その他 2020.04.30

Vol.7 職人の手の力に価値を見いだす

イタリアには、人の手で作られるものを重視するイタリアの文化を守る財団がある。ラグジュアリーを特徴付ける「唯一無二のもの」を作るには、人の手が欠かせないからだ。同財団ディレクターへのインタビューから、中小企業が練るべき戦略について考えたい。

 

 

技術・文化を維持し普及する財団

 

ミラノの中心地に、イタリアの職人の文化と技術を守るコローニ伝統工芸財団(Fondazione Cologni dei Mestieri d’ Arte)がある。1995年に設立された非営利団体で、格式あるビルの4階に事務所を構える。

 

同財団の目的はアルティジャーノ(イタリア文脈の職人)の仕事の再評価を促進することだ。特に若い世代に、絶滅の危機にひんしている技術へ関心を持ってもらうことを狙いとしている。日本で聞き慣れた表現を使うなら「匠の文化と技術の維持・普及を行う財団」になろう。

 

同財団はアルティジャーノの技術・文化を紹介する雑誌や書籍の刊行、カンファレンスや展示会の企画・運営を行う。また、大学と提携し、授業への協力、学術研究のサポートも行っている。

 

ラグジュアリーの新しい意味を論じる本連載で、なぜこの財団を紹介するのか?それはラグジュアリーを特徴付ける「唯一無二のもの」を作るには、人の手が欠かせないからである。このことを知れば、間口が狭くとも参入障壁は決して高くないことに気付くはずだ。ラグジュアリーのビジネスは手の届かないものではない。中小企業こそが戦略を練るべき道がここにある。

 

 

文化とビジネスを結ぶラグジュアリー

 

この財団のバックには大企業が控えている。すなわち、大企業も人の手の重要性に注目していると理解できる。

 

この財団の会長であるフランコ・コローニ氏の経歴を見てみよう。サイトに紹介されているコローニ氏のプロフィールを要約すると、次のように記されている。

 

「フランコ・コローニはミラノのカトリック大学で文学と哲学を学び、卒業後、ビジネスと文化の両領域で活動を始めた。ビジネスはラグジュアリー領域であり、文化面は演劇の歴史、ラグジュアリー、応用美術、時計、宝石、芸術的な匠の技についての雑誌や書籍のプロジェクトへの関与だ。雑誌『カルティエ・アート』国際版の創始者でディレクターでもある。

 

カルティエとは40年に及ぶ協力関係を続け、国際部門の会長でもあった。カルティエがリシュモングループ傘下となってからは、グループの時計と宝石の部門のトップ責任者になった。その後コローニ財団を設立。ジュネーブの高級時計財団の文化委員会の創立者であり会長でもある。2016年にはリシュモンの会長、ヨハン・ルパート氏と一緒に、ミケランジェロ財団をスイスのジュネーブに設立した」

 

世界のラグジュアリー産業を大きくリードする大資本グループはLVMH(エルヴェエムアッシュモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)、ケリング、そしてリシュモンの三つ。そのリシュモンのミケランジェロ財団とコローニ財団は、つながっているのである。

 

ミケランジェロ財団はリシュモンの年次報告書にも記載がある。2019年版から情報を拾ってみると次のような内容だ。

 

リシュモンの売上高はおよそ1兆7000億円であり、51%が宝石、21%が時計、15%がファッションのオンライン小売、残りがその他である。抱えるブランドはカルティエ、ヴァンクリーフ&アーペル、ピアジェ、IWC(インターナショナル・ウォッチ・カンパニー)、モンブランなどである。

 

ミケランジェロ財団の正式名称は、「The Michelangelo Foundation for Creativity and Craftsmanship」。つまり、「創造性とクラフツマンシップのための非営利団体」だ。核となる使命は、機械よりも人の手でできることを促進し続けること。そのためにリシュモンの時計・宝石部門のトップであったコローニ氏が運営するコローニ財団と連携している。

 

2018年、ミケランジェロ財団は、第1回目の国際文化イベントを欧州委員会の後援で開催した。ヴェネツィアにおける「ホモ・ファバー:さらなる人の未来を創る」だ。欧州の35カ国(EU加盟国以外も含む)から480人の職人とデザイナーが参加し、6万2000人が来場した。

 

その機会に、ミケランジェロ財団は欧州内25カ国の博物館、協会、教育機関など70の組織とネットワークを築き上げた。これに基づいて、2019年にはクラフツマンシップに関するデータベースを整備した。

 

また、コローニ財団と共同で、ミラノデザインウイーク中に「ドッピア・フィルマ(Doppia Firma)」というイベントを毎年開催している。ドッピア・フィルマとは「二つのサイン」を意味し、展覧会ではアルティザン(職人)とデザイナーの共同作業によるコレクションを展示している。デザインウイーク中の数多くのイベントの中でも、特徴ある展示である。

 

 

 

PROFILE
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安西 洋之
Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。