経営環境を自ら変えるための長期ビジョン策定:藤井 健太
【図表1】大和ハウスグループのミッション
「VUCA」時代の到来
近年、企業を取り巻く環境を表す言葉として、「VUCA」というキーワードが浸透しつつある。VUCAは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった言葉である。新型コロナウイルスの感染拡大、気候変動による災害、急速なデジタル化――。今、未来はどのように変化していくのかまったく予測できない状況にある。将来の経営環境を見通すことが、以前よりずっと困難な時代になったのだ。
企業は「環境適応業」。強い企業ではなく、環境に適応できた企業が生き残るというのが経営の原理原則である。しかし、コロナ禍以降、未来の変化は大きく、速くなる。急速に変化し続ける環境にその都度、対応するだけでは、経営は成り立たないだろう。
では、何をすべきか。自社を取り巻く環境を自ら変えていかなければならない。大きく変化する環境や顧客ニーズを予測し、先に仕掛けなければ生き残れない。これがVUCA時代の環境適応の仕方となる。
企業自らが社会へ新しい価値を問い掛け、新しい環境を創っていくことが求められる時代なのである。
ミッションを具現化するためのロードマップを作成する
数多くの経営者と話す機会があるが、未来が分からないことを理由に単年度方針・予算しか策定しない企業が少なくない。経営の価値判断基準は理念・ミッション・ビジョンの3つ。理念は不変の価値。ミッションは未来に向けた社会課題への貢献価値であり、変化させていく必要がある。ビジョンは企業の意志であり、理念実現・ミッション推進のためのマイルストーンになる。
これらの価値判断基準が存在しない経営はあり得ない。「環境が変わる」ということは「顧客の求める価値」が変わるということでもある。ミッションは顧客ニーズや変化する社会課題に応じて再定義しなければならない。
コロナ禍で苦境に立たされているクライアントは多い。ビジョンと現実のギャップが拡大しており、不況というトンネルの出口もまだ見えていない。しかし、クライアントの中にビジョンを諦めている企業は1社もない。なぜなら、前述した通り、社会課題を解決したいという強い意志があるからだ。トンネルを抜けるだけでも苦しく、ビジョンの実現は当面困難だろう。だが、企業のトップ・社員がその意志を曲げない限り、必ず実現できると信じている。
事例を1つ紹介しよう。大手住宅総合メーカーである大和ハウスグループ(大阪市北区)は、自社の固有技術を生かせるマーケットを「ア・ス・フ・カ・ケ・ツ・ノ」に絞り、それをミッションとして定義し、未来の社会課題に対する事業を次々と生み出している(【図表1】)。長期ビジョンを15カ年、中期ビジョンを3カ年で策定するロードマップを展開し、結果として、ビジョンを前倒しで実現している。
また、同社の成長をけん引していた一般住宅事業の売上高の比率を10%強まで下げた。他のさまざまな事業を成長させ、見事な事業ポートフォリオを描いている。各事業で社会課題へのソリューションを生み出すことで、企業としての幅や奥行きが拡大していることが分かる。
大和ハウスグループの事業ポートフォリオの展開パターンは、タナベ経営主催の「2021年度 経営戦略セミナー」で示した【図表2】の4パターンのうち、左上の「複数ドメイン×複数ブランド」と言えるだろう。自社の事業展開パターンの参考にしていただきたい。
【図表2】事業ポートフォリオの展開パターン
長期思考で事業ポートフォリオを作成
理想の新規事業の投資回収期間は3年だ。しかし、コンサルティングの経験上、5~10年の時間を必要とするのが実情である。ゼロから事業を立ち上げ、採算ラインに乗せ、投資を回収するには、それだけの時間がかかるのである。
通常、中期ビジョンは3~5年で策定される(現在は3年の企業が多い)。この期間では新規事業が投資回収途上にあり、イノベーティブかつ大きく育つ可能性を秘めた事業案は生まれにくい。
もちろん、M&Aで他社や他社の事業を買収する手段もある。時間短縮につながり、業界の壁を超えるための有効な手でもあるため、ぜひ戦略オプションとして検討すべきだ。しかし、M&Aには、良い案件に恵まれる“ご縁”が必要である。今後M&Aは、本当に欲しいと思っている企業・事業に粘り強く交渉を重ね、長期視点で買収する「ターゲット型M&A」が主流になるだろう。
前述のことから、長期ビジョンは10~15年で策定し、バックキャスティング※で事業ポートフォリオを構築後、中期ビジョン・年度方針に落としていく流れが望ましい。
VUCA時代となった今、目の前に現れた環境変化に合わせて対応していては経営が間に合わない。デジタル化の加速、M&Aの増加により、業界の壁やポジションを崩し、勢力図を一気に塗り替えるゲームチェンジャーの出現も想定しておかねばならない。未来の課題を先取りし、社会に対して先手でソリューションを投げかけていくことが、サステナブル経営の本質になる。
また、サステナブル経営を実現するための重点課題である事業承継も同様だ。後継者・次代経営チームの抜擢、育成、並走見守り期間まで、通算すると10年は必要とする。承継を控えている企業は、人材育成も長期ビジョンに織り込んでいただきたい。
「未来は予測するものではなく創るもの」。ぜひ、経営を長期思考に移行していただきたい。
※現在から進むべき未来を考えるのではなく、未来のありたい姿・あるべき姿から今を考える思考法