世界的な食料不足の警鐘が響く中、代替タンパク源として昆虫食が注目されている。日本に昆虫食を根付かせようと奮闘するベンチャー企業の取り組みを聞いた。
“食料危機の救世主”と期待される昆虫食
小山田 欧米では動物肉の代替タンパク源として、「昆虫食」への注目度が高まりを見せています。日本においても昆虫食を普及させるビジネスが胎動を始めました。高崎経済大学発のベンチャー企業、FUTURENAUT(フューチャーノート)は、その代表的な存在です。まず、昆虫食ビジネスに着目した背景をお聞かせください。
飯島 私の研究室は環境問題の解明に取り組み、その根底にある人間の行動を変容させるための多様なアプローチを探っています。研究の延長線上にはフードロスなどの食料問題もあります。
私たちのタンパク源は牛肉・豚肉・鶏肉といった家畜が主体ですが、環境学者いわく「環境負荷がとても大きなタンパク源」。例えば、牛肉の可食部1kgを生産するためには、25kgの穀物と22tの水が必要です。世界的な人口増加などによって動物性タンパク質の需要が急増し、家畜の生産増や過度の放牧が進行すると、環境汚染や森林の減少につながりかねません。世界中で慢性的なタンパク不足に陥る恐れもあります。
こうした状況に基づいてFAO(国連食糧農業機関)が2013年に発表した報告書※が、世界に大きなインパクトを与えました。「2050年までに世界人口は90億人に増え、食料が不足するため、栄養価の高い昆虫の利用可能性を真剣に考えるべき」と訴求したのです。
昆虫は家畜と比べて狭小な土地で育てられ、道具類や高度なノウハウも不要なので、養殖施設を建造する初期投資が抑えられ、貧困層でも起業できるチャンスがあると報告されています。さらに、排出する温室効果ガスも抑えられるなど環境負荷も低い。こうして昆虫食は動物肉の代替タンパク源として注目されるようになりました。
小山田 世界人口の25%を超える約20億人が1900種類以上の昆虫を食べているそうですが、心理的なハードルの高い国も多いのでは?
飯島 日本でもイナゴやハチの子を食べる食文化はありますが、市場に多様なタンパク源が出回る中で昆虫を選択する人は極めて少ないし、めったに販売されないのが現実です。タンパク源として昆虫をアピールしても、そう簡単に受け入れられないでしょう。しかし、受け入れられるように行動を変容できたら、食料やタンパク源の状況はドラスティックに変わるのではないかと考えました。
そこで櫻井を中心に研究プロジェクトを立ち上げ、2019年2月にタイへ視察に出掛けたのです。
櫻井 タイでは昆虫を食用にする文化が浸透し、街の屋台では揚げたコオロギなどがスナック菓子のように販売されています。タイ東北部にあるコンケン大学の農学部のラボは、食用コオロギの養殖技術を確立して周辺農家へ普及させました。多額の設備投資は不要で、卵が孵化してから45日ほどで出荷できるので生産効率が良く、貧困層が多い農家の貴重な収入源になっています。今では欧米や日本の商社が多数買い付けに訪れ、昆虫由来タンパク源の争奪戦が水面下で本格化しているという印象を持ちました。
帰国後、コオロギの養殖技術と流通は高い次元で確立されており、昆虫タンパクの市場も大きな成長が期待できるものの、消費者の間に「昆虫食への嫌悪感」という心理的なボトルネックが存在していると分析。そのボトルネックを広げるようなビジネスを見いだし、さまざまな国の地域活性化に昆虫の養殖技術を生かしたいと思い、2019年にFUTURENAUTを起業しました。
小山田 自社の一番の強みは何だと思いますか。
櫻井 やはり、研究室のバックアップです。研究ベースに基づいた商品開発やコンセプト設計などができるのが大きな強みだと思います。市場分析において複雑な統計を使えることは、消費者の感度測定や販売予測を立てる上で大変有効だと実感しています。
※国連食糧農業機関(FAO)『食用昆虫:食料と飼料の安全保障に向けた将来展望』
食用コオロギ配合のゴーフレット(左)とビスコッティ(英国の伝統的クッキー、右)。ゴーフレット1枚に約10匹分のコオロギパウダーが配合されている
昆虫食のイメージ転換と収益性アップに取り組む
