ウィズコロナ時代こそ顧客生涯価値を最大化せよ:石丸 隆太
【図表1】LTV(顧客生涯価値)の考え方
既存顧客との関係性を見直す
いまだコロナ禍中にある社会環境においては、人々が対面・接触を避ける傾向にあり、新規顧客を開拓しにくいという課題がある。この影響でデジタルシフトを進める企業は多い。だが、同時に忘れてはならないのが、「既存顧客をしっかりと守っていく」という考え方だ。既存の取引先を深耕していく戦略を採る際は、あらためて「LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)」の考え方を大切にしたい。
LTVとは、顧客がその企業の製品・サービスに、生涯で合計どのくらいの金額を使うかという指標である。LTVの高さは、顧客が長期的にその企業の製品を選び続けている証しと言える。継続して製品・サービスを利用してくれるロイヤルカスタマーと良好な関係を継続し、業績の基盤をつくることで経営は安定するのだ。特に、先行き不透明なウィズコロナ時代においては、この既存顧客との「結び付き」の強さが事業継続を保証してくれる。(【図表1】)
LTVを高めるには「顧客ライフサイクル」をできる限り長く保つ必要がある。顧客ライフサイクルとは、顧客と企業の接触が始まってから関係性が終わるまでの期間をいう。顧客の行動・企業やサービスに対する認識が変わっていく中、顧客ライフサイクルのそれぞれのステージにおいて顧客に集中し、適切な施策によって顧客の信頼を獲得していく必要がある。
マーケティングの分野には「1:5の法則」があり、新規顧客の獲得には、既存顧客の維持に比べ5倍のコストがかかるといわれている。新規顧客の獲得コストは高いにもかかわらず利益率が低い。そのため、将来を見通しにくい経営環境下で、なるべくコストをかけずに自社の売り上げや利益を拡大していくには、LTVを高めなければならない。
【図表2】LTVの代表的な算出方法
目的に合わせてLTVの指標を決める
LTVの算出方法は1つではないものの、目的に合わせて指標を決定する必要がある(【図表2】)。LTVを向上させるための代表的な施策は次の4つである。
(1)平均購入単価を上げる
まとめ売り(バンドル販売)や高品質商品(プレミアム価格)などの付加価値を重点とする施策。ただし、単純に客単価を上げるだけでは顧客が離れてしまうため、商品やサービスのアップデートに伴い提案力を高め、単価を上げていく。
(2)購入頻度を高める
購買後のフォローに注力し、顧客ロイヤルティーの向上を図る施策。顧客にとっての適切なタイミングや使い方の提案を行い、購入頻度を高める。
(3)継続期間を伸ばす
離脱を防ぐために、自社の顧客ならではのサービスを展開しアピールしていく施策。ウェブが普及している現在では、口コミでの認知度向上やメールマガジンでの継続的な案内で利用期間を伸ばしていく方法がある。
(4)費用を下げる
売り込みを行う場合、販売促進や営業人員への投下コストが必ず発生してくる。これをいかに効率よく行えるかという視点が必要で、投下したコストを明確にすることが重要だ。コストの指標としてはCPI※などがある。
※Cost Per Install:広告媒体を通じてアプリストアからアプリをインストールしたときのコストを表す指標
LTVを用いてリレーションシップを構築
ここでは私がお手伝いしたクライアントのうち、LTVが向上した事例を紹介したい。
A社は関東地方を商圏とした、ある国の料理の食材に特化した商社で、顧客は主に日本で開業する外国人である。彼・彼女らは独自のネットワークを形成しており、「A社に頼めば依頼通りの食材を提供してくれるから開業できる」とA社を支持し、取扱普及率は関東圏で70%を超えている。
A社はある国の食材分野で圧倒的な地位を築いた半面、その市場規模はニッチで単価の引き上げが難しいという課題を抱えていた。価格を引き上げれば外国人顧客のネットワークですぐに情報が広がり、競争力の低下につながることが容易に想像できるからだ。また、新規開業などの催事がなければ売り上げを伸ばすのが難しく、いわゆる「顧客に自社の業績をコントロールされている」状態であった。
そこで私が提案した施策は、顧客のLTVを高めることであった。顧客の現状の不安や不満などを明らかにし、最適なサービスを提供することで顧客価値を高めていく方法である。代表的な施策は次の3つだ。
(1)住居の確保
外国人は日本で入居を断られることが多く、家探しに不安を感じている人が多かった。そこでA社は不動産会社と提携し、外国人顧客に住居の紹介を始めた。
(2)英語対応アプリの開発
外国人顧客は、日本語は話せるが読めない人が多かった。一般のPOS(販売時点情報管理)レジは、日本語対応のみで外国人利用者にとって不安があったため、A社はシステム会社と連携して英語表記のPOSアプリを開発した。
(3)有益な情報共有
外国人顧客は、新型コロナウイルス感染症関連給付金・助成金などの活用方法を知らないなど、情報をうまく入手できないことが不安の原因となっていた。そこで、国内で役立つ情報を定期的にメールマガジンで顧客に発信することで、常に最新の情報を得られる環境をつくった。
顧客との長期的なリレーションシップを築き、LTVの最大化を図った結果、価格交渉が実施しやすくなり、LTV指標の1つである(売上高-売上原価)÷購入者数が約2ポイント改善した。多少、価格が上がっても、付き合っていく価値のあるトータルソリューション型の商社として、顧客基盤を盤石にすることができた事例である。
このような取り組みで企業価値は大きく高まり、自社の商品価値に転嫁できる。あらためて、目の前の既存顧客と向き合うことから始めてみてはいかがだろうか。