経営環境が急激に変化する中、企業は大きな変革期を迎えている。同時に、雇用関係に対する考え方も変化し、これまでの「雇用する側」「雇用される側」という主従関係から、「双方がビジョンを果たすために取り組む」協調関係へと変化しつつある。
背景には、労働市場や社会情勢の変化、法改正が挙げられる。まずはその状況を確認していく。
1.少子高齢化による生産年齢人口の変化
逆ピラミッド型の人口構成になることは何年も前から想定されていたものの、手を打ち切れず、定年制度や再雇用者の処遇に苦慮する企業が多く見られる。役職定年制度の導入、再雇用者の評価制度の見直し、固定から評価連動型への給与体系変更、定年延長への対応と業務分担の見直しなどを検討する企業も多い。
2.働く環境の変化
テレワークの普及により、働く場所・時間などの概念が大きく変わり、働き方はこの1年で多様化が進んでいる。テレワーク中の勤務態度や仕事ぶりを懐疑的に見るマネジャーもいるが、マイクロマネジメントは物理的にも、マネジャーの負担から見ても良い方法とは言えない。業務を任せ、成果で判断することが求められる。
時間に関しても自律的なコントロールが必要であり、結果的にパフォーマンスに差が出ている。そのため評価制度やマネジメント方法、個人のマインドも変革しなければならない。
3.「働き方改革」関連法に基づいた生産性向上への対応
働き方改革の実現には、生産性向上が必須だ。これまでの「所定労働時間、真面目に働くことが存在価値」という概念が変わってくるのである。この点は時代にマッチしており、各社が生産性向上のためにさまざまな取り組みを継続している。
しかしながら、評価制度においてはまだ変革しきれていないと言えよう。対策として同一労働同一賃金、ジョブ型人事制度などが挙げられているが、欧米型のマネジメントや雇用契約は日本の実情とは異なり、そのまま日本企業に適用することは難易度が高い。そのため、自社に適した人事制度への見直しが必要となる。
働く側の意識も大きく変化している。クラウドサービス・コンサルティング事業を手掛けるリスクモンスターの調査※によると、転職の経験があると回答した人は56.6%で、経験がない人(43.4%)を上回る結果となり、2人に1人は転職を経験していることが分かった。また、転職経験者の65.1%が複数回の転職を経験していたという。
こうした変化にもかかわらず、“新卒至上主義”とも言える従来の人事戦略から抜け出せず、メンバーシップ型の採用と育成を続けている企業は多い。その結果、自社が育成した優秀な人材が他社に流れてしまっているのだ。
新卒採用は重要な戦略ではあるが、環境変化を踏まえた戦略への転換を考えるべきである。例えば、「新卒採用のキャリア人材はゼネラリスト(総合職)を前提として人数を絞り、さまざまな事業を経験してもらって将来の幹部に育てる。一方、スペシャリスト(専門職)は中途採用を中心に雇用する」という戦略である。
旧態依然とした人事戦略を続けていては、環境変化に取り残されてしまう。働く側の意識が大きく変化している今こそ、企業も変革すべきタイミングなのである。
※リスクモンスター「第1回『社会人の転職事情アンケート』調査」(2021年2月)
【図表1】人材ポートフォリオ
近年、「戦略人事」というキーワードを耳にする機会が多い。戦略人事とは、簡単に言うと「経営戦略や事業戦略と連動した人事」だ。つまり、人事は管理機能ではなく、戦略的にマネジメントする機能であり、「経営戦略・事業戦略の実現=経営」に直結する、という考え方である。混沌とした時代において、場当たり的な人事戦略ではなく、経営理念・ミッションをベースにした、事業戦略を実現するための人事戦略が必須なのである。
このような考え方を、当然のように感じる方も多いだろう。これまで経営者自身が事業と経営のバランスを取ることで成り立ってきた企業が多いためである。しかし、複雑化した現代において、経営者自身が細かな人員計画やスキル体系を組むことは現実的ではない。そのため、人事部門を戦略人事へアップデートし、より経営者が判断しやすい戦略へ転換することが必要となる。戦略人事を実現するために重要な3つのポイントについて、それぞれ整理していく。
事業戦略と連動して、採用・配置戦略を変えなければならない。事業推進のために必要な人材をどう定義すべきかを議論し、新卒・中途採用の位置付けを見直す必要がある。
事業推進のために必要な人材について議論する際、これまでは「幹部人材を輩出する」という考え方に陥りがちであった。しかし、これからの時代においては、【図表1】のように人材のポートフォリオから考えると整理しやすい。縦軸と横軸はさまざまな考え方ができるが、【図表1】では縦軸を組織と個人、横軸を非定型業務(創造的業務)と定型業務(運用業務)とし、整理している。
どのような事業であっても、一定数のオペレーション人材は必要となる。「マネジメント人材を目指すことが是である」という従来の思考にとらわれ、オペレーション人材でいることを望む社員に「やる気がない」「見込みがない」などとレッテルを貼ることのないよう意識したい。
スペシャリスト人材に関しても、「マネジメントができない人材」という前提で配置するケースも散見される。これからの時代、新たな商品・サービス・技術を生み出し、自社の差別化を推進する人材であるにもかかわらず、それに見合った待遇や配置、業務分担ができていないのである。
いずれにせよ、まずはこれからの事業推進のために、どのような人材を増やすべきかを考える必要がある。
ここで、タナベ経営がコンサルティングしたシステム開発企業A社の事例を紹介したい。A社ではマネジメント人材の層に30%程度が配置されていた。しかしながら、実態としては部下を持たない課長が複数名存在するなど、名ばかりの状態となっていた。
そこで、ポートフォリオを軸に人事戦略について議論した結果、「熟練のオペレーション人材」が事業成長に大きく貢献することが明らかになった。マネジメント人材は全体の15%程度、産学連携などで研究を進める人材は3~5%程度。その他となる大半の人材にはオペレーション人材として専門業務を究めてもらい、「現場を推進するプロジェクトマネジャー」を増やすことが重要との結論に至った。
結果的に、新卒採用に関しては、将来のマネジメント人材を主体に進める方針で大規模採用はせず、毎年一定数を採用し、代わりに中途採用数を増やしてオペレーション人材の熟練を育て、プロジェクトマネジャーを増やしていく配置を推進している。