しい外部環境の中でも経済正常化が景気を下支えすることなどにより、2022、23年度の実質GDP成長率は+2%前後で推移すると見込んでいる。
グローバル戦略を進める上で重要性を増しているのが、「経済安全保障」の観点である。中国やロシアといった権威主義国家と、日本や欧米などの民主主義国家との対立は長期化するだろう。効率性や安さを重視して構築されてきたサプライチェーンは見直しを迫られており、今後は紛争や経済摩擦によりサプライチェーンが寸断されないように、安定性を重視して進出する地域を見極めなければならない。
最も安全な国内生産に切り替えるという考え方もあるが、国内では人口減少が長期的に進み、特に働き手の減少が深刻になる見通しだ。国立社会保障・人口問題研究所の中位推計によると、働き手の多くが含まれる20~65歳人口は2065年までに4割ほど減少すると見込まれている。生産や販売を行う上では、国内と海外でバランスよく事業を展開する必要がある。民主主義など同じ価値観を共有でき、同じルールでビジネスができる国や地域を選んでいただきたい。
経済安全保障を重視することで事業コストは増加するだろうが、企業収益の拡大と両立させるためにも、大きな成長が望める領域へのアプローチが重要となる。自前主義にとらわれず、国内外の企業との間でオープンイノベーションを進めるなどして、高品質かつ付加価値の高い製品・サービスの開発、販売を進める必要がある。
今後は、「安全保障」「成長分野」「高付加価値」というキーワードを念頭に入れつつ、進出する地域や分野を見定めることが不可欠になる。1、2年という短期ではなく、5年や10年といった中長期の視点で経営戦略を策定することが望ましい。
グローウィン・パートナーズ:日本企業のグローバル戦略とクロスボーダーM&A
フィナンシャル・アドバイザリー事業部
海外FA部 部長
田内 恒治氏
JETRO(現日本貿易振興機構)、Hotta Liesenberg Saito LLP東京事務所(現HLSグローバル)を経て、三菱UFJリサーチ&コンサルティングに入社し、日本企業の海外戦略コンサルティングと同社のホーチミン事務所長を兼任。アジア・欧米の幅広いネットワークと知見を活用した海外戦略立案、パートナー探索からクロスボーダーM&A、戦略的資本提携の実施に至る一気通貫のアドバイスを実施。2021年グローウィン・パートナーズ入社、現職。クロスボーダーM&A、海外戦略立案コンサルティングに携わる。
「現状維持」の企業は減少傾向
日本企業の海外進出に対する意識は、コロナ禍の影響で一時的に減少したものの2021年には回復し、2022年に入ってからはクロスボーダーM&Aの案件が着実に増えている。
海外進出の目的は企業によりさまざまだが、主に、【図表1】の4パターンが挙げられる。)
【図表1】海外進出の類型
その多くは国内を中心に構築してきた事業モデルを海外にどう水平展開していくかがポイントになる。最大の懸念は、海外の独特な市場環境を正しく認識しないまま、進出の意思決定をしてしまっている企業があるることだ。
「日本での成功モデル」を前提にするのは危険
過去20年間もマイナス成長が続き、人件費や物価がほぼ横ばいの日本と、1年単位で大きく変化している海外の国々では、事業環境が異なる。特に意思決定や行動を起こすまでのスピード感覚は、日本とかなりギャップがあると認識しなければならない。
海外事業を始める際に検討すべき特殊性として、【図表2】の3つが挙げられる。
【図表2】海外事業展開の3つのポイント
まず、国ごとの制度や文化の違いを十分に理解することが重要である。次に、事業環境の綿密な調査・分析も重要となる。また、基本的な経済成長率のギャップから、パートナー候補のバリュエーション(企業価値評価)が高めに算出されることも珍しくない。海外ならではの事業環境をしっかりと調査・分析した上でパートナー候補を絞り込んでいくことが大切だ。
国内M&Aとは違って、海外事業は買収後も常に親会社のコミットメントが不可欠である。そのため、買収を検討し始めた段階から買収後の経営モニタリング手法を十分に検討しておく必要がある。しっかりとしたロードマップを策定しておけば、地に足のついたグローバル展開が期待できる。