【図表】鈴木敏文氏の「顧客目線の仮説検証ロジック」
顧客主義・CRM(顧客関係管理)などに代表される、顧客満足度(CS:カスタマー・サティスファクション)向上を主要成功要因として捉える経営論については、少なくとも20、30年以上前から積極的に議論されている。
代表的な例は、大手コンビニエンスストアチェーンのセブン-イレブン・ジャパンだろう。同社の創業者である鈴木敏文氏は、当時の経営における常識を「顧客目線の仮説検証ロジック」で次々と踏破し、常識を覆してきた。(【図表】)
鈴木氏は、常に徹底した顧客主義を貫き、強力な仮説検証力を駆使して「仮説検証型経営」を実践してきた。経営ノウハウの分析が進んだ現在から見ても、当時の鈴木氏のように、必ず主語を顧客にして商品・サービス設計を行い、粘り強い仮説検証を徹底し、顧客の約半分をリピート顧客化する「収益加速モデル」を構築できる企業が多くいるかと問われれば、即答は難しいだろう。これは、既にCSを超えた先の、顧客体験価値(CX:カスタマー・エクスペリエンス)を追求する経営モデルだからである。
この収益モデルが、コンビニエンスストアという一般消費者に最も身近な業態で展開された結果、CXから商品・サービスの価値を見直す動きが加速したと言っても過言ではないだろう。これは裏を返せば、徹底的かつ多角的に顧客視点を貫き、想定される批判・否定に耐え得る商品・サービスを世の中に提供しなければ、現在の市場では勝ち残れないことを意味している。
少なくとも、鈴木氏が貫いた仮説検証型経営の中心には常に顧客がいた。顧客と企業とのタッチポイントで発生し得るあらゆる体験をデザインしたのが鈴木氏だとすれば、同社の成功は、マーケティングの先を超えた、ある種の愛にあふれたサービス精神が成し得た成果だという見方もできるだろう。
筆者はコンサルティングをする中で、マーケティングやブランディングに明るくない企業から、ある程度まで自走しているものの成長が鈍化している企業まで、多くの事情や課題に直面してきた。その経験を基に、成長している企業と停滞している企業の特徴について、CXの観点から整理する。
まず成長している企業は、利益に対する考え方が停滞中の企業とは異なる。前者は、利益を「顧客を喜ばせるための原資」と考えている。企業活動を続ける目的を単なる「企業の生存維持」とは捉えず、「顧客に喜んでもらうために企業としてどのように成長すれば良いか」と考え、具体的な行動にまで落とし込んでいる。
そこには、数字のために成長を強いられる苦しい現場の姿はない。顧客のために利益を上げ、上がった利益で社員のモチベーションを上げ、顧客にさらなる感動体験を贈るという好循環が生まれるモデルが出来上がっている。その原動力は、まぎれもなく「CXの最大化」だろう。
一方で、成長鈍化に悩む企業は、直面している課題を自社目線のみで認識し、目の前の商談に対してのみ関心が高く、それ以外については視野狭窄になる傾向がある。その多くは、顧客のために「早く・安く・良いもの」を提供することが自社のミッションだと思い込んでいる場合が多い。
早い・安い・良いは、長らく日本企業が日本市場で勝ち残るための条件だと考えられてきたが、企業としての勝利の定義が多様化している現在、少なくとも10年、20年先の経営を配慮するならば、正しい条件とは必ずしも言い難い。事実、そのような企業の多くは競合他社との価格競争に巻き込まれている。
私はこのような事態を引き起こす原因こそ、「自社目線のCX」であると考えている。ここで言及するCXは「顧客体験価値」ではない。同じ略称だが、意味が全く異なる「企業の期待(CX:カンパニー・エクスペリエンス)」である。これは、「自社が期待する通りに顧客を動かしたい」という自社本位な期待が膨らみ、冷静な判断や将来の可能性を阻害してしまっている状態を指す。
企業の成長を目指すには、自社本位の経営戦略から脱却し、顧客目線に立ってCX(顧客体験価値)の向上を図っていかなければならない。次項では、CXの向上において有効な手段である「顧客・採用応募者目線を意識したデジタル体験の開発」について紹介する。
経済産業省は、2021年8月に公開した「DXレポート2.1」の中で、デジタル産業を目指す企業が抱える3つのジレンマについて言及している。その中で、全企業共通のジレンマと言われる2つを紹介する。
❶危機感のジレンマ
1.目先の業績が好調のため変革に対する危機感がない
2.危機感が高まったときにはすでに変革に必要な投資体力を失っている
❷人材育成のジレンマ
1.技術の陳腐化するスピードが速く、時間をかけて学んだとしても習得したときには古い技術となっている
2.即座に新技術を獲得できる人材は他社に引き抜かれてしまう
危機感のジレンマを回避するには、常にCXを追求する姿勢を持ち、進化する技術を進んで取り入れ、顧客体験の量的・質的向上を図ることが肝要である。すなわち、いま獲得している利益は、「現在のCXを一段上に高めるための原資」と捉え、急速に変化する世界においても、顧客が幸せであり続けられるように努めることが重要だ。
人材育成のジレンマを回避するためには、経営者を筆頭に全社員のITリテラシーを高め、採用応募者目線で自社の魅力開発に努めるほかない。
この2つの着眼点を基に、顧客・採用応募者目線のデジタル体験の開発を軸とするDXの在り方を提言する。すなわち、デジタル・エクスペリエンス開発を軸としたデジタル・トランスフォーメンション(DX:Digital Transformation)をもって経営改革を推進してはいかがだろうか。