「ホールディングスというのは、一時の流行りではないのか?」ホールディング経営のコンサルティングをしていると、時折、経営者からこのような質問を受ける。こういうとき、私は次のように回答している。「○○ホールディングスという名称は一時の流行かもしれないが、ホールディング経営というスタイルはこれからの時代の成長に必要なものなので、恒久的な経営体制となり得る」その理由、つまりホールディング経営の必要性や望ましい在り方について、本稿で詳述していきたい。
今から約四半世紀前の1997年に純粋持ち株会社が解禁されて以降、ホールディング経営スタイルは一貫して増加している。その流れは当初、上場企業など大手を中心としたものであったが、ここ数年は中堅・中小企業にも波及してきており、タナベ経営も多くのホールディング経営体制構築に関わっている。
非上場企業(そのうちの多くはオーナー経営)がホールディング化する動機は、相続税対策を目的とした自社株の継承や、株価対策という意味合いが強かったと言えるだろう。しかしながら、近年では純粋に「自社を成長させたい」「社員の中から経営者を多く輩出したい」など、本質的な目的でホールディング経営に移行する企業が増えてきている。
組織論の観点で言えば、ホールディング経営は、企業規模の拡大とともにマーケットに近いラインへ権限を委譲していく「分権型」スタイルである。機能別から事業部制(またはカンパニー制)へと変遷した組織体制のさらなる進化形と位置付けられるのだ。
一方で、「ティール組織」に代表されるように“組織はフラット化に向かう”という論調がある。ピラミッドストラクチャーのように多段階の階層を有した組織では、多様化する働き方に対応しづらい。また、同質化した組織では若い社員が魅力を感じられず、成長もしにくい。社員は上からの指示・命令のみで動くのではない。自ら能動的に活躍できるような組織づくりをしている企業が、これからの時代に成長するであろう。
ただ、ティール組織が世の中に登場したとき、多くの経営者は眉をひそめた。今ある階層やそれに伴う役職などを廃してしまうと多くの既得権益が奪われ、組織が崩壊してしまうという危機感があるからだ。ティール組織というのは理想論であり、業歴の長い企業がそれに移行するのは現実的ではないというのが、こうした経営者に共通する見解であろう。
組織はさまざまな社員の思惑と利害が交錯しているものであり、性急かつ抜本的に改革することには多くの痛みが伴う。また、日本でティール組織を実践している企業はまだ少ないため、現実的にイメージしづらいこともあるだろう。
しかし、世の中の組織がフラット化や多様化に向かう中、中堅・中小企業は旧態依然の多階層を残した、上意下達の同質化組織のままで良いのだろうか?答えは否であろう。事実、近年において創業した若く成長途上にある企業はフラット組織であることが多く、今後、10年、20年といったロングスパンで見たら、そのような企業が多数派となっていることも想定される。そのとき、ピラミッド組織を大切に守っている“伝統的”な企業はどうなってしまうだろうか。
本特集で事例として紹介したボーダレス・ジャパンも“ティール的”な組織であると言えよう。同社はまだ創業15年足らずの新興企業である。ボーダレスグループの本体であるボーダレス・ジャパンはソーシャルビジネスを生み出すプラットフォームであり、それを基盤に若い経営者がいきいきと活躍する姿は、私に言わせればこれからのホールディング経営にとって1つの理想の姿である。
ところが、同社の共同経営者(代表取締役副社長)である鈴木氏は、「ボーダレス・ジャパンは、ホールディング経営ではない」と言い切る。鈴木氏にとってホールディングスという言葉や体制が意味するのは「所有し、支配する」ことであり、同社の「任せて、自立させる」スタンスとは対極であると言うのだ。
同社のスタイルはあらゆる面で既存の経営スタイルを覆すものであり、形の上では純粋持ち株会社と事業会社で構成されていても、いわゆる世間一般のホールディングスとは一線を画するものがある。私は逆にこのあたりに、今後のホールディング経営が目指すスタイルがあるように思う。
ホールディング経営スタイルを経営者と議論するときのキーワードがある。それは「求心力」と「遠心力」である。求心力とはグループ経営としての一体感や共通する理念・カルチャー、あるいは戦略のことを言う。一方、遠心力とは各事業会社への権限移譲を進め、それぞれが自立性の高い経営をしていくことを指す。
先に述べたように、ホールディング経営は権限委譲スタイルを進化させた組織形態であるため、遠心力を効かせるために作られるものであるが、一方で求心力を失うと空中分解してしまう。結論としてはどちらもバランスよく両立させなければならない。
体制移行直後のホールディング経営は求心力が強めである場合が多い。戦略やマネジメント上の権限の多くをホールディングカンパニー(HDC)が留保していたり、HDCの社長と事業会社の社長を同一人物が兼任しているケースもまだ多く見受けられる。あるいは社員は全員HDCに所属し、各事業会社に出向しているケースも多い。この場合、人事権はHDCが掌握しているので、事業会社が自立している状態とは言い難い。
もちろんホールディング経営体制への移行直後にいきなり遠心力を効かせても機能しない場合があるので、最初の段階で前述のような求心力が強めの傾向となるのは仕方がない。ただ、これまでの文脈からも、将来的には遠心力を効かせ、HDCは大きな方向付けと事業に必要な経営資源供給、そしてグループガバナンスに徹する形が望ましいと言える。そういったホールディング経営のスタイルのことを本稿において「プラットフォーム型ホールディングス」と称している。