その他 2020.09.30

Vol.12 ラグジュアリービジネスは文化ビジネス

欧州各国の大学には修士レベルでラグジュアリーのマネジメントを教えるコースがある。連載第5回目(2020年3月号)で紹介したイタリアのミラノにある名門経済大学、ボッコーニ大学もそうだ。今回はこのエグゼクティブ・ラグジュアリー・コースの責任者であるガブリエッラ・ロイヤコノ氏の話を紹介しよう。

 

 

ボッコーニ大学 ガブリエッラ・ロイヤコノ氏

 

 

国際化を図る独自のプログラム

 

ラグジュアリーマネジメントを講義する授業は20世紀後半にもフランスの大学ですでに見られたが、より本格化したのは21世紀に入ってからである。ボッコーニ大学の場合、MBA(経営学修士)のカリキュラムの「ファッションマネジメント」や「デザインマネジメント」といった科目の中でラグジュアリーを取り扱ってきた。

 

フルタイムのMBAとは別に、社会人向けにラグジュアリーをパートタイムプログラムとして独立させたのが4年前のことである。ファッションだけでなく、幅広い領域(例えば、自動車やヨット、ワイン、ホテル、飲食業など)に対象が広がったラグジュアリービジネスの需要に合わせた形だ。

 

ボッコーニ大学では、このパートタイムコースを導入した結果、フルタイムでMBAを学ぶ学生の平均年齢が20歳代後半であるのに対し、ラグジュアリーマネジメントを学ぶ学生の平均年齢は30歳代後半となった。

 

学生の4分の3程度は同大学学部か修士課程を卒業しており、出身地はおよそ30の国・地域とさまざまだ。

 

ボッコーニ大学では、これまでに培ってきた企業や卒業生のネットワークを活用しながら、同校オリジナルの学習プログラムを組み始めている。

 

例えば、学生と学ぶ場の国際化が挙げられる。学生たちはイタリアのミラノやローマ、英国のロンドン、フランスのパリ、インドのムンバイなど、複数の国の生産や販売の現場を徹底して観察することがベースになる。

 

2019年のイタリア国内研修では、宝飾品のブルガリやファッションのブルネッロクチネッリ、ワインのアンティノリなどへ企業訪問を行った。2020年はパリにあるカルティエ財団で1週間、ラグジュアリーとアートの関係を学び、ロンドンではホスピタリティーを教えるドルチェスター・コレクション・アカデミーで研修する予定だ。また、経営コンサルティング会社であるボストン・コンサルティング・グループやベイン・アンド・カンパニーと、特定企業の商品企画や販売などをシミュレーションする演習を行うカリキュラムが組まれている(2020年7月現在)。

 

さて、ここで私がまず知りたかったのは、このコースがどのような企業の仕事に貢献するかである。欧州の有名ブランド企業だけなのだろうか?

 

 

※ホテルチェーン「ドルチェスター・コレクション」が経営する、ホスピタリティーの教育機関

 

 

自国文化のラグジュアリービジネスを構想する学生

 

ラグジュアリービジネスのルーツは欧州にあり、当該分野のシェア70%以上を欧州企業が有している。ラグジュアリービジネスを学ぶことは、欧州にあるハイブランド企業のビジネス戦力育成の性格が、必然的に強くなるだろうことは想像に難くない。

 

実際、ボッコーニ大学は、イタリアの高級ブランド企業が集まった財団であるアルタガンマと提携している。アルタガンマの会員企業が、授業や研修で学生がリアルな現場を知る機会を提供し、このコースを修了した優秀な学生を採用するという循環がある。

 

欧州以外の学生、新興国出身の学生にとって、この教育が持つ意義は特に大きい。ハイブランドの基礎になっている欧州文化をゼロから学べるからだ。すなわち、新興国出身者たちは自国で欧州ハイブランドのディストリビューション(商品分配・在庫調整)やマーケティングの要職に就き、欧州を本社とする企業と現地のスムーズな橋渡し役として活躍できる。欧州企業にとって彼・彼女らは重要なアンバサダーにもなるわけだ。

 

しかしながら、長期的にみた場合、このメカニズムがいつまでも安定的に機能するとは思えない。欧州文化をベースにしたハイブランドのビジネスに関与すれば、同様に「われわれの国でも、われわれの文化がアピールできる道を目指したい」と考える人が出てくるのが普通だ。それによって欧州のシェアが下がり、新興国ブランドのシェアが浮上してくるはずだ。

 

私のこの疑問に、ロイヤコノ氏は次のように答える。

 

「『欧州高級ブランド企業との、良き橋渡しとなる人材育成』という目的がある一方、新興国のそれぞれの文化に基づいたラグジュアリービジネスをつくっていきたいとの期待をかなえたいと考えている。そうした希望は特に中国の学生から出てきている」

 

インドの学生にも同様の傾向が見受けられるものの、中国の学生の方がよりはっきりとしているそうだ。背景の一つには中国政府が主導する中国文化の再評価の動向があり、もう一つには中国の経済成長のタイミングがインドに先行したことがあるだろう。

 

まず欧州ブランドで新興国にラグジュアリー市場がつくられ、そのビジネスの手法を学ぶことで、次に自国文化に基づいたラグジュアリーを構想したいという欲求が出てくるのである。

 

ここで一つ注意しなければならないことがある。欧州ハイブランドといえど、全ての側面で先進的なビジネスを行っているわけではないということだ。例えばデジタルプラットフォームの構築の仕方、オフラインとオンラインの組み合わせ方など、デジタル化については中国の実例から学ぶべきことが多いだろう。また何より、ラグジュアリー最終消費財のグローバル購入シェア3割を占める中国人が接するデジタル環境で、売り上げを伸ばしていかないといけない。

 

したがって、欧州側の「上から目線」ではなく、他文化圏との交流を前提としている姿勢があることを注記しておくべきだろう。

 

 

 

PROFILE
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安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。