毎年年末に行われるイタリアのアルタガンマ財団主催の年次報告会で、米ベイン・アンド・カンパニーの調査による「世界高級品市場レポート」が発表される。2020年11月に発表された最新のリポートから一部を紹介したい。
ラグジュアリー市場の最新予測は刺激的
連載第10回目(2020年8月号)で紹介したように、アルタガンマ財団という、高級ブランド企業が加盟するラグジュアリービジネスを促進する団体がイタリアのミラノにある。
例年、年末にはアルタガンマが主催するラグジュアリー領域の年次報告会がある。2020年は11月18日にオンラインで開催され、今回で19回目になるイベントである。イベントの目玉は、米国の経営戦略コンサルティングファームであるベイン・アンド・カンパニーのミラノオフィスが発表するラグジュアリーの市場動向や今後の予測だ。
ラグジュアリーというカテゴリーの設定基準はベイン・アンド・カンパニーの判断によるところが大きく、かつ同社のコンサルタント事業につながることから、「ベイン・アンド・カンパニーのミラノオフィスがラグジュアリー市場を作っている」と評する人もいる。それほどにベイン・アンド・カンパニーの分析は定評があり、この業界をリードしてきた。
今回は同社の最新リポートを吟味しよう。結論から言うと、実に刺激的な内容である。ラグジュアリーの市場について「今後は『高級品業界』というくくりではなくなり、『文化と創造性に秀でた商品が入り乱れる市場』になっていく」(同社プレスリリース、2020年11月25日)との予測が述べられているからだ。
残念ながら2020年は説明するまでもなく、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の影響で、どの分野も前年比の売り上げを大幅に下回った。中でも一番打撃を受けたのは75%減の「クルーズ船」である。世界各地での航海中止はこの業界をどん底に陥れた。その次が65%減の「ホスピタリティー分野(旅行やホテルなど)」だ。世界中の人々に移動制限がかかり、サービスや施設を利用しなくなったことは想像にたやすい。
他方、減少幅が小さい分野は「クルマ」(10%減)や「プライベートジェット、ヨット」(12%減)である。これには多数の入荷待ち商品が納入された背景がある。また、富裕層があまりパンデミックの悪影響を受けていないことや、少人数移動が衛生上安全といった複数の要因が、傷の浅い理由としてありそうだ。また、「インテリア(家具や雑貨など)」や、「ワイン・スピリッツ類」も嵐の中では堅調な部類に入る。いわゆる「巣ごもり需要」である。
バッグや服など最終個人消費財の売上額を見ると、およそ27兆円(1ユーロ当たり125円換算)である。これは2014年ごろのレベルだ。1996年の市場規模の2.5倍に当たることから、この市場が成長していると分かる。
品目別にみると、減少幅が大きい分野は「服」(30%減)と「時計」(30%減)で、「靴」(12%減)と「ジュエリー」(15%減)は比較的持ちこたえている。靴はカジュアル化による恩恵でスニーカーが好調だ。ジュエリーはトップレベルとアイコン的なエントリーレベルの両方がリードしている。金額では「化粧品」(6兆円)、「皮革」(5兆9000億円)、「服」(5兆6000億円)が上位3位だ。
次に地域別で前年比を見ると、中国だけが45%増となった。その他はどの地域もマイナスだが、「中東・オセアニア」(21%減)、「日本」(24%減)、「米国」(27%減)、「アジア(中国と日本を除く)」(35%減)、「欧州」(36%減)である。パンデミックの感染状況がそのまま数字に反映された格好だ。金額ベースだと、上位3位は「米国」(7兆8000億円)、「欧州」(7兆1000億円)、「中国」(5兆5000億円)だ。ちなみに「日本」は2兆3000億円である。
2019年までは中国以外の地域の売り上げも中国人観光客の消費に大きく依存していたが、中国人が海外に旅行できなくなり、中国国内の消費が高まったと見てよいだろう。
ベイン・アンド・カンパニーは、当然ながら今後の市場規模を予測している。2019年の水準に回復するのは、2022年末から2023年初め。しかし、ご存じのようにあまりに不確定要素が多いため、この詳細や売上金額予測の紹介は省く。
ビジネスにどのような変化がもたらされるか
これまでもラグジュアリービジネスの変化が予想されてきたが、その変化が前倒しで浮き彫りになった。それは、「販売地域」「販売チャネル」「世代」という3つの変化である。
まず販売地域の変化は、先述したように中国市場の占有率の急伸だ。2019年は世界市場の11%であったのが、2020年は20%になった。2025年後には26~28%になると予測される(国籍ベースでは2020年が27~29%に対して2025年には46~48%)。アジア市場は伸長著しいというものの、日本と中国を除いたアジア市場の推移を見ると、2019年15%、2020年13%、2025年15~17%(予測)となっており、中国のあまりの勢いに圧倒される。
次に、販売チャネルの変化としては、オンライン販売の市場に占める割合は、2019年に12%だったのが2020年は23%に跳ね上がった。この勢いが続くとは考えられず、2025年は30%強になるだろうと見られている。
最後、世代の変化については、ミレニアル世代(1980年初めから1990年代半ばに生まれた世代)とZ世代(1990年代後半から2000年に生まれた世代)の合計が占める割合が、2019年44%、2020年57%、2025年は65~70%となる予測だ。
さて要点は、これらの数値の変化がどのような質的変化を生むかを考えることである。例えば、オンライン販売の増加は流通チャネルでは卸売業の中抜きにつながり、2019年には卸売経由が59%であったのが2020年には52%に、2025年は40~45%まで下がると予測されている。これにより、企業側がブランドを直接管理できる可能性が高まる。つまり、オンラインとオフラインの統合的な戦略が策定しやすくなるのである。
さらに、同リポートでは、ツーリズム依存が現実的でなくなったリアル店舗は、地元顧客のテイラードスペース(商品を見せる場から、個々の要求に合わせた場へ)への移行が図られ、社会の低炭素化にも貢献するとしている。
とすると、新しい世代が求めるラグジュアリーの在り方と、ブランド戦略や販売方針が合致していくと想像してよいのかもしれない。