欧州のラグジュアリーが強い理由の一つは、「ラグジュアリー分野が成立する仕組み」である。単独の企業や団体が個別の製品・サービスだけで勝負していない点に、日本の行政や企業が何を構想していけばよいかのヒントがある。
国を越えた連携が業界に潤いをもたらす
2010年に設立された、欧州文化・創造産業連盟(European Cultural and Creative Industries Alliance:以降、ECCIA)という団体がある。フランス、イタリア、英国、ドイツ、スペインの5カ国で「高級ブランド」と称される企業・団体が連携し、欧州委員会(EC)へのロビー活動などを行っている。
設立を主導したのは、この種の団体では最も長い歴史を持つフランスのコルベール委員会、イタリアのアルタガンマ財団、英国のワルポールだ。
ECCIAは600以上の企業や組織で構成されており、その中心は中小企業だ。現在の活動優先事項は「ハイエンドのeコマースの開発」「知的財産権による創造性の保護と促進」「欧州におけるノウハウやスキルのプロモーション」「旅を通じた欧州の魅力のプロモーション」「市場への公平なアクセスに向けた権利擁護」である。
このECCIAと米国のベイン・アンド・カンパニーが共同発表したリポート、「ハイエンド文化・クリエイティブセクターの欧州経済への貢献」(2020年1月発表)によれば、欧州のハイエンドとラグジュアリービジネスの分野は、2018年ベースで欧州GDP(国内総生産)の4%、欧州輸出額の10%を占めたという。雇用者数は210万人で、2014年からの4年間で新しく雇用した人数は約30万人に上る。
第一に強調しなければならないのは、GDPに占める割合から見て、EUにとってラグジュアリービジネスが極めて重要であるだけでなく、世界シェアが7割を超えているという点だ。マス市場のビジネスとは一線を画す、圧倒的なリーダーシップである。
ラグジュアリービジネスは欧州の文化大使
こうした調査データの数字には出ない、長期間にわたる経済や社会文化への間接的な影響も無視できない。「間接的な影響」として、ツーリズムも含めた都市や地域のエコシステムに注目したい。
ツーリズムの例を挙げよう。フランスのパリ、英国のロンドン、イタリアのミラノ、スイスのジュネーブ、ドイツのベルリン、スペインのマドリードなどの都市は、ラグジュアリーの情報発信のハブになっている。また、フランスのグラース(香水の一大産地)やイタリアのトスカーナ(テキスタイル産業が盛ん)といった地域では、産業クラスターが構成されている。こうした都市や地域に、富裕層を中心とした人々が世界各国から「聖地巡礼」にやってくる。
また、新型コロナウイルスの感染拡大の影響から状況は今後変わるかもしれないが、ラグジュアリー市場の売り上げの33%は欧州市場で発生しているが、国籍別に見ると欧州人の割合は18%である。一方で、世界における中国市場の割合は9%だが、世界における国籍別シェアでは33%が中国人である。これはつまり、中国人が欧州を含む海外の店舗で多くの商品を購入していることを示している。
エコシステムの例として、もう一つ挙げたい。ロンドンのセントラル・セント・マーチンズ美術大学やパリのHEC経営大学院といった教育機関が、高いクリエーティブ能力や経営能力を持った人材が輩出し、欧州全体の企業に供給する仕組みが整っている。
すなわち、ロンドンの王立美術大学を卒業した優秀な英国人デザイナーがフランスの高級ブランドのクリエーティブ・ディレクターを務め、フランスで経営学を修めたスペイン人が、フランスの高級ブランドでマーケティングを担当し、転職して英国の高級ブランドの戦略を担うといった具合だ。
これらの人たちが、高いノウハウを持ったアルティザン(職人)と先端的なデジタル技術を同時に掛け合わせながら、長い時間を生きてきた欧州の文化遺産をブランドとしてまとめ上げているのである。
このように、サプライヤー、職人、流通業者、クリエーター、マネジャー、顧客のネットワークが、欧州の中に国境を越えて確立されている。このような産業領域はラグジュアリーをおいて他にない。
そしてこのビジネスが、欧州の社会文化価値を世界中に伝えるソフトパワーの「大使」としての役割も担っている。すなわち、ラグジュアリービジネスにおいては、経済的な価値とともに欧州のナレッジを基礎にした社会文化的な文脈における波及効果という、二つの点を視野に入れないといけない。欧州外の人たちが欧州の文化やライフスタイルに触れる、重要なタッチポイントであることをラグジュアリービジネスに携わる人たちは意識しているのである。