建設イノベーションフォーラム
ゲスト:積水ハウス、大林組
建設業の未来課題に向き合う実践経営
顧客ニーズの変化やDX(デジタルトランスフォーメーション)、働き方改革の推進などを背景に、業界構造や消費者のライフスタイルの変容が進む中、タナベ経営は2022年5月24日、「建設イノベーションフォーラム」を開催。特別ゲスト2社による建設業の未来課題についての講演と、タナベ経営のコンサルタント3名による講演をリアルタイムで配信した。
※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。
積水ハウス:ESG経営のリーディングカンパニーを目指して
代表取締役 副会長執行役員
堀内 容介氏
1980年積水ハウス株式会社入社。2016年4月取締役就任。2020年6月ESG経営推進部門・経理財務部門・業務推進部門担当。2021年2月財務・ESG部門、TKC事業担当。2021年4月代表取締役 副会長執行役員就任。2022年2月ESG経営推進本部長就任、現在に至る。
住宅メーカーである積水ハウスは、「持続可能な企業であるためにESG経営は必然である」という考えを基に、サブビジョンとして「ESG経営のリーティングカンパニーに」を策定した。
2020年6月にはESG経営推進本部を設置、ESG経営の基本方針の企画立案、推進を担っている。同社のESG経営は、「全従業員参画」「先進的な取り組み」「社外評価向上」の3要素で構成されている。
ESG経営に関する主な取り組み
1.脱炭素社会への取り組み
2008年に2050年までの脱炭素化を宣言。2009年にはCO₂(二酸化炭素)を50%以上削減する住宅を販売、2013年にはZEH(ゼロエネルギー住宅)の販売を開始した。2021年には、戸建て住宅のうち92%がZEH、賃貸住宅では約4割がZEHになっている。
2.男性育児休業の推進によるお客様・従業員・社会の幸せを実現
育児休業前の事前打ち合わせによる仕事の見直しや助け合いの風土醸成を通じてワーク・ライフ・バランスを調整。会社の制度とすることで、人材の採用・定着、魅力的な会社などの社会的価値を創造。育児休業取得者は、育児の経験を基にお客様への提案力が上がり、サービスの向上につながる。この好循環を通して、女性活躍推進・少子化対策など社会へ貢献している。
3.ガバナンス改革の取り組み
2018年より、ガバナンス改革に向けた取り組みを開始。主な取り組みは、①トップマネジメントレベル(取締役会の透明・活性化、役員報酬制度の見直し、執行役員制度改革など)、②事業マネジメントレベル(インテグリティマネジメント研修、グループガバナンスの体制の強化など)、③グループ従業員レベル(ヒューマンリレーション研修、法令研修、ガバナンス意識調査など)の3つである。
これらの結果として、コロナ禍においても売上高・営業利益・株価ともに成長している。今後は、ESG経営への全従業員参画を目標に、「会社がESGに取り組んでいる」状態から、「人としての目標にESGがあり、その中に会社の目標がある」状態を目指す。
大林組:事業基盤の強化と変革の実践に向けたデジタル変革
DX本部 本部長室長
安井 勝俊氏
1990年4月株式会社大林組入社。東京本社電子計算センターに配属。社内システム開発、先端ICTの調査・研究等を担当。グローバルICT推進室部長、グループ経営戦略室経営基盤イノベーション推進部部長、デジタル推進室デジタル推進第一部長などを経て、2022年2月より現職。
総合建設会社の大林組は、グローバルな社会情勢の変化、中核事業である国内建設業の状況、「中期経営計画2010」の総括を踏まえ、企業理念である「持続可能な社会の実現」に向けて、新たに「中期経営計画2020」を策定した。事業基盤の強化と変革の実践に向けたポイントは次の3つである。
1.BPRによる抜本的な業務プロセス変革
人と紙を前提としたプロセス、また、業務システムおよびデータが作業化されているという問題を背景に、業務のデジタル化を推進。作業プロセスの見直しにより、「デジタルと人が高度に連携して行う」ことを前提とする業務プロセスへの移行に着手した。