小山田 FUTURENAUTの理念と事業内容についてお聞かせください。
櫻井 ミッションとして「最新の研究成果を製品とサービスに詰め込み、群馬から日本の、世界の、そしてミライの食料リスクの低減や、食料生産に起因する環境問題の緩和に貢献していきます。」を掲げました。それを実現するため、食品事業「DAICHI(ダイチ)」、食育事業「MIRAI(ミライ)」、研究事業「COMPASS(コンパス)」の展開に取り組んでいます。
食品事業においては、持続可能な社会を実現するために昆虫食の提案を推進。食育事業においては、昆虫食を題材にした食育によって持続可能な社会の担い手の育成をサポート。研究事業においては、食の選好や環境に配慮する行動に関わる心理研究とターゲットマーケティング研究によってフードビジネスの成功をアカデミックに支援します。
小山田 食品事業ではどのような商品を提案しているのですか。
櫻井 まず、コオロギを丸ごと乗せたクッキー菓子「コオロギのビスコッティ」を輸入し、コンセプト商品として販売しました。
続いて煎餅メーカーの田村製菓(群馬県安中市)とタイアップして、タイ産のコオロギパウダーを練り込んだ「コオロギのゴーフレット」と「2030年のゴーフレット」を開発。ゴーフレット1枚に約10匹分のコオロギパウダーを使っていますが、エビのように香ばしく昆虫を食べている感じはしないと抵抗なく受け入れられているようです。また、コオロギパウダーを加工品食品の原料として売り込んでいます。
小山田 市場の反応はどうですか。
櫻井 ビスコッティやゴーフレットを販売する中で、「うちもコオロギを使った商品を作りたい」との声が寄せられ、商談を進めている最中です。「味やパッケージの変化にとどまらず、革新的な商品を開発したい」という声も聞こえ始めました。そのようなパートナーと手を組んで、当社が市場投入した商品の統計データを活用したマーケティングや商品開発に取り組みたいと思います。
小山田 基幹商品となる食用コオロギパウダーの特長を教えてください。
櫻井 食用の乾燥コオロギは重量の66%がタンパク質で、カルシウムや鉄、亜鉛、ビタミンなども豊富。また食物繊維も多く、低糖質です。必須アミノ酸も豊富に含まれ、エビのような香りとこくのあるだしが取れます。
小山田 素晴らしい機能性食材ですね。現在、直面している課題は何ですか。
櫻井 製造技術を持たない当社にとって深刻な課題は、昆虫を受け入れられない食品メーカーが多いこと。食品メーカーにとって製造ラインに昆虫を入れることは異物混入に当たると、タブー視されるわけです。このような旧態依然とした業界の常識にとらわれない事業者を探すのは並大抵のことではありません。
虫を食べることへの抵抗感をどのように消していくのかも大きな課題です。昆虫食という話題性を生かすことは大切ですが、エンターテインメント的な要素が強すぎると一過性の“ゲテモノ”ブームになってしまいます。私たちはコオロギをそのまま乗せたビスコッティでは先が望めないと判断し、ゴーフレットからはコオロギパウダーを使っていますが、見た目は普通のゴーフレットで「虫を食べている」というインパクトはありません。
一般的な食品として昆虫食を普及させるためには、エンターテインメント性と実用性の間の絶妙なポジショニングが必要ですが、これは非常に難しいと感じます。
飯島 社会的課題として認識しているのは収益性です。タイの寒村、コンケンの活性化に貢献できるほどの利益はまだ上がっていません。
社会貢献の価値をどのように金銭的な価値に転換していくか。それが当社の宿命的な課題であり、それを解決するためにはFUTURENAUTの俊敏な機動力と尖った発想力を評価してくれる大手企業と手を組んで事業を一気に加速させ、市場を拡大する戦略が必要だと考えています。
食品メーカーと連携し商品に新しい付加価値を
小山田 今後のマーケティング展開やブランド展開についてお聞かせください。
飯島 多様な商品にコオロギパウダーを混ぜることで機能性が高まり、新しいカテゴリーの商品へトランスフォーム(変身)させることも可能になります。マーケティングにおいては、自社商品の開発よりも他社商品へのコオロギパウダー活用を促し、商品の未来化をサポートする戦略を採ろうと考えています。
