その他 2022.06.01

Vol.81 その新商品は何のためか:小沢製作所

小沢製作所組み立て式たき火スタンド「MOSS FIRE」

ステンレスプレートを組み立てて使用するたき火台。プレートはわずか1mmと薄くコンパクト。洗練されたデザイン、機能性などが評価され、2021年度のグッドデザイン賞を受賞した。ソフトケースのセットは2万3000円(税込み)、アルミケースのセットは2万7500円(同)

 

 

ブームに乗った成功なのか

 

今回、この原稿のタイトルを「その新商品は何のためか」と付けました。そんなこと自明じゃないかと思われるでしょうか。シェアを取って売上高を伸ばすためかもしれませんし、その市場が有望視されているから攻めるという狙いかもしれません。

 

でも、新商品開発の目的が曖昧というケースも少なくありません。私がこの目で見てきた例で言いますと、農作物などを6次産品化するような場面など、まさにそうです。「行政からの助成金制度があるから、とりあえず何か作ってみようか」というところから商品開発を始める事業者が珍しくないのです。

 

それではヒットはおぼつかず、あまたの商品の中に埋もれてしまいがちです。そのような商品を展示会などで目にすると、「ああ残念だなあ」と感じます。素材が良いと、なおさらです。

 

さて、今回取り上げる商品は、たき火台です。

 

2021年、クラウドファンディングで目標金額の2523%に当たる757万円超の支援を得て、勢いを付ける形で、その後、一般販売をスタートさせました。昨今のクラウドファンディングのプロジェクトは、その数があまりにも増えていることもあり、100万円台に乗れば成功の部類とも考えられますから、700万円台というのはかなりの実績でしょう。

 

商品のヒットは、このところのアウトドア人気を受けてなのか。それもあるでしょう。近年のグランピングブームに加え、コロナ禍のためにアウトドアに余暇の楽しみを見いだす消費者は多いですから。

 

ところが、メーカーに話を聞いてみたら、「決してアウドドア人気にあやかるために開発したのではない」と断言するのです。

 

どういうことなのでしょうか。

 

 

業界参入が目的じゃない

 

「MOSS FIRE」という名の、このたき火台、価格は2万3000円(税込み)からです。開発したのは小沢製作所という東京都青梅市の町工場。もともとは精密板金製造を得意とする企業で、一般消費者向けの商品とは縁がありませんでした。それがまたなぜ、消費者を相手にしたアウトドアグッズを製造・販売したのか。

 

普通に想像すると、次のいずれかでしょう。キャンプブームに乗っかりたかった。あるいは、業界を取り巻く環境が厳しいから消費者向けの商品領域にウイングを広げようと判断した。

 

同社の小沢昌治社長に尋ねたら、実はそのどちらでもないと言うのです。それどころか、「キャンピングメーカーになるのが目標ではありません」とも言い切ります。だったらどうして?

 

「この会社の魅力を外に伝えること。これに尽きます」(小沢氏)。本当にそうなのですか。小沢氏は言葉を重ねます。「間違いありません。自分たちの技術力をどう伝えていくか、そのためにはどんな存在が必要かを考えた結果です」

 

つまり、たき火台を開発するのが出発点ではなく、「小沢製作所が培ってきたものをどんな形で世に知らしめていくか」が企画立案の原点であり、目的でもあった。

 

聞くと、ここは最後までぶれなかったようです。だからこそ、強い商品をものにすることができたのかもしれません。単にブームの波に乗っかろうというのでは、無難な線を行く商品設計に終わってしまい、すでに市場をにぎわせている先行商品の中に埋もれてしまってもおかしくなかったでしょう。

 

 

既存のたき火台への疑問

 

では、この「MOSS FIRE」、具体的にはどんなたき火台なのか。

 

本体は5枚のステンレスプレートから構成されています。それらを使い、2種類の形と大きさに組み立てることができます。パズルを扱うようなイメージですね。それともう1つ、岩場のような平坦ではない場所でも安定する構造となっています。これもまた美点でしょう。

 

金属加工がお手のものという企業らしい商品設計であると、私には感じられました。ただし、それだけではないのです。このたき火台が反響を呼んだのには、さらに理由がありました。それは、持ち運びが極めて楽である点です。本体と専用のアルミケースを合わせても1.9kgと軽量なだけでなく、サイズそのものがかなりコンパクトなのです。そこが見事に受けた。

 

どうしてこのサイズ感に?小沢氏が順を追って説明してくれました。

 

「私たちがたき火台の開発を始めた時点で、すでに類似商品を販売する企業は、町工場のようなところだけでも10社以上はありました」。それらに加え、大手アウトドアブランドのたき火台も確認していくうちに、小沢氏はあることに気付いたそうです。

 

「なぜ、たき火台がかさばるサイズになるのか。それは、長いまきが入るようにするためなんです」

 

しかし、「本当に誰もが長いまきを使うのか」。小沢氏はそう考えました。「特にソロキャンプ(1人だけの時間を楽しむキャンプ)となりますと、必ずしも長いまきを使うとは限りません」

 

ああ、そういう捉え方をされたのですね。私はとても重要な着想であると感じました。

 

既存の業界各社が当たり前のことと踏まえていた部分に切り込む――。そこにヒットの芽が隠されていることって、よくありますよね。

 

長いまきが収まることよりも、携行性こそを大事にする。これで商品開発の方向が明確に決まりました。すなわち、「ポータブルでも本格的なたき火ができるパーソナルギア」(小沢氏)です。

 

 

デザインを社内で完遂

 

それにしても、なぜそこまで思い切れたのか。既存製品の常識に疑問を呈したプロセスは見事でしたけれど、ターゲットユーザーを絞り込んでしまう恐れもありますよね。小沢氏は言います。

 

「そもそも私たちは『自分たちが扱う金属の強みをどう生かすか』だけを、まず考えたわけです。自社でこそできることは何かと」

 

ここで先の話に戻るわけです。アウトドア業界に打って出るのが目的ではない。1つの商品開発を通して、自分たちの持ち味をいかに広く伝えるかに狙いを定めた。だからこそ、“業界のよそ者”であることがマイナスとならず、むしろプラスに働く(既存概念にとらわれず、加工技術を生かすことに専心する)ような開発経緯をたどれたということですね。

 

ちなみに、このMOSS FIRE、本体のデザインワークも同社の中で完遂させたそうです。自社の強みをとことん生かしきるとは、そういうことなのかもしれません。

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。