まず、業務の棚卸しや蓄積データに着目し、BPR(業務プロセス全体の見直し)でどのようなプロセスがベストかを検討。次に営業から竣工まで、情報を一気通貫で管理する「一気通貫情報システム」を構築した。
同システムの運用ポイントは、①プロジェクトの進捗状況を可視化し共有する、②回覧、承認を電子化し証跡をデータとして残す、③業務の根拠をシステムにデータとして残す、④蓄積したデータを積極活用する、の4つである。
業務プロセス変革のポイントは、①業務プロセスの変革は組織横断の取り組みとなるため、旗振り役の組織編成と関係部門の当事者意識の醸成、②自社内でデジタル化との親和性の高い事業・業務から着手、③前述の2つと並行してデータを活用するための基盤整備を進める、の3つを押さえていただきたい。
2.BIM生産基盤への完全移行による建設事業の情報基盤強化
2008年より、BIM※の利用部門と他産業の動向調査やBIMソフトの思考検証を開始。2014年4月にBIM推進室を設置し、6年間はより多くの社員にBIMの啓発・教育と、BIM関連ソフトの利用環境の整理を行った。2017年より、建設業界でのBIMへの意識が高まり、BIMによる業務全体最適を進めた。
BIMを推進する上で重要なのは、社員のマインドセットの変革である。仮にシステムを導入しても、使用者の意識が低ければ機能を最大限に発揮できないからだ。
※ コンピューター上に作成した主に3Dの形状情報に加え、室などの名称・面積、材料・部材の仕様・性能、仕上げなど、建物の属性情報を併せ持つ建物情報モデルを構築するシステム
3.バックオフィスのデジタル変革とサイバーリスクへの先見的な対応
事業基盤の強化に向け、「社内データの統合・活用」「システムのスリム化」「業務の自動・省人化」「デジタル人材の育成」の4つの柱でDXを推進。情報セキュリティーの強化については、①2001年に制定された同社セキュリティポリシーを全面刷新しグループ会社にも適用、②大林組シーサート(セキュリティ事故の対応チーム)の体制見直し、③全従業員からの誓約書の受領、この3つを推進した。情報セキュリティの強化もDXの1つである。サイバーリスクに対する先見的な対応が重要だ。
タナベ経営:10年先を見据えた建設業の在り方
ストラテジー&ドメイン東京本部 本部長代理
石丸 隆太
金融機関にて10年超の営業経験を経てタナベ経営に入社。クライアントの成長に向け、地に足の着いた熱い指導で、「着実に成果を生み出す」ことを信条にコンサルティング展開。営業・財務戦略立案~実行を中心に、「決めたことをやり切る」強い企業づくりを推進している。
建設業の未来予測
1.働き手の不足と建設業の2極化
総合人材サービス会社であるヒューマンリソシアの調査によると、2030年には建設技術者は3.2万人、建設技能工は23.2万人が不足すると予測。また、少ない就職希望者の争奪により、大手ゼネコンには人が集まり、中小企業には人材が集まらないといった人材の二極化が進むと言われている。
出所:ヒューマンホールディングスのHPより引用
2.価値観の転換
今後、企業にはSDGsの達成やESG投資、カーボンニュートラル(脱炭素化)など社会的な役割が求められる。事業を通して世の中を良くしていかなければ、生き残れない時代になった。
3.建設業におけるデジタル分野の誕生
人手不足を背景に、建設業のAIやロボティクスの導入などのデジタル化が加速している。建設・基礎資材事業などを手掛ける野原ホールディングスの調査によると、アンケート回答者のうち、66.2%が「デジタル化に対応できないと将来に不安がある」と回答した。だが、企業にとってこれは大きなビジネスチャンスであり、自社の市場をつくるきっかけにもなり得る。
まずは、自社で経営環境による危機感やDXの重要性などを共有し、DXビジョン策定に時間をかけて取り組んでいただきたい。今、できる、できないではなく、長期的な目線で自社の課題解決に取り組んでいくことが重要だ。
タナベ経営:人材への投資で企業体質強化を実現する
