【図表】PDCAサイクルとOODAループの違い
変化へ素早く対応するために
新型コロナイルス感染拡大の影響により、誰もが経験していない変化が世界中で起こった。これまでの当たり前はなくなり、マスクの着用、ソーシャルディスタンス、テレワーク、Zoomなどのビデオツールを用いた面談・商談など、ビジネス活動に限っても事例を挙げればきりがない。「ビデオ会議より対面でのコミュニケーションが重要だ」と抵抗していた人も、今では避けて通れなくなっている。
また、2020年はVUCA(ブーカ)(「Volatility:変動性」「Uncertainty:不確実性」「Complexity:複雑性」「Ambiguity:曖昧性」)という言葉が再注目された年でもあった。
変化が激しく、世界情勢が不確実な経営環境の中では、早急に情報を伝達し意思決定を行う必要がある。刻一刻と変化する情勢の中、素早く柔軟に意思決定を行うには、ビジネスパーソンに馴染みのあるPDCA(Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Action:改善)より、OODA(ウーダ)を素早く回す発想が適している。Planが重視されるPDCAサイクルは、その特徴のため、「想定外のことに弱い」という弱点があるからだ。
OODAとは、「Observe:観察」「Orient:状況判断」「Decide:意思決定」「Action:実行」の頭文字を取った言葉である。OODAを回すことで、行動を素早く修正できるだけでなく、相手との関係において主導権を握ることができる。(【図表】)
「守りの人事」から「攻めの人事」へ
人事部門でも大きな変化が起こっている。これまで、日本企業は主に「メンバーシップ型人事」を採用していたが、コロナ禍の影響で「ジョブ型人事」に移行する企業が増えている。
メンバーシップ型人事は、新卒を一括で採用し、職務を限定せずに長い間雇用する。一方、ジョブ型人事は特定の業務に対して専門職を採用し、成果によって雇用の継続や処遇を決める。専門性の高い人材が集まりやすく、国際競争力を高めることができる。
テレワークの普及で「仕事の成果」で判断せざるを得ない状況になっていることも、ジョブ型人事が広まる一因と言える。だが、ジョブ型人事はあまり日本企業に適していないと言われてきた通り、経営効率を上げる施策として導入したものの、変化が進んでいない企業は多い。
また、新たな課題が人事を取り巻く環境で起こっている。ジョブ型人事と同じように日本企業には適さないと言われているが、海外では取り組む企業が多いHRBPの採用である。
HRBPとは、Human Resource Business Partner(ヒューマン・リソース・ビジネス・パートナー)の略称で、企業の経営陣のビジネスパートナーとして「戦略人事」を展開し、事業に価値貢献する人事プロフェッショナルを指す。目的は、事業戦略の支援と加速化にある。
HRBPという考え方は、1997年に出版された米ミシガン大学の教授であるデイビッド・ウルリッチ氏の名著『MBAの人材戦略』(日本能率協会マネジメントセンター)に端を発するもので、事業戦略における人事部門の重要性を説いている。
海外においては導入する企業が多い一方、日本でHRBPを採用する企業が増えたのは最近になってからだ。後れを取った主な原因としては、日本と米国のビジネス環境の違いや、日本企業の業務が複雑であることが挙げられる。ここ数年では、ソフトバンク(東京都港区)、メルカリ(東京都港区)、カゴメ(愛知県名古屋市)などの大手企業やメガベンチャー企業で導入が進んでいる。
従来の人事機能といえば、労務管理や給与計算業務などの管理・オペレーション業務(ルーティン業務)や、人事制度などの社内インフラの設計・運用を指すことが多かった。
しかし、消費者や社会、働き方に対する価値観が変容したコロナ禍において必要なのは、新しい事業戦略を達成するための「戦略的な人事(戦略人事)」機能である。緊急事態宣言発出時のような「とにかく対面接触を減らす」というリスクヘッジ(守り)ではなく、「ニューノーマルに適用した新しい持続可能な事業戦略」の達成をサポートする「攻めの人事」の機能——。つまり、経営者視点で戦略人事を立案・実行することが求められているのだ。
人事戦略と戦略人事は異なる。人事戦略は「教育や採用、労務管理オペレーションなどの人事業務において、何をすべきか」という着眼であるのに対し、戦略人事には「人材という経営資源を、どうマネジメントして事業戦略の達成をサポートしていくか」という着眼が必要である。最も大きな違いは、業績にコミットしているかどうかだ。
だからこそ、戦略人事においては、人事部門が事業戦略を正しく理解し、競合他社との差別化(優位性)を人事面で構築する「経営のパートナー」としての役割を果たすことが求められる。グローバル化がより速い速度で進んでいく競争激化の環境において、「守りの人事」とされる日本型雇用から、イノベーションが主体の「攻めの人事」への転換が重要視されているのである。
社員のキャリアビジョンと事業戦略を結び付ける
HRBPの採用事例を1つ紹介したい。食品・飲料・調味料の大手総合メーカーであるA社は、2017年にHRBPを育成する機能として個人のキャリア開発支援を目的とした「人材育成担当者」を選定した。導入の目的は、社員一人一人が自分のキャリアを組み立て、自社の事業戦略とマッチングさせることだ。
業務内容は、個人のキャリア開発を支援するために現場を回り、1on1面談を実施。現場の人事課題を明確にし、経営陣と連携してその課題解決を行うことである。選定者の基準は、キャリアコンサルタントの資格取得者や問題解決能力の高い人材、幅広い人脈を持つ人材などである。
今後、事業戦略に即して自社に適したソリューションが必要になってくるが、組織を変えられない企業は淘汰されていくだろう。
環境は目まぐるしく変化していき、新しいサービスや概念が生まれていく。それを嫌うのでなく、「自社に置き換える(導入する)とどうなるか」「何が課題で、何が必要なのか」を考え、動き続けることが重要である。こうしたことを当たり前にしていかなければ生き残れない時代になったという現実に向き合い、自社の人事機能を戦略人事へと転換していただきたい。