その他 2021.10.01

経営戦略としてDXを“実装”する:タナベ経営 取締役 戦略総合研究所 本部長 奥村 格

DXの目的は競争優位性の発揮

 

タナベ経営は、DXの定義について「外部環境の激しい変化に挑み、データとデジタル技術を活用して、製品、サービス、ビジネスモデルと業務、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争優位を確立する」としている。つまり、DXの目的は競争優位性の発揮であり、経営戦略そのものであるということだ。

 

そもそもトランスフォーメーション(変革)とは質の変容をもたらすものであり、「カイゼン」の域を超えている。しかし、多くの企業は部分的な取り組みに終始し、成果も限定的なものにとどまっている。これは「デジタルの活用」にすぎない。部分的に変えるのではなく、意義や構造から見直すことが肝要である。

 

コロナ禍の影響で、「顧客に会えない」「移動ができない」「システムが古くて使えない」といった日常の危機に直面し、DXの必要性を強く感じた企業は多い。しかし、これらは予想外の事態ではなく、「来るべき未来が前倒しで到来している」だけだ。DXの潮流に即した経営改革を断行できない企業は、10年後に自社の存在価値そのものを問われることになるだろう。

 

DXの形は作ったもののうまく機能していない企業が多い中で、「DXを“実装”」できた企業が競争優位を獲得し、持続的発展のパスポートを手にすることになる。ここからは、DXを経営戦略に実装するための考え方・プロセスを明確にしていく。

 

単に経営戦略へ取り入れるだけでは、DXを“実装”したとは言えない。局所的にデジタルを採用して、それぞれをパッチワークのように接ぎ合わせるのではなく、1枚の絵を描くように全体構成を設計する必要がある。DX実装に必要な5項目は、【図表1】の通りである。

 

 

 

【図表1】DX実装に必要な5項目

出所:タナベ経営作成

 

 

 

 

ミッションの再定義

 

DXはあくまで手段であり、まずは目的となる「ミッション」を再定義する必要がある。ミッションとは、「社会における役割」であり、自社の存在価値を示すものであるがゆえに、顧客・社員・地域・株主など全てのステークホルダーに共感されるものでなければならない。

 

したがって、自社の「唯一無二」の提供価値を、社会の変容に合わせて定義し直す必要がある。ミッションは「道しるべ」であり、DXを推進する上での判断基準としての役割を持つ。実装段階で必ず原点に立ち返って、「本当に必要なのか」を問うためにも重要なのだ。

 

ミッションなき戦略は自社に混乱をもたらし、本来のあるべき姿を見失ってしまう。そんな状態では、デジタルを使ってもトランスフォーメーションは実現できない。ミッションがあるからこそ、全社員でDXを推進することができ、競争優位性が生まれ、DXの価値が実装される。

 

社会全体が変容し、新しい価値観が生まれる中で、自社の価値をより多くのステークホルダーに届けるための手段として、DXが必要なのだ。経営者は、DXを考える前に「自社のミッションは何か」をしっかりと再定義し、ミッション実現のためにDXが必要であることを全社員の共通認識として発信することが重要である。

 

 

経営戦略に2つのXを組み込む

 

ミッションの再定義に加えて、2つのX(トランスフォーム・クロス)を経営戦略に組み込み、DXを自社に実装するための土台を整える必要がある。

 

(1)トランスフォーム

 

社会の変容に合わせて再定義したミッションを実現するために、従来の発想を超えて自社を変革し、競争優位性を発揮する。これが「トランスフォーム」である。

 

デジタル化へ着手する前に、自社がトランスフォームした姿を描くことが重要である。ミッションを実現するために、ビジネスモデル、業務プロセス、組織を最適な形に書き換えた中長期ビジョンの策定を推奨する。

 

また、策定においても、新しいアイデアを生み出し、従来の発想を超えて自社を変革するためには、若手~中堅社員・幹部候補クラスを中心とした「ジュニアボード」形式で中長期ビジョンを策定するのが望ましい。

 

ジュニアボードとは米国を発祥とする社内制度で、若い中堅幹部や社員を「青年役員」として任命し、経営全般やビジョンなどについて役員と同じように問題を討議してもらい、そこで生まれた若い人の感覚によるアイデアを役員会に意見具申させ、良い点を取り入れていこうとするものである。後継体制の構築や戦略思考の教育にも用いられる。

 

ジュニアボードの参画メンバーたちは、社会と自社の関係性において、ほどよく客観的な視点を持っているため、発想の枠を超えるアイデアを生み出すことができる。

 

(2)クロス

 

トランスフォームと併せて検討しなければならないのが、「クロス」である。クロスは「掛け合わせる」ことを意味する。

 

業界や市場、企業の垣根を越えて既存のビジネスとテクノロジーを掛け合わせ、新たな価値や仕組みを生み出すことを「X-Tech(クロステック)」と言う。この言葉が示すように、ミッション実現のためには外部と「X(クロス)」し、オープンイノベーションを積極的に取り入れることで、価値や仕組みを再構築することが求められる。自社にできないことは外部と連携し、よりミッション実現の可能性を広げる。このクロスを中長期ビジョンや経営戦略に組み込むことが、DXには必須と言えるだろう。

 

クロスするパートナーに最も求められるのは、コストや機能、実績ではない。自社のミッションに共感し、実現するために一緒に取り組んでくれるかどうかである。相互の共通認識、信頼関係がなければクロスとは言えず、新しい価値は生まれない。自社の強みを生かし、かつミッションを実現するために必要なパートナーやテクノロジーは何か、いま一度じっくりと検討すべきである。

 

変革は一朝一夕では実現できない。だからこそ、デジタルを経営戦略に組み込むことで変革スピードを向上させ、フィジカル(物理的)だけでは実現できない価値を創出することができるのである。