執行役員 HR東京本部
川島 克也
経営全般からマーケティング戦略構築、企業の独自性を生かした人事戦略の構築など、幅広いコンサルティング分野で活躍中。企業の競争力向上に向けた戦略構築と、強みを生かす人事戦略の連携により、数多くの優良企業の成長を実現している。
建設業の2024問題
2019年に施行された「働き方改革関連法」。建設業界では2024年4月から適用されるが、猶予期限が2年後に迫っている。建設業に影響のある主な法改正は次の2つだ。
1つ目は、時間外労働の上限規制(原則月45時間かつ年360時間)である。また中小企業においては、2023年4月1日より月60時間超の時間外労働に対して、割増率50%の賃金を支払わなければならない。1カ月の残業時間を60時間以内に減らすことが喫緊の課題である。
2つ目は、「同一労働同一賃金」という考え方である。正規雇用労働者と非正規雇用労働者の不合理な待遇差をなくすというものだ。建設業で支給される各手当(出勤・危険・資格・特殊勤務手当てなど)については、これまでは正規雇用労働者のみ支給していたものを、2024年4月以降は非正規雇用労働者にも支給しなければならない。手当ての扱いの見直しが必要となる。
建設業にとって、前述の「2024年問題」はハードルの高い課題と言えるが、これをチャンスと捉えていただきたい。企業競争力の源泉である人材に投資することで、企業体質強化を実現するのだ。
建設業における働き方改革の意義は、「人材力の確保と生産性・価値向上」である。推進のポイントは次の3つだ。
1.人事KPI(重要業績評価指標)の設定
中長期期経営計画を実現するために必要な人材基盤の確立と、人的資本目標の見える化である。リーダー人材・有資格者・技能者・DX人材・デザイナーなど、自社の競争力の象徴であるプロフェッショナル人材に対する目標値の設計が重要だ。
2.社内アカデミー
社内アカデミーは、戦略(人事KPI)の実現を加速する人材育成システムである。あるべきプロフェッショナル要件と現状を比較して、スキルギャップを見える化し、ギャップを埋めるための施策にまで落とし込んでいただきたい。
3.エンゲージメント
エンゲージメントとは、従業員の会社に対する愛着心や思い入れを表す指標だ。従業員のエンゲージメントを高めることで、従業員が高い意欲を持って業務に取り組み、高品質なサービス・行動で顧客満足度の向上につながる。まずは、エンゲージメントを構成する主な要素を参考に、社内でのエンゲージメントの見える化を進めることが重要である。
タナベ経営:今こそ、ビジョンをつくろう
企業にとって、創業時から受け継がれてきた経営理念は不変であるが、ミッションやビジョン、その実現に向けた中期経営計画は、時代に合わせて「変化」することが重要であるとタナベ経営は提言している。
【図表】タナベ経営が提言する理念体系図
VUCA時代において、事業ポートフォリオの配分決定から投資計画の策定までをビジョンの中で意思決定していただきたい。上位概念であるミッションやビジョンを定めなければ、中期経営計画や年度方針に落とし込めないからである。
ビジョンに必要な要素は、【図表】の4つある。積水ハウスと大林組にはサステナビリティ・ESG経営、DXの2つについて提言いただいたが、その振り返りを行いたい。
1.ESG経営のポイント
①「ESG経営は必然」という決意
②KPIの設定で透明性・実効性を担保
③社外評価の向上(ESG評価機関や各種アワードの受賞など)
2.DXのポイント
①デジタル人材の育成
②デジタル化による業務の変革
③情報セキュリティーの強化
まずは、経営環境の変化を前提とした「10カ年ビジョン」を策定することが重要だ。ビジョン作成の際には、サステナビリティ・DX・M&A・グローバル戦略の4つの要素を入れていただきたい。4つの要素を経営戦略に落とし込まなければ、例えば、「SDGsバッジを付けていれば大丈夫」といった表面的な施策になりかねない。最後に、全従業員参画型の仕組みをつくり、ビジョン実現に向けた取り組みを推進していただきたい。