【図表】コーポレートガバナンス・コード原案
企業の「社会性」が問われる時代
近年、国内企業でSDGs(国連サミットで合意された2030年までに持続可能でより良い世界を目指す国際目標)への関心が高まっている。SDGsピンバッジを胸に付けたり、コーポレートサイトで自社が取り組んでいる目標を宣言するなど、動きが加速している。企業経営に収益性だけでなく「社会性」が、より強く求められるようになってきたのである。
加えて、企業の持続的成長のためにはESGへの取り組みが重要ともいわれている。ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取った名称で、簡単に言えば企業を見るための物差しの一つであり、「企業の持続的な成長の土台となり得るもの」と考えられている。
現在、「ESG投資」という言葉に見られる通り、収益性などの財務指標が良いことに加え、社会性を高めることを目指す企業に資金が集まっている。社会性の軽視は今後、経営のアキレス腱となりかねない。
これは大企業だけに当てはまる話ではない。むしろ中堅・中小企業は、他社に先行してESGの観点から経営に取り組むことが、自社の価値を高めるチャンスになるだろう。
本稿ではESGのうち、特にG(ガバナンス)について記述する。
攻守の両面でガバナンスを考える
コーポレートガバナンス(企業統治)について中堅・中小企業の経営者に話を伺うと、「コンプライアンス研修を実施している」「健康相談窓口を開設した」など、部分的には取り組んでいるものの、経営戦略の一環として位置付けている企業は多くない。また、「ガバナンス体制を整える」「ガバナンスを強化する」という使い方をされるケースが多く、法令順守や不正防止といったネガティブな認識で捉えている人も多いのではないだろうか。
事実、東京商工リサーチの「2019年全上場企業『不適切な会計・経理の開示企業』調査」(2020年1月)によると、2019年1月から12月にかけ、「不適切な会計・経理」を開示した上場企業は70社に上っている。集計を開始した2008年以降、最も多かった2016年の57社を上回り、過去最多を更新したという。確かに、大手自動車メーカーの不正会計、大手金融機関の不適切販売など、最近は枚挙にいとまがない。
しかし、ガバナンスを正しく再構築することができれば、こうした不正を未然に防ぐことができる。発生時の適切な対応に備える「守り」の側面だけでなく、経営陣の「透明・公正」かつ「迅速・果断な意思決定」により、企業の持続的成長・中長期的な企業価値の向上を図るという「攻め」の側面も持ち合わせることが可能になるのだ。
守るべき行動規範を経営に取り入れる
ここまで読んで、「ガバナンスは大企業にだけ求められるものではないか」と思われているかもしれないが、答えはノーだ。
近年は、中堅・中小企業の海外進出や海外企業との取引が広がりを見せ、M&A(企業の合併や買収)も積極的に行われている。また、ホールディングス化に見られるように企業の組織体も変化している。
これらは、企業の成長を加速させる一方で、経営の複雑性を高めてしまう側面がある。創業して間もない会社はトップダウンで企業成長を加速させることができるが、規模が大きくなれば「組織経営の壁」が必ず立ちはだかる。その壁を越える必要条件の一つがガバナンスだ。
ガバナンスは法律に定められたものではないが、上場企業が守るべき行動規範は「コーポレートガバナンス・コード」(2018年6月改訂)として東京証券取引所より発表されている。このコードは基本原則・原則・補充原則(合計78原則)から成っており、上場企業のコーポレートサイトではそれぞれの取り組みを参照できる。
非公開企業がこれら78項目の原則に全て従う必要はないが、「コードの要素を取り入れる」ことは有効である。前述の通り、非上場企業においてもガバナンス体制を整えることで企業価値が高まるため、上場企業や海外企業との取引を、他社より優位に進めることができるだろう。
客観的に社内を見る専門部隊を編成する
では、自社でガバナンスの強化に取り組む場合、何から着手すればよいのだろうか。企業の規模、業績など置かれている状況によりさまざまであるが、ここでいくつか事例を紹介したい。
ある会社では、コーポレートガバナンス・コードを軸として、女性活躍促進を含む多様性の確保(原則2-4)を実現するために人事制度の見直しを行い、それぞれに合った働き方ができる職場づくりを実現した。その他にも、取締役・監査役のトレーニング(原則4-14)のために役員研修を実施し、情報開示の充実(原則3-1)を図るために経営理念やビジョンを見直し、コーポレートサイトで公開した企業もある。
重要なことは、自社のガバナンス上の課題は何か、現状を十分に把握した上で打つべき手を検討することである。他社のまねではいけないし、流行に乗せられるものでもない。自社が持続的に成長していく上で、重要な取り組みが何かを見極めて実行していただきたい。
最後に、ガバナンスを推進する組織体制について紹介する。経営者に話を伺うと、兼任で実務を担当しているケースが圧倒的に多い。ガバナンスはその性質上、社内から客観的に社内を見ることのできる専門部隊である必要がある。例えば、経理部の中にこれらの機能を持たせ、不正会計を隠ぺいしたともなれば本末転倒である。
将来的には、経営企画室などの独立組織を組成すべきであるが、これから始める企業には、まず部門横断型の「委員会」を立ち上げることをお勧めする。メンバーに次期経営幹部候補の人材を選抜すれば、経営的な目線を養う場として教育的効果を付加することも可能だろう。