アフターコロナを見据え経営戦略見直しの動きが加速
中期経営計画の公表企業数(2021年1~6月)が前年同期比2.5倍(594社)に急増
中期経営計画(以降、中計)を公表する企業が急増している。企業不動産(CRE)の活用支援会社であるククレブ・アドバイザーズの調べによると、2021年1~6月に中計を公表した企業が594社に上り、前年同期(237社)に比べ2.5倍と大幅に増えた。(【図表1】)
【図表1】中期経営計画の公表社数の推移(上半期)
要因は、言うまでもなくコロナ禍だ。新型コロナウイルス感染症の拡大で、テレワークの浸透や巣ごもり消費など社会全体の仕組みが大きく変容した。またDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展や脱炭素社会への動きなど経営環境が急激に変化したため、多くの企業が対応を迫られたとみられる。
2020年度の年間ベース(2020年4月~21年3月)の中計公表社数は558社に上った。同社が中計に記載された文言を業種別に分析したところ、全業種で最も多かったのは「環境系ワード」(SDGs、ESG、脱炭素、再生可能エネルギーなど)だった。脱炭素社会の実現に向けた施策が、大半の業界で喫緊の経営課題になっていることがうかがえる。(【図表2】)
【図表2】東証主要業種別/中期経営計画のホットワードトップ3(2020年度、カッコ内は提出社数)
次いで「人材系ワード」(人材戦略、人材育成など)、「デジタル系ワード」(DX、AI、5Gなど)、「新規事業系ワード」(新規事業創出、イノベーション、新規事業立ち上げなど)も目立った。ワクチン接種が世界的に進んでいることから、アフターコロナを見据えた戦略構築の動きも強まっている。
日本IR協議会が2021年4月に公表した調査結果※では、中計を策定している上場企業900社超のうち半数近く(45.1%)が「現時点で中計や長期ビジョンを修正する必要はない」と答えた一方、「理念や方向性は変えないが、実現に至るアプローチや目標数値は修正作業を進めている」(37.2%)という企業も多い。中計・長期ビジョンの大方針を維持しつつも、現実的対応を探る動きが見てとれる。今後、既存計画の改定や目標取り下げを発表する企業も相当数、出てきそうだ。
中計公表社数の急増から、コロナ禍で慌てて中計を作る企業が増えたように映るが、実際はコロナ禍前から増加傾向にあった。生命保険協会の調べによると、中計を公表する上場企業は2020年度で8割(86.1%)を超え、5年前の2015年度(75.4%)に比べ約10ポイント増加している。また、公表企業の大半が売上高や経常利益、ROE(株主資本利益率)などの数値目標(KPI:重要業績評価指標)も併せて開示している。
中計の公表は、社外からの信頼度を高められるほか、目標数値であるKPIを全従業員と共有し、その実現に動くことで会社が成長していくメリットもある。これは上場企業だけでなく、中小企業も同じだ。会計クラウドサービス会社のYKプランニングの調べによると、従業員数30人以上100人以下の中小企業に「KPIを共有して目標に掲げ、進捗を追うことで会社が成長すると思うか」と尋ねたところ、経営者の約6割(66.1%)、従業員の約5割(51.2%)が「はい」と回答した。
一方、中計で最も問題視されているのが達成率の低さである。TOPIX500(金融を除く)銘柄における中計開示企業249社のうち、3期先の目標値(売上高や経常利益など)を達成できた企業の割合は20%を下回るという研究結果もある(【図表3】)。従業員の士気向上を狙い、あえて高い目標を掲げた企業が多いためとみられるが、株価を高く上げるため過大に見積もった予想を開示した可能性も指摘されている。
【図表3】中期経営計画の項目、予想期間別の達成銘柄比率
立派な中計を公表しても、目標の水準が高すぎて達成できない計画は“おとぎ話”でしかない。だが、達成を重視するあまりに弱気で手堅すぎる計画でも、目指す価値がない。ルネサンス期を代表する芸術家のミケランジェロは、人間にとって最大の危険は「低すぎる目標を立て、それを達成してしまうこと」という名言を残している。低すぎる目標は人間から志を奪う。
中計の策定に際しては、過去の達成状況を振り返り、理想と現実のバランスを測定し、定性・定量目標の在り方を見直すことが重要だ。また従業員との個別面談やミーティングを通じ、目標達成に対するモチベーション向上を図りつつ、重要指標の実績・進捗管理を行うことが求められる。
※日本IR協議会「2021年『IR活動の実態調査』結果」(2021年4月21日)