ブランド戦略も「未来化する」「未来を足す」というイメージで、既存の商品に新しい付加価値を与えるような展開を図りたいですね。カナダのバンクーバーには「オーシャンワイズ」というブランドがあります。バンクーバー水族館が始めたプロジェクトで、持続可能な漁法で捕った海産物にブランドを与え、そのラベルの付いた食品やレストランのメニューなどを消費者が選択するようなムーブメントが起きています。
多少、値は張りますが、そのような商品を選ぶことが注目される食文化になっているのです。このような状況になると、環境保全とビジネスが同じベクトルになると思います。
小山田 なるほど。例えばですが、コオロギパウダーに「プロテインワイズ」といったブランドを確立し、パウダーを使った商品やメニューに認証ラベルを与えてアピールしたら、昆虫食への評価が飛躍的に高まるかもしれませんね。
ミドリムシを使ったサプリメントなどを開発している東京大学発のベンチャー企業・ユーグレナ(東京都港区)は東証1部に上場を果たし業績好調ですが、FUTURENAUTのビジネスモデルと近いのでしょうか。
飯島 当社のビジネスモデルは領域的にはユーグレナと近いと言えます。しかし、ユーグレナの事業ベースになっているのは微生物の培養技術であり、事業のアイデアや情報を事業ベースにする当社とは大きく異なります。
小山田 今後の事業展開をお聞かせください。
飯島 直近では大手食品会社からも問い合わせが来るようになりました。そのような会社と信頼関係を築きながら、マスを大きくしていくことを目指します。「原料戦略」といった感じですね。
小山田 問い合わせがあるのは、どのような食品会社からですか。
飯島 製菓・製粉・製麺・製パン・乳製品のメーカーはかなり関心があるようです。
小山田 乳製品メーカーが関心を寄せる理由は何でしょうか。
飯島 担当者は「コオロギパウダーを入れて革新的なカテゴリーの商品を開発したい」と言っています。
小山田 大手食品メーカーは1ブランドで30億~50億円の売り上げを狙います。ノンブランドでも1商品、最低1億円くらい。大きなビジネスが期待できますね。
海外展開についてはどのようにお考えですか。農林水産省の食料産業局食品製造課基準認証室では、2018年の改正JAS法の施行に伴って「従来のモノのJASから、コトのJASへ」を推進。国内で生産された食品の新しい価値をきちんと評価した上で輸出し、2019年は9121億円だった食品輸出高を2030年に5兆円まで伸ばす目標を掲げています。改正JAS法では、切り花の日持ち性を向上させる生産管理方式も規格化しているので、コオロギパウダーの機能性や商品展開が規格化できると面白い展開が期待できます。
また、欧州などで開催される世界的な総合食品見本市に出展すると、日本にはない価値観で評価されるかもしれません。
飯島 昆虫食の普及に関しては、日本より欧米の方が積極的に進めているイメージがあります。すでに動物肉の代替タンパク源として、コオロギパウダーを練り込んだプロテインバーなどの商品が出回っている状況です。
このまま後れを取っていると、国際基準の設定などにおいて日本はプレゼンスを発揮できなくなるかもしれません。海外展開は本腰を入れて取り組むべき課題だと思います。
小山田 SDGs(持続可能な開発目標)に対する取り組みをお聞かせください。
櫻井 食用昆虫の養殖産業は、未来の食料リスクを低減しつつ生産地の発展にも貢献できる「ミライの農業」です。昆虫食の推進は、飢餓やフードロスを減らして食の問題を解決に導くだけでなく、地域格差や貧困の是正、森林保全や水源確保にも貢献し、SDGsの取り組みを満たしていると考えています。
小山田 コオロギ養殖の自動化・機械化など取り組むべき事業テーマは多々あります。大学発ベンチャーらしく研究成果をコアにした多様な切り口から製品・サービスを展開し、昆虫食の未来を切り開いてください。本日はありがとうございました。
PROFILE
- FUTURENAUT合同会社
- 所在地:群馬県高崎市本町48
- 設立:2019年
- 代表者:代表業務執行社員 CEO 櫻井 蓮
- 従業員数:3名(2020年7月